22.孤独
火音が用事があると言って出て行ったあとに火光や廻醒、琶音たちも帰ってしまい、月火はまた病室で一人になってしまった。
七時になって、夕食の時間になる。
ここ最近ご飯を作っていない。料理もお菓子も作ってないし、絵も描いてないし勉強もしてない。仕事も水月が止めてしまってほとんどなくて、まともな生活送っていない。
特級戦が終わって、火光と水月はまだ激しくは動けないながらに復帰、水明も様子見はしているが、部屋は自由に出入り可能だ。
盗撮、盗難等、犯罪被害防止のために個室でお見舞い以外人と会うこともないし、お見舞いで会ったらまず傷を心配される。正直ちょっと疲れた。
入院は嫌いだ。三年前よりはマシと言えど、休めるわけでも、一人になれるわけでもない。
入院の一人って、ただの孤独だ。
食欲がなくて、ここ二日ほどほぼ完全に食事を残している気がする。
今日も二、三口食べたら箸を置いて、起こしたベッドにもたれてぼんやりしていると、部屋の鍵が開いた。
びっくりして、布団を掴むのも束の間、火音が入ってくる。
「……悪い」
「え、いや……」
「ノック気付かんかったから勝手に入った」
「鍵……」
「知衣に泊まりの許可貰ってきた」
火音は机に鍵を置くと、食事をやめている月火を見下ろし首を傾げた。
それに気付いた月火は、しまったと固まる。
「食欲ないか?」
「あ、えと……!」
「別に無理に食べる必要ないと思うけど。低血糖なるなよ。一応色々は買いに行けるけど」
月火は目を丸くすると、何故か目が潤んだ。
慌てて拭おうとするが、火音に手を止められ、火音は袖を優しく濡れる頬に当てる。
「……うー……」
「そりゃ毎日あんだけ賑やかだったとこからこんな個室になったら寂しいだろ。昼間でも呼べる奴呼んだらいいのに」
「……みんな、仕事とか学校とかあるんですもん……」
「麦妹でも閏間でもいいだろ。赤城とか、なんなら二年ズ呼べば飛んでくるぞ」
「……迷惑かけたくないです」
なんだこの娘。一番大変なの自分だろうに。
火音は月火の頬を離すと、椅子からベッドに移動して、月火とハグをした。
たった一日のはずなのに、久しぶりと感じる人の温かさに、月火がさらに泣いてしまう。
「誰も迷惑とは思わんよ。自分を守った月火が、友達が妹が寂しがってんだから」
「でも学校あるし」
「放課後でも昼休みでもいつでもいいだろ。五分会えるだけでも違うんだし」
「……そんなん言うなら火音さんが来てください」
「俺は毎日来てるじゃん」
「もっと。存在感薄いんですから長くいて」
「悪かったな影の薄い人間で」
なんかイラッとした火音を月火がくすくす笑い、火音はため息をついた。
「じゃ昼休みも来る。連絡くれたら座学じゃなかったら返せるし」
「……わがままですか」
「うん」
「ごめんなさい」
「許す。そういう性格だって知ってるし」
小さくなった月火の頭を撫でると、月火は嬉しそうに笑った。
翌朝になって、火音は月火に叩き起された。
「火音さん、起きてください」
「……ねむ」
「七時です」
飛び起きると、五時だった。
月火の頭を掴んで、月火はごめんなさいと謝る。
「そんなことより! お風呂入るの手伝ってください。私顔に水かけないように髪洗うとか無理です」
「……夜まで我慢しろ」
叩き起した報いだ。
朝になると月火がおにぎりを握ってくれていて、火音は久しぶりに月火の手料理とは言えるのか微妙なラインだが手料理を食べた。
「うま」
「下手くそになってませんか」
「全然。美味しい」
「ならよかった……」
月火も食べ始め、火音と二人で食べたので、久しぶりに食事を完食した。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。美味しかったです」
「よかった。おにぎりぐらいならすぐ作れますし、具を用意しないとですけど……」
「また赤城にでも言っといて。昼休憩はこっち来るし昼飯確保できたのは計算外のラッキーだ」
「ほんとに来てくれるんですか?」
「お前一人だと食わねぇだろ。ウォンバットみたいな性格しやがって」
