29.妖力
ブツリと聴覚がシャットダウンされ、視界が暗転した。
ノックをして、扉を開けると部屋の電気はついていなかった。しかし机の上にあるスタンドライトは付いていて、手元が照らされている。
「失礼します」
「お、来たな」
「ちょっと待って。まだ組みあがってない」
「はい」
ここは上層部地下。
ここで義手や義足、中には刀や妖心にはめる特殊な道具まで。
色々なものが作られている。
そして、こんな夜中に月火がここに来た理由は一つ。
最近、妖力の増える量が尋常じゃない。
そのせいで昼間失神した。
たぶん妖心術を使う頻度が減ったのと、妖心を常に出しているせいで妖力のスペースに空きができて余計に増えたんだと思う。
技術課の主任である赤城にはその妖力を常に放出するための指輪を作ってもらっている。
なんか、実体化した怪異の何かを使えばできるらしい。一度説明してもらったことはあるが専門用語のオンパレードで何一つ分からなかった。
赤城の傍の椅子に座って手元を覗いていた知衣に体調を確認してもらう。
知衣は学園裏の附属病院の医院長かつ学園六階にある専門病院の医者をしている。
月火と火音の主治医であり、世界的に有名な医者だ。
しかも本人に少量ながら妖力があるため、他の病院では原因不明でも実は妖力の問題だった、なんてものも見抜いたり。
「……脈は大丈夫だけど顔色がいいとは言えないかな。体調はどう?」
「今は特に何も。……立ちくらみは少し」
「一人で来たんでしょ」
「夕方来ようとしたら火音さんに押し潰されかけました」
「いいじゃん、夕方来ても形もできてなかったぜ」
「昨日の夜飲んで二日酔いだって」
「もう治ったの!」
「だから昼間動けてなかったんだって」
「動く必要ないの!」
少しして、赤城は色々と確認をするとドライバーとピンセットを置いた。
支えからそれを外して、月火に渡す。
「左手薬指に。結婚指輪とかと同じ迷信だけど思い込みは妖力を強く動かすから」
「……ちょっと緩いです」
「あれ!? お前痩せたな!?」
「体重測れ」
月火が指輪を押さえたまま体重計に乗ると、45もなかった体重が40ないくらいに。
「わぁ痩せた!」
「ストレスか……? ダイエットは禁止してるもんな」
「ダイエットなんてしてません」
知衣は眉を寄せ、月火は体重計から降りると赤城に市販の調節具で調整してもらった。
「……どう?」
「大丈夫です」
「一箇所触れとけば倒れることはないと思うから」
「ありがとうございました。……これ、お風呂の時とかは?」
「どっちでもいいよ。そんな短期間で爆発的に増えることはないと思う。……けど、心配なら外して何十分かしてから入るとかの方がいい。増えるなら外した時に増えるだろうし」
「分かりました。ありがとうございました」
月火は頭を下げると、寮に帰った。
翌朝、起きると既にキッチンに明かりがついていた。
いや、まぁそれはいつもの事か。
寝返りを打って向かいのソファで眠る火光の写真を撮って、体を起こす。
カウンター越しにキッチンを覗くと、月火がフルーツを切っていた。
オーブンも使われている。
「何作ってんの?」
「うわびっくりしたッ……!?……指切った……」
「気付けよ」
「自分の影の薄さを理解してください」
「え神々しい笑顔でも浮かべとけばいい?」
「まぁ眉間に飛ぶ包丁にさえ気をつけてくれれば」
殺意が高い。
右手を思ったより深く切った月火は絆創膏を取り出すと、火音にティッシュで血を拭いてもらった。
「私の血は大丈夫なんですか」
「他人の血も慣れた」
「なんかアニメにありましたね。手出して血って」
「やめろ」
月火はケラケラと笑い、またフルーツを切り始める。
どうやらショートケーキを作る予定で、今スポンジケーキを焼いているらしい。
「……そう言えば火音さんの誕生日、クリスマスですね」
「あー、そうだな。そだっけ?……そうか」
「なんでそこで疑心暗鬼になるんですか」
「誕生日とか気にしたことないし」
「……祝われないんですか? 火光兄さんとか」
「教えたことねぇもん」
「普段あんなに尽くしてもらってるのに誕生日すら無視とは……」
『主様だって気にしたことなかったでしょ』
「私は普段から尽くすよう命令されてるのでいいんですよ、毎日がハッピーバースデー」
「お前寝てねぇの?」
「はい」
火音はうさぎでもないのに足ダンする黒葉をカウンターから下ろす。
月火はミトンをはめると、オーブンが鳴った瞬間に取り出して焼き縮み防止に何回か落として衝撃を与えた。
「あーその音嫌い」
「もうやりませんよ」
「……その指輪何?」
「妖力吸い取るやつです。狐の行動制御できなかったのは妖力が増えすぎたのが原因のようで」
