18.幻聴
「火光先生、火音先生休みですか?」
「知らないよ。連絡来てないの?」
「休みですよ」
晦と火光の窓を挟んだ会話に月火が口を挟み、火光は首を傾げた。
「怪我?」
「色々あるようで」
主に精神的負荷が。
細く開いた扉の中を覗き、顔面蒼白のまま無表情に立っていた火音を見上げた。
月火と視線が合うと顔をしかめる。
「帰れ悪魔」
「食事は」
「……火光は?」
「いませんよ」
「じゃあ行く」
来させるために突き返した。
月火は火音の袖を掴むと引っ張り出し、寮の鍵をかけて自分の寮に向かった。
火音は月火の寮の鍵を持っているし、月火は火音の寮の鍵を持っている。
お互いの牽制という意味で、何かしたら何かするぞという脅しを込めて。
「早く入ってください」
「水月のがする……」
「何が」
「なんか……モヤ」
「そうですかそれはそれは。早く入れ」
鍵を背に突き付けられ、袖を指先まで伸ばして中に入った。
ソファに異常がないことを確認するとそのまま寝転がり、飛んできた天狐をソファからつまみ下ろした。
代わりに黒狐と白狐が体の上に乗ってきて、仰向けになると狐サイズの二匹を撫でる。
「月火、この三体名前は?」
「白と黒」
「まんますぎるだろ」
「だっていちいち名前で呼ぶ必要ありませんし。白子と黒子にでもしま……」
「却下。……白葉と黒葉にしよう」
「よう?」
「葉っぱ」
「なんで」
ご主人様が華みてぇな顔してんだからその脇役は葉っぱでいいだろうが。
「酒の名前」
「私の妖心なんですが……!?」
「よしよし」
体の上で飛び跳ねる二体を撫でて、白葉は天狐とじゃれ始めたので黒葉を大きくさせて枕にした。
黒葉も大きくあくびをして眠り始める。
「……火音さん今日調子悪そうですね」
「誰のせいだと」
「名前だけですごい効果。精神弱すぎません?」
「元鬱患者に無理言うなよ」
「……ほんとに?」
「躁鬱。病状ぐらい知ってるだろ」
「いや……知ってますが……そうだったんですか」
「最近また戻ってきてるって言われたし」
珈琲を淹れた月火は火音の分を机に置き、傍に寄ると火音の肩をさすった。
「躁鬱知って態度変わる奴嫌い」
「だって辛いでしょう」
「別に」
「辛いんですよ。ちゃんと頼ってください」
「頼るも何も今まで一人で生きてきたし」
「私が幼かったからですよ。今は火音さんより生活力はあると思ってるので」
「……サバイバル力は俺の方が」
「誰もサバイバルしろとは言ってませんが」
変なところで張り合う火音に呆れ、最後に頭を撫でるように髪を整えると立ち上がった。
「ご飯できるまで待っててください」
「ねぇ月火?」
ハッと振り返ると、いつの間にか開いていた扉に水月が待ち構えていた。
月火が火音の頭を撫でている写真が写ったスマホを振り、冷ややかな目で見下ろす。主に火音を。
「いつから見てたんですか……」
「サバイバルの話から。火光に送ったら火光ブチ切れるよ?」
「やめろ水月。火光に無駄なストレスかけんな」
「多くはお前が原因だからな」
「知ってる。でもその写真見せる理由にはならん」
「よーくご存知だと思うけど自分だけ知らないことがあると拗ねる子だからさ?」
「そーだよ? でも僕の生徒脅す理由にはなんないよねぇ」
いきなり肩が重くなった水月は固まり、反対向きに顔を逸らした。
いつの間にか部屋に入ってきていた火光は水月に圧をかけ、月火は馬鹿馬鹿しいとでも言うように首を振ってまた夕食の準備を再開する。
「早かったねぇ火光……」
「ん〜資料聞きに来ただけなんだけどさぁ? いやぁ幸運だなぁ。証拠が揃ったもん」
水月が月火と火音を脅す後ろ姿を撮った動画を見せ、再生した。
ちゃんと声も入っている。
水月はそれを嫌そうな顔で見ると、そのままゴミ箱へ移した。
「忘れてないよね兄さん。僕の写真と動画がどうやっても消えないようにしたの自分だよ」
肩をポンポンと叩き、崩れ落ちた水月を見下ろした。
しかし何も言わないまま、キッチンにいる月火の方に向かう。
「げっかー、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんですか」
「怒ってんね。嫌だよねぇ介入してくるお兄さん」
「ウザいですね」
睨まれた火光は何もしないと言うように首を横に振り、信用していない月火はふいっと体の向きを変えた。
「で聞きたいこととは?」
「あぁこの資料さ……」
