24.退院祝いとその事実
月火が退院して、火音の鬱が落ち着いてきたので月火の退院祝いをすることになった。
「げっかー治ってよかったー!」
「火音様もお疲れ様でした」
「火音先生……大丈夫……?」
皆のお茶を淹れる月火とは変わって、火音はソファに丸まって突っ伏している。
見慣れぬクッションを抱っこして、背中に黒葉を乗せて。
「月火、火音先生の持ってるクッション何?」
「今年の頭に私が会社に頼んで作ってもらったものですよ。火音さんが寝るのに抱っこする何かが欲しいと言うので」
「黒葉は?」
「まだ枕のときでしたからねぇ。入院してる間に引っ張り出してきたみたいで、一回カバー洗濯したら離さなくなったんです」
そのうち兄たちや三年ズ、琶音もやってきた。
火音を見てあとずさって、そっとカメラを構えると背を向けてしまう。
「月火、火音どうしたの?」
「タブレットの画面が割れて発狂したので疲れたんですよ」
「割れたの!?」
「修理の範囲内なので、ほんとに叫んだゆえのただの疲労ですよ」
月火がコーヒーを渡して、無心でチビチビ飲んでいるとちょっと元気になってきたらしい。
自分の尾を追いかけてくるくる回る黒葉を回収し、膝に乗せると机にした。
「火音、タブレット割れたの?」
「パソコンと並べて入れたら折れた」
「折れ……るの……?」
「いや知らん」
火音が手を伸ばすと月火がタブレットを持ってきて、火音はそれを見せた。
見事、真横にヒビ。
「手帳型ケースなのに」
「新しいの何種類か出てるでしょ? 買い換えれば?」
「割れてたら描けんもん」
「買い換えろっつってんだよアホ。僕に月火みたいな読解能力はねぇ」
「この色がお気に入りなんですよ。この色の新しい機種を貰えるのを待ってるんです」
「図々しいね」
「いっそデフォで出して欲しい。期間限定か受注生産でもいい。数量限定でもいい」
「あっはケースとセットで売れそう! ね〜月火!」
「誕プレまで我慢ですよ」
火光を押し潰す勢いで寄りかかってくる水月を火光と炎夏で眺め、琶音は閏間兄弟の兄の洸壱とともに火音のそばに寄った。
「二人ともソファに触ったら駄目だよ」
「はーい」
「できるならマスク付けろ」
「はーい」
「やーい」
「やっ……?」
琶音はおとなしくマスクを付け、持っていない閏間は適当な返事をして、麦兄がそれに反応する。
「タブレット割れたんなら暇になりますね。部活来てください幽霊顧問!」
「液タブあるから」
「液タブってタブレットとどっちかじゃないんですか!?」
「気分で変える。クラウドで共有させてるし」
「何その墓石建てれそうな贅沢」
「死ぬほど贅沢って言えややこい」
「関西弁!」
「黙れ厄介ランゲージ」
「ラングだと思います!」
「知らん」
「んっふー勝ち!」
「よかったね」
琶音と火音の漫才じみたテンポのいい会話に結月がツボって、月火は呆れながらマグカップを回収した。
「元気になってきましたね」
「退院祝い何がいい」
「えー、えー? えー……」
「僕はもう買ったよ。お好きに食べて」
「あ、ありがとうございます。すみませんお見舞いも来てもらったのにわざわざ」
「妹で生徒で上司で後輩だからね!」
「厄介な関係だなぁ!」
火光からは缶スイーツセット、玄智からはコーヒーセット、炎夏からはレトルトおかずのセット、結月はお見舞いにあまり行けなかったからと、ちょっと高めのチョコを貰った。オリジナルセットが作れるやつ。
「……豪華すぎません? 今回ほんっとに寝てただけなんですけど」
「僕は晦姉妹と火音と赤城にも渡したよ?」
「なら尚更何故私ッ! ほんっとに寝てただけなんですが!?」
「……まぁ、いるだけで士気上がるよねって言う!」
「意味不明」
月火は火光の次に二年ズにもその理由を求め、炎夏だけ唯一、本体戦のときに庇ってもらったからというまともな理由だった。
「……残り二人は」
「友達にお見舞い渡すのに理由っているかな!?」
「そーだそーだ日本人の心は心遣いでできてるんだぞッ!」
「そーだそーだ!」
結月と玄智の元気な抗議に月火がもういいよと言っていると、麦兄妹もなにか準備し始めた。
「先輩、これは私たち兄妹からです」
「えー……」
大きな重そうな紙袋を渡された月火はそれを見下ろすと、一度視線をさ迷わせてから火音のソファの後ろに逃げた。
皆がびっくりして、数秒してから月火は上からひょこっと顔を出した。
「結構です」
「私たちが一番ご迷惑かけたんです。受け取ってください」
「結構です。親を亡くして怪異に殺されかけた被害者を迷惑野郎に仕立て上げる気はありませんし、それを渡すなら火音さんか火光兄さんに渡してください。私はただ寝てただけです。今回に関してはほんっとに。声を大にして言います! ほんっとにッ!」
「うるさ……」
耳元で叫ばれた火音は耳を塞ぎ、月火の曲げない態度に二人は困った様子になった。
「……火音先生ヘルプです!」
「です!」
「……中身何?」
「一応ケーキ的なケーキスイーツなんですけど……」
「開けて」
「んッ!?」
「あ……開けます……」
「んッ!?」
