25.勉強会
水月から連絡が来て、まだ帰れそうにないので先に入っといてと連絡をした。
カメラが回収されたこのタイミングというのを見ると、データは取られるだろう。パソコン壊れてくれるといいけど。
「気持ち悪いぃ……」
「今日が休みでよかったですね」
ソファにまるまって狐三匹に囲まれる火音はソファの上で黒葉を抱っこして丸まり、天狐を払い除けた。
新しい部屋に来て、まだ二日目。
火音は気持ち悪い気持ち悪い吐きそうだと昨日の昼から何も食べていない。
昨日の夜、よくよく聞いてみたら嫌悪感と同時に満ちる感情が誰のものか何となく分かるようで、まぁ想像で言えばナメクジの粘液やら虫やら動物のまだ温かい死体やらが体にまとわりついている感じ、と。
それぐらい、火音にとって他人の感情は不快らしい。
その虫やら死体の種類で誰がどこにいたか、分かる場合は分かる。ただ、人が多く通る場所は重複しすぎて気持ち悪さでそれどころではなくなるので警察犬のようなことはできないらしいが。
月火はソファに座って火音の背をさすり、天狐を反対のソファに行かせた。
火音は水月や炎夏より天狐を嫌がる。
「……気持ち悪い……」
「何したら楽になるとかあればいいんですけどねぇ」
なんもねぇからな。
「……狐に喰われてみるとか」
「殺す気か?」
「死ぬんですかね? 胃酸とか」
「お前の妖心突き破って怪異になる」
「まぁ確実にもう一体が喰い荒らしますね」
「負け確じゃん」
「誰も勝てとは言ってません」
そんな会話をして一人ではははと笑っていると手を叩かれた。
睨まれて、口を噤む。
「……ま、ご飯でも食べましょうか。食べないせいで気持ち悪いってのもあると思いますよ」
「嫌だ」
「て言うか吐いた方が楽とかないんですか?」
「ない」
「そうですか。じゃあ食べても食べなくても一緒ですね」
「暴論ッ!」
「元気で何より」
火音を狐に任せ、月火がキッチンで軽食を作ろうとしているとインターホンが鳴った。
「火音さん出てください」
「病人なのに……」
「居候でしょう」
「インターホン対応が仕事かよ。家賃入れてるだろ」
「せめて生活費折半で」
火音が応答すると、炎夏と玄智が手を振った。
『火音せんせ〜、月火いる〜?』
「いない」
ブツっと切った火音の背を殴って、直接ここから返事した。
「五分待ってッ!」
「はーい!」
火音は耳を塞いでソファに帰っていき、月火はおにぎりを作った。
引っ越して、部屋が四部屋になったことで火音の部屋もできた。ただし、火光の部屋はない。これ以上入り浸ると晦に拘束されるからと自制していた。
あとは水月の部屋。
「火音さん、部屋に帰ってください。二人が来るので」
「嫌だ」
「じゃあそこでおとなしくしててください」
頷いたのを確認して、月火は玄関の扉を開けた。
勢いよく開けたせいで扉が思ったより開いて、正面にいた炎夏と月火で扉の後ろ側を見る。
ほんとに、誤って開けすぎただけであってわざとではない。ほんとに。
「ねぇッ……!?」
「あぁ気付かなかった。ごめ」
「ねぇッ!? わざとだよね!?」
「そんなとこいるからだろ」
「炎夏が驚かせっつったんじゃん喉喰いちぎるぞ!?」
「えぇ……」
「人魚って難破して溺れた人間食べるんだよ。知ってる?」
月火はそっと扉を閉め、炎夏はその扉を掴んでこじ開けた。
冗談は置いといて、二人を中に入れる。
玄智はソファにまるまっていた後ろ姿を見て、目を丸くした。
「……先生?」
「火音様だろ。ちっちゃいし」
火音はのろのろと起きると、頭を押えながら炎夏を睨んだ。
一瞬心臓が止まった炎夏はあとずさり、月火は鼻で笑う。
「何しに来たんだよ……」
「勉強会ですよ。そこの席以外ならどこでも」
「火音先生がいるって変だね」
「慣れねぇよなぁ」