月火が料理しながら火光と話す間、水月は凹んで火音はソファに寝転がり直した。
調子が悪いくせにのろのろ仕事していたせいかちょっと眠い。
寝ているのかソファから尾を垂らしたまま丸まっている黒葉の傍に顔を置いて、そのまま寝落ちた。
「ねーひおとー」
「兄さん夕食は?」
「んーいいや、学食で食べる。……火音!」
「寝てますか」
「いい顔してる」
火光は火音の顔を覗き込むと、顔にかかった髪を上にあげてそのまま寝顔の写真を撮ろうとした。
いや、撮ったはずなのに。写真は神々しい程の微笑みが。現実ではすこぶる不機嫌そうな鬼の顔が。
「ごめん……」
「許さん」
火音は屈んでいた火光の首に腕をかけると寝転がったまま頭を撫で始めた。
火光は嫌がり、水月はそれを恨みがましく睨み、ソファの背もたれ後ろからは冷ややかな真顔の月火が。
気付いた水月は小さく鼻で笑い、火音と火光は固まる。
「また新しいソファ買いますか?」
「……すみません」
「仕事行ってきまーす……」
「晦先生にしごかれてください。ついでにそれも連れてって」
「はぁい……」
火光は水月を引きずって寮を出ていき、月火は溜め息をつきながらスマホを撮り出した。なにかし始めたと思ったら、突然黒葉の尾が顔にかかってそれと同時にシャッター音が鳴る。
「何……!」
「ご飯できてますよ」
「何!?」
「食べないなら私食べますが」
「……食べる」
久しぶりの二人きりの食事で少し火音の顔色が良くなったように見えた。
「……やっぱり食事も二人か一人の方がいいですか」
「水月はいらん」
「好き好みは置いといて。気分的に」
「……一人は嫌」
「おとなしく二人がいいと言えばいいものを。私の部屋と言っても他人のモヤは感じるんでしょう」
「うん」
「兄さんたちに言っておきます。……火光兄さんも突き返しますから。どっちが誰が嫌がっても」
「えぇ!」
「私がいらないって言うなら出ていきますが?」
「言ってない……」
何故バレたし。
月火は火音のそれすら読み取ったように、火音を睨むとまた食べ始めた。
火音も月火を警戒しながら食事を再開する。
「……なんだよ」
「何考えてます?」
「え……いや、なにも……?」
「そもそも火音さんって考えることあるんですか?」
「失礼すぎるだろ……!」
「感覚で生きてるって豪語してるじゃないですか」
「豪語はしてねぇ」
「今ちょっと納得した」
「黙れ。……なんだよその不満そうな顔」
「してませんよ」
「してる」
月火はふいっと顔を逸らすとカトラリーを置いて、ぐいっと水を飲んだ。
火音もさっさと食べ終わり、大きくあくびをした。
「あー眠い……」
「さっきまで寝てたくせに」
「ん〜……」
『主様が呆れてるわ』
『火音が子供みたい』
くすくすと笑う声が聞こえ、顔を上げると月火が狐を呆れた目で見下ろしていた。
過労か睡眠不足かストレスか、幻聴が聞こえる火音は頭を押える。
「ヤバい……」
「大丈夫ですか」
「幻聴が聞こえる……」
「鬱の典型的症状では」
『うつ?』
「ちょっと二匹とも黙って……」
「狐の声が聞こえる……」
「はぁ?」
「お前の狐喋んねぇんじゃねぇのかよ……!」
月火は食器をシンクに置くと、黒葉を抱き上げて火音の傍によった。
肘を突いて頭を抱える火音に声をかけると、顔を上げた火音の顔をしっぽでわさわさ。
『ふわふわ』
「何……」
『病気のせいじゃないわよ。共鳴したんだから聞こえてもおかしくないわ』
白葉は火音の膝に飛び上がると、そのまま膝に丸まった。
「なんですか共鳴って」
『主様と火音の妖力が通じ合うのよ。えーと……分かりやすく言えば魂と魂が……』
「分かりやすくなってませんねそれは」
『つまり妖力が繋がったってことよ!』
『考えとか気持ちが通じ合ったり妖心の言葉が聞こえるようになったりお互いの妖心の考えが分かったり。……分かるでしょ?』
「意味分からんけど確かに聞こえる」
「あじゃあ火音さんの思考が手に取るように分かるのはそのせいですね」
「嘘つけないじゃん」
「嘘つかないと不都合なことが?」
笑顔ですごんでくる月火に緩く首を振り、ソファに逃げた。
月火は向かいに座ると黒葉の頭を撫でる。
「なに……?」
「別に。その狐使いますか」
「うん」
火音が頷くと黒葉だけ消え、白葉はソファの隅に丸まった。
火音も寝転がってあくびをする。
月火が洗い物を始めた音を聴きながら、何度目かの入眠。