「そんなことあんの……?」
「異常なんでしょうね。神々の血筋だからには全員どこかおかしいんですよ。妖力面か性格か依存、執着、愛情表現。洗脳をかけて独占しようとする人もいれば道徳心を捨てて子供を千人屋敷に住まわせた人もいます」
今日は一年生三人で一級から特級の任務を回り、三級の結月は妖心術の練習ついでに火光と低級巡り。
三人の方には月火がいるので問題ないらしい。
ケーキは、帰ってきてからのお楽しみ。
「俺もついてっていい?」
「嫌です。来ても働いてないので給料入れませんよ」
「お前がいない寮で吐いたら気失うんだけど」
「……まだ吐いてるんですか」
「昨日吐いた。死んだ」
「どっちしろ無理ですよ。私のストレス発散でもあるので」
「俺はストレスの原因ですかそうですか」
「えぇそうですよ刺されないだけマシと思いなさい」
「……はい」
火音は顔を押え、月火はいちごを水に浮かせるとりんごも切り始めた。
りんごは砂糖水を塗りたくるらしい。
「何ケーキ?」
「秋ですからねぇ。色んなフルーツ乗せる予定です。食べたいケーキのイラストでも描いといてください」
「何があんの?」
「いちご、りんご、マスカット、もも、なし。生クリームも絞る用はありますし」
「……よく火光に見つかんなかったな」
「一日、二日なら常温でも平気ですからね」
火音はイラストを描き始め、月火は包丁を置いてそれを覗いた。
「……こんな感じ」
「作れますよ」
「じゃこれ」
火音の描いたケーキを作るためにフルーツを切り分け、飾り切りをして変色防止を施していく。
バッドに並べ、冷蔵庫保存している間にある程度冷めたスポンジ生地も冷蔵庫に。その間に生クリームを泡立てる。
「知ってますか。生クリームって最初は液状なんですよ」
「すっげぇ馬鹿にされた気分」
「あぁ知ってたんですか。失礼」
「お前それイラストはタブレットでかけるんですよとかと同レベルだぞ」
「案外知らない人もいますよ? たぶん」
「たぶんて」
「じゃあ生クリームを泡立て続けたらバターになりますよ」
「理科の教員なめんなよ」
月火はケラケラ笑って生クリームを泡立てると、ケーキの用意を済ませ組み立て始めた。
回る台の上でスポンジにシロップと生クリームを塗っていちごを挟んで、またスポンジにシロップにクリームでマスカットを挟んで、蓋をしてシロップに生クリームを大量に乗せる。
それを側面にも塗り広げて。その芸当最早プロ。
こいつは何を目指してるのか首を傾げるほどプロ顔負けの技だと思う。
「火音さんの誕生日ケーキはチョコプレートに何書きましょうか。働け馬鹿とでも」
「働いてんじゃん……! そこまで叩かれたくねぇ」
「火光兄さんのプリントケーキにしてあげます」
「何それ」
「ケーキに顔が貼られたやつ」
「火光食べろってこと? 殺すぞ」
「食べちゃいたいとかそんな表現しません?」
「え俺それ言うと虫の詰まった動物の死体を食いたいって言ってるイメージになるんだけど」
「ケーキ作ってるんですけどッ」
月火は火音を睨んだが、火音はそれも気付かず本気で眉を寄せて頭を捻り悩んでいる。
「……よく分からん」
「何が」
「誕生日ケーキってなんて書いてあるもん? てかいつ食べんの? 誰と?」
「祝われたことないんですか」
「ない。毎年火光にプレゼントはあげたけどケーキとか考えもしなかったし……。生きてる中で野生の誕生日に遭遇したことがない」
「別に野生にはびこってませんからね誕生日は」
月火は呆れると、タブレットを見ながらケーキを飾り付けた。
「基本的に誕生日ケーキにはハッピーバースデーって英語で書いてあります。お誕生日おめでとうもありますけど。食べるのはその家によりますけどうちはいつも夕食のあとでしたね。祝ってプレゼント渡してご飯食べてケーキです。誰とはまぁ、好きな人とでいいです」
「プレゼント……」
「別に深く考える必要ありませんよ。私の用意に上乗せするだけですし」
「……月火の用意?」
「知りませんか、私も誕生日クリスマスなので」
わぁ。
火音が目を丸くすると、ちょうど飾り付けが終わった月火は台に移して火音にそれを見せた。
火音は写真を撮り、全く同じになったケーキに感心する。
「毎年兄さん達が大事にしすぎるので自分で準備するんです。私こそ祝われる必要ないと思ってるんですけど」
「じゃあプレゼント交換になるじゃん」
月火は柄にもなく純粋そうにそんなことを言う火音に呆れ、えぇそうですねと流した。
フルーツに艶出しのゼラチンを塗って、SNS用の写真を撮るとそれを箱に入れ冷蔵庫に入れた。
「火光兄さんが食べたいと言ったら止めてくださいね。玄智さんが楽しみにしてるので」
「うぃ」