炎夏は火音が住み着くようになってから何度か遊びに来たが、いつになっても慣れない。あの冷徹無比の火音がソファで寝転がって狐抱っこしてるとか。マジで。
「……月火、お菓子!」
「太りますよ」
「頭使うには糖分必須!」
「お前さっき食ってたじゃん。十分だろ」
「消費より摂取量が多いから太るんだな!」
「太ってねぇよッ!」
玄智は文句を言って、月火はケラケラと笑った。
炎夏は一人で勉強の準備をする。睨んでくる火音が怖い。
「て言うか水明さんに教えて貰わないんですか?」
「呼んでいいなら呼ぶ! 最近体調いいみたいだし!」
「いいですよ」
「水虎様も!」
「席が足りませんね」
「いいよ。立たせるから」
親代わりで大事にしてるんだけど、こう言う時に雑さが出るんだよなぁ。
炎夏は嬉々として二人に連絡して、玄智は近付いてきた天狐の頭を撫でた。
天狐は上機嫌で玄智の膝に飛び乗って、玄智はその可愛さ愛らしさに悶絶する。
「あそうだ、炎夏さんパーカー返します」
「あぁ忘れてた」
「あれね、火音先生に脱げって言われたやつ」
「そうそれです」
先日の盗撮魔逮捕の際に、男避けとして炎夏に借りたパーカー。炎夏的には珀藍に嫌悪感的な嫉妬的な何かをと思っていたらしいが結局珀藍と会うこともなく、火音が不快感に苛まれただけで終わった。
月火に近付いた際、突き飛ばされる勢いで拒否されて脱げと言われたパーカー。
「取ってきます」
「月火部屋見せてよ」
「いいですけど」
「遠慮の欠片もねぇな」
「遠慮がいらない仲なんです」
火音にドヤ顔で返した玄智に二人で呆れ、月火はいいから行くぞと玄智を引っ張って部屋に連れて行った。
リビングから出てすぐ左が月火、その奥が水月。
右に曲がった正面が玄関で、右手に火音の部屋がある。火音の部屋の奥にはもう一室あって、月火と火音の趣味部屋。
「火音先生の部屋見たーい」
「遠慮のいる仲でしょう。水月兄さんで我慢してください」
「想像つくからそれはいいや」
「あ」
「え?」
炎夏の声で二人が振り返ると、ちょうど来たらしい水月が膝から崩れ落ち、火光と水明が腹を抱えた。
後ろから水虎が押して入ってくる。
「やっほー先生」
「水月フルシカトかよ」
「火音さん! 部屋帰らないと吐きますよ!」
月火が叫ぶと天狐と黒葉が飛び出してきて、月火と玄智に飛び付いた。
『帰る気ないって! 寝たわ』
「扉閉めてたんですが……」
『戻って出てきたら一発よ』
この狐はどっから語彙力を学んでんだ。
と言うか、月火はふと自分の手を見下ろした。
狐サイズの黒葉が入って出たら、今までなら多少なりとも感覚があったのだが。全く分からなかった。
「どうしたの月火」
「……また、妖力が増えたなぁと」
「そろそろぶっ倒れるぞお前」
「また相談しときます」
「僕担任!」
「いや教師も役に立たない時は立たないので」
月火は皆を中に入れるとリビングに帰った。
また雑にブランケットがかけられていて、火音はそれを掴んで眠っている。
「……撮ろ」
「起きますよ」
火光がスマホを構え、ソファの後ろに回ってカメラを構えるとカメラに映ったのは至極不機嫌そうに火光を睨む火音。
火光はそれを一枚撮って、不満そうにスマホを下ろした。
「なんで取られる時になったら起きるわけ? センサーでもついてんの? 意味不明なんだけど」
「盗撮事件があったあとでよくそんなことできますね」
「火音なら許してくれるかなーと」
「火光、甘えだよ」
水月の諭しに火光が火音を見下ろすと、火音は視線がこっちを向いた瞬間写メった。
ふっとほくそ笑むのを、いつの間にか火音の背中側にいた月火が背中を膝で蹴る。
「スマホ返せ」
「お前の奴の方が画質いいな。替えようかな」
「いつ盗ったんですかまったく……」
「部屋見に行った時に」
「今さっきッ! 寝てたんじゃないんかいッ……!」