「コアなとこいきますねぇ……」
火音は手を洗いに行うと、そのまま身支度をした。
荷物を寮に取りに戻らないといけないので、いつもより時間がない。
「ねむ……」
病室なので手洗い場が脱衣所の外にあって、そこで髪セットをするので月火がガン見してくる。そんな珍しいもんかね。
「……私いなくてもちゃんと薬飲んでるようで安心しました」
「吐くから飲む意味あんのか分かんねぇ。飲まなくていいかな」
「自分で汲んだ水吐くって嫌ですね。今日夜も来ますか?」
「来るよ」
知衣がメンタルが落ち込む一方の月火を心配して、個室かつ火音なら信用できるということで特例で泊まり込みの付き添いを許可してくれた。
月火は久しぶりによく眠れたようだし、やっぱウォンバットだな。
「ねぇうさぎって言いません?」
「あれデマ」
「知ってますけど! 雰囲気的に!」
髪セットが終わって、ベッドの方に移動した火音はベッドの上に座ってふくれっ面になる月火を見下ろした。
「描こ」
「話の話題を逸らすな!」
「俺もう出るけど、なんかあったらすぐ知らせて。呼んだら来るから」
「……子供扱いしないでください」
「大人でも相手によっちゃ心配するから。我慢すんな」
火音に頬を包まれた月火は小さく頷き、火音は柔らかい笑みを浮かべると病室を出た。
麗蘭に月火の体調がメンタルによりイマイチなことと、何かあれば抜けたいことを伝えた。
すぐ了承してくれて、穴は埋めれるだけはいるので教職はこっちは任せろと。
こういう時、プロと天才は頼りになる。
一度寮に荷物を取りに戻って、戸締りを確認してから部屋を出た。
ほんっとに眠い。昨日寝るのが遅かったってわけでもないし、五時の時点で十分眠れていたはず。
鬱が始まりつつあるのかもしれないが、にしては体が軽いし無気力や脱力感もない。
なによりこれだけ思考が回るんだから、ただの鬱じゃないだろう。
混合状態なのだろうか。
火音ほど異常に短いスパンで躁と鬱と平常を繰り返すのも珍しいらしく、綾奈も毎回観察するわけにもいかないので完全自己判断だ。
薬飲んでるのに症状が出るってなんなんだろう。飲まなくても一緒な気がしてきた。
そんなことを考えても月火からのお叱りがなくて、ふと違和感というか、疑問を抱いた。
昼間行った時、確認してみよう。
思考が散漫てか、浮かんでは消えていくので月火の思考があるのかないのかが分からない。
あくびをしながら職員室に行くと、既に火光がいて、机に突っ伏していた。
「おはよ」
「……雨だよ」
「痛み止めあるけど」
「ちょーだい……」
低気圧で酷い顔の火光に痛み止めを渡し、火音は喉乾いたなーと思ったのも忘れて仕事を始めた。
六月、気圧が下がる時期はいつも、古傷は痛むわ偏頭痛だわ倦怠感は出るわ湿度で萎えるわで好きじゃない。
火光は玄智の誕生日があるから、その日だけは楽しそう。
こいつが出かける日は基本降らないからそこまで影響もしないんだろうね。
「朝から座敷童子がうるさくてさー。起きたの四時なんだよ。寝たの二時なのに」
「倒れるなよ。くま酷い」
「もー…………火音は調子よさそうだね」
火音は振り返って水月がいないのを確認してから、火光のそれに頷いた。
「昨日の用事しに行った時に知衣に泊まり込みの許可貰って」
「院長だなー! 月火寂しがってそう」
「そう。飯も数口で終わりだったからさすがに知衣も心配してたらしい。朝はちゃんと食べたけど」
「火音も食べれた?」
「久しぶりに中等部の記憶が蘇った。退院祝いと謝礼でなんか買ったろうと思って」
「僕も退院祝い考えないと。やっぱお菓子かなー。でも食べてるよなー」
「なんかいいとこのは喜ぶかもな。あでも作りたがってた」
「……あ、前いいの見つけたんだよ。それあげよ」
火光はさっそくスマホを取り出し、それを横目に火音はまたあくびをした。
「僕より眠たそうですけど」
「八時間は寝たんに……」
そう言うと、火音はパソコンを閉じてその上に突っ伏して寝始めた。
あまりに当たり前のようにやるので、火光は驚いたが、相当眠かったんだろうか。
いや、にしても。