赤髪と妹に驚く兄もおとなしく手伝いながら、包装紙を丁寧に開けると箱の蓋も取った。
中には手のひらサイズの、なかなかに高さもある箱が九つ入っていた。
それぞれショコラ、レ、ベリー、ピスターシュ、抹茶、カスタニアン、キャラメル、ノワゼット、シトロンと書いてある。
フランス語か。
火音はシトロンを回収すると、月火に渡した。
月火は首を傾げながら箱を開け、スプーンを持って席に座った火音にそれを渡す。と、火音はそれをすくって月火の口に差し出した。
「はい」
「え」
「口開けろ」
「いりません! 兄さん!」
「開けろ重傷者」
「あんただろうがッ!」
火音は月火の頬を掴むと無理やり口を開けさせ、口に突っ込んだ。
月火はそれを食べると、目を丸くする。
「え美味、え美味ッ。え美味!? うまッえ!?」
「リアクション満点」
「えー美味しい!」
火音も一口食べ、月火にもう一口食べさせた。
赤髪はソファに帰って、火光も月火の方に寄る。
「ねー僕もちょうだい」
「やです。自分で貰ってください」
「ねーちょうだい!」
「あ、はいもちろん! お好きなの!」
「……火音先生すげぇ」
「月火が食ったらもう全員食っていいだろ」
「ももちろんです! 皆でお兄ちゃんを助けてくれたので!」
「僕キャラメル!」
「火光俺にもちょうだい」
「拒否する」
鞠と火光が喧嘩しながら食べて、玄智は月火と並んで上機嫌。
水月はすっげぇ睨んでくるし炎夏は食えんし結月は笑い疲れて腹筋が引きつってるが、まぁ麦兄妹の目的は果たしたのでいいとしよう。
「水月はなんでそんな睨んでんの」
「月火に食べさせたのと当たり前に月火が口付けたスプーンで食べたのに腹立ってんの。こいつ潔癖じゃないの?」
「どうせ誰が作ったか触ったか分からんもん口に含むならどうでもいいやと思って」
「吐くなよ」
火音が風呂に行ったので、水月は不機嫌そうにスマホを取り出した。
「水月食べないの?」
「僕も月火と同レベルなんで」
「コピーで活躍したのに」
「所詮複写ですよ」
「……何こいつなんでこんなひねくれてんの?」
「さぁ」
麦がケーキを兄に預け、結月とともに水月を押し倒して褒めちぎって、水月が半泣きになる間に月火は皆がくれたスイーツやお菓子でお茶の準備を始めた。
わちゃわちゃしているうちに三時だ。
風呂に入って、髪と口を洗った。
このまま胃も洗ってしまいたい。胃洗浄機って家庭用のないのかな。死ぬかな。
髪を洗っていると、月火からの心配が伝わってきた。
まぁ月火がいない時ほどじゃない。
今回、正直にぶっちゃければ一番の功労者は自分だと思っている。
だって特級相手に一人、座敷童子も使えない狐も一体いない中で本部守りながら七時間。死ぬことなく死者を出すことなく耐えきった。
シンプルに神業だと自分で思う。だって、火光が負けた特級。
それでも皆が月火を褒め称えるのは、火音は麦兄妹を差し出した本人でありその二人を守ったのが月火の妖心だから。
二人を死なせるぐらいなら月火を殺してでも暴走させると言って黒葉を憑けたのは火音だが、そんなん全員が気絶して本部の状況以外知らない人間たちは知る由もない。
火音は次善を選び、月火は気絶しながらでも最善を尽くした。皆の中じゃ、そういう認識なんだろう。
別にそれでもいいし褒めろ称えろ崇め奉れと言う気はないが、まさかここまでとなるとは、メンタルが死にそうだ。
そりゃ、生徒差し出した教師が、被害者差し出した妖輩が気絶してなお護り続けた天才妖輩にすがって生活してりゃ誰もいい気はしないんだろうけど。
まさか、二人差し出した話だけ広まるとは思わんじゃん。
七時間耐えたのは、祓ったのは全部火光。火音は渡すだけ渡してあと休息。んなわけあるかボケ。
何十何百の命背負って戦ったと思ってる。都市部神戸がある兵庫で、都市部に行かないようインフラが一切壊れないよう、月火が起きた時絶望しないよう、正気を飛ばして全部やったって言うのに。
何回、潰れた内臓を、折れた四肢を、消えた五感を治しながら戦っていたと。
まぁ別にもういいけどな。
この退院祝いで特級騒動が終わって、日常が戻ってくりゃそのうち誹謗中傷も止むだろう。知らんけど。
上がってイラストの続きでも描こうと思ってシャワーを止めると、月火から十秒以内に出てこいとなんかとても迫力のある感情で凄まれた。
風呂場をシャワーで流して、脱衣所に出る。
低気圧のせいで腹の治っていない傷が痛い。
呑気に脱衣所の前の扉を開けると目の前に火光がいて、びっくりしてあとずさった。
「なにッ……!?」
「火音、もうちょっと発言力を鍛えた方がいい」
「なになになに……!?」
火光に肩を掴まれ、そのまま奥に押されて洗濯機に背がつくまで押され、威圧された。
「なに……?」
月火の思考がないんだけど、誰か助けてくれないだろうか。
「……僕は火音の手柄を取るほどわがままじゃないよ」
「……あ俺の思考を聞いたってこと?」
「火音が自分の功績を認めるようになってよかったよかった! そこはもうほんっとに成長だね! 喜ばしいこと!」
「なに何する気」
「さー日本が世界に誇るトップインフルエンサーに世界企業の社長副社長、スマホ出せ」