「誰も寝たとは言ってねぇ」
月火が足の周りを飛び回る黒葉をつまみ上げると、黒葉は尾で火音を指さした。
『火音に言われたことを言っただけよ』
また背を蹴られた火音は背を抱え、黒葉と出てきた白葉は火音の上でじゃれ合い、生徒達は机で勉強を始めた。
水月と水虎は床で向かい合って仕事を、水明と火光は机の側に立って勉強を教えている。
「……私より適材がいると思うですが、火音先生?」
「職務外だ休ませろ」
「火光先生は死ぬ気で働いてるのに」
「なんのために一級に留まってると思ってる。死んで働けが適用されないためだぞ」
「関係ない役職ですよ」
「労働基準法で訴えるぞ?」
「それは学園に飛び火が来るのでやめてください」
「負けない対応は取ってるんでしょ?」
「学校なんてどこもこんなものです」
勉強に戻った月火を皆が見下ろし呆れていると、火音が体を起こした。
狐二匹が足に座って、何かを期待する目で火音を見上げる。
「月火、この狐何?」
「さぁ。そこがお気に入りなんじゃないですか」
『温かいもの』
『動くから楽しいわ』
「消せ」
「降ろしてください」
火音がぽいぽいっと狐を下ろすてか落とすと、白葉は大きくなって水虎にダイブした。
水月はパソコンを閉じてデータが飛ばないようにだけして、狐サイズのまま戻ってきた黒葉を抱き上げ水明の元に持っていく。
「……えなんですか」
「あげる」
「いらっ……」
「いらないなんて言わないよねぇまさか。主様が後ろにいるのにいらないなんて」
水月は圧をかけるだけかけると仕事に戻っていき、火光は黒葉を下ろさせると座敷童子を出し、皆で一緒に遊ばせる。
「こういうのほほんとした妖心っていいよね。見てるだけで癒される。ズルい」
「本音漏れてんぞ」
「まぁそもそも自我を持った妖心が少ないからね。月火様のは……」
「そうなの?」
「知らん……」
「そうなの?」
「知りませんよ」
玄智は炎夏と月火に聞いて、三人で火光を見上げると火光は水月の方に振り返った。
「水月! 妖心って自我があるもんなんじゃないの?」
「それ他で言ったら世間知らずの坊ちゃんって言われるよ」
「えそうなの……?」
「母さんもおじい様も妖心に自我はないし、なんなら火光のその子も来た頃はなかったんだよ」
「そうなの?」
「あったら今頃火神は俺しか生きてねぇだろうな」
「えッ僕は!?」
「生まれてねぇだろ」
「まぁ時間軸が歪まない限りそうなりますね」
玄智が絶句して火光を見上げると、火光も絶句して座敷童子を見下ろした。
座敷童子は首を傾げ、黒葉の尾でくしゃみをする。
「……僕火神の時の記憶ないからなぁ。月火が生まれたか生まれてないかぐらいの頃からしかない」
「火音先生、小さい時の先生ってどんなのだったの?」
「ん〜……そもそもずっと怯えて泣いてほとんど素の状態がなかったからどうとも。……泣き虫だった」
「今と変わんないね」
「水月と一緒にしないでよ!?」
「はァ!? なんで僕が出てくるわけ!?」
水月と火光がいがみ合って喧嘩を始め、二人の喧嘩をほぼ初めてみ見た皆は月火に助けを求めた。
月火は二人を見上げ、火音を見る。
「火音さんは泣いてないんですか?」
「俺はなんもされてねぇもん」
「今の方が泣いてますね」
「火音先生泣くの!? 見たい写真!」
「動画動画! 動画撮っといて!」
「案外人っぽいところもあるんですね」
「お前ら騙されやすいのな」
皆に見られた月火はまるで悪びれる様子もなく肩をすくめると、立ち上がった。
それと同時に黒葉が大きくなり、びっくりした座敷童子が消えたせいで妖力が大きく揺れてめまいのした火光を水月が支える。
「喧嘩しても仲はいいね」
「喧嘩するほど仲がいいってことだろ?」
「まぁうちの兄二人はそれが適応されますね」




