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令和ジャパンの(巨)大騒動

作者: 彩条あきら

「――警察を呼んでくれ、早くっ!」

 店内に駆けこんで来た客が、青い顔をして口を開くなりそう言った。

 おれはその日、いつも通りバイト先のコンビニで暇を持て余していたのだ。


 時計を見ればあと三〇分でシフト終わり。今日は帰って何のゲームをするか、などと呑気なことを考えている時だったため呆気に取られていると、突如としてズズンという地響きがして建物全体がグラグラと揺れたではないか。


「地震か!?」

 おれは即座に建物から外へ飛び出して、思わずあっと声を上げた。


 併設された駐車場に、コンビニどころか周囲のどの建物より大きな体をした真っ黒い怪獣が地べたに尻餅をつき、辺りをキョロキョロと見回していたのだ。

 太った竜のような姿をしたそいつは、つぶらな瞳でおれを見つけると、背中の羽をパタパタさせながら頼み込むように言ってきた。


「ここのお店の人ですか」

 巨躯の割にはやけに可愛らしい声音だった。


「バイト募集の紙を見て来ました。ここで働かせて下さい」

「冗談はやめてくれ。お前みたいな馬鹿デカい奴がウチで働けるか」

 おれは自然と声が裏返ってしまった。


「大体おれはバイトなんだ。そういう細かいことは一切分からない」

「じゃあ店長さんを呼んできて貰えますか。お願いします」

「出かけて当分は帰って来ないよ、諦めろ」


 本当は嘘だった。近くの銀行に行っただけで、あと少しすれば帰って来る。

 店長不在時にバイト希望が来た場合、マニュアルでは待って貰うことになっているのだが、今のおれはとにかく面倒事を回避したかった。余計な仕事を増やされたくない一心で、おれはひたすらに冷たい態度を取ることにした。


「お願いします、話だけでも良いから聞いてください」

 怪獣は目を潤ませながら懇願した。


「もうあちこち断られて、ここを追い出されたら行くところが無いんです」

「勘弁してくれよ、ったく」


 建物よりデカい図体の怪獣が口を利くだけで驚きなのに、そいつがバイトを希望し、あまつさえおいおい泣き出してしまうものだから、おれは途方に暮れる他なかった。店に戻り警察を呼ぶという手もあるが、どの道それでは事情聴取とかで居残りが確定してしまう。


「働けないのは何か理由があるのか? やっぱり体がデカいからか」

「マスクが無いんですよぉ……」

 怪獣が語ったのは何とも意外すぎる理由だった。


「例の怖い病気が流行った所為で、何処へ行くにもマスクが必要になりました。けど、ぼくら怪獣は体が大きすぎてピッタリ合うマスクが何処にも売ってないんです」


「……そりゃ、そうだろうね」

「応募したバイト、お陰で全部断られちゃって」

「気の毒っちゃ気の毒だな、それは」

 当初の想いとは裏腹に、おれはこの怪獣に同情し始めていた。


 件の致死ウイルス騒ぎの勃発当初、世間ではマスク買い占めによる品薄が方々で相次いだ。マスク入手困難に晒された持病持ちは無関係な咳ひとつで肩身の狭い思いをし、一部の日雇い労働などではマスク支給が人員募集の売り文句にさえなっていた。


 今でこそ状況は改善されたものの、もはや世間の扱いを見れば、マスクが無いことは殆んど人権が無いことに等しいとさえ言える。

 まあ、そもそも怪獣に人権があるのか自体、定かではないのだが。


「町を壊して憎まれるのはまだいいです。ぼくら怪獣の宿命ですから。けどノーマスク主義と思われて憎まれるのは耐えられない。いっそ大砲にでも撃たれてる方がマシなぐらいです」

「そういうモンなのかね」

「それにぼくの場合、基礎体温が一五〇〇度あって火を吐くから、検温にも引っかかって」

「物騒だな、おい」


 おれは流石に慄いた。もはや体調不良で発熱とか、そういう次元の話ですらない。


「むしろ機械が壊れるんじゃないのか、それは」

「今までに三件ほど壊して、その場ですぐ追い返されました」


 スケールがデカすぎて、もはや何だかよく分からない。

 とはいえこの怪獣が苦労している事実だけは理解できた。さてどうしたもんかな、とおれが悩み始めていると、思いもかけない乱入者がやって来た。すなわちギラギラ全身タイツに鎧をつけた、宇宙出身のスーパーヒーローだ。


 空を飛んで現れたそいつはデヤアッと叫んで着陸すると、そのまま町のど真ん中でズズン、ドドンと地響きを上げ、怪獣とステゴロの取っ組み合いを演じ始めたではないか。

「おい、よせ、バカ、やめろっ」

 建物や電柱がグラグラ揺れるのを見て堪りかね、おれは即座に抗議した。


「只でさえ世の中が大変だってのに、この上ライフラインまで壊す気か? 一回落ち着けよ。大体そいつはまだ何もしてないじゃないか」


 宇宙からのヒーローはおれの言葉に状況を察知したらしく、戦いを中断すると慌てておれと怪獣にペコペコと謝る仕草をしていた。全く、とんだ早とちり野郎だ。


「そいつは、働きたいのにマスクが無くて困ってるそうだ」

 おれは事情を簡潔に説明してやった。

「あんたもヒーローなら、それぐらいは何とかしてやったらどうだ」

 おれの提案に、宇宙からのヒーローは「よし」と頷いた。


「わたしはマスクをふたつ持ってきた。そのひとつを怪獣にやろう」

「ちなみにマスクの種類は?」

「不織布だ」

 おれはその回答にホッとした。布やウレタンでは心許無い。


 宇宙からのヒーローがマスクを取り出すのと同時に、その両目から不思議な光が放たれた。するとたちまちマスクは怪獣専用サイズにまで大きくなり、その手から飛んで行って、今まで外気に晒されていた怪獣の口元をすっぽりと包み込んだ。

 これで見事、一件落着と思われたその時、


「へっくちょい!」


 怪獣がクシャミをした途端、つけたばかりのマスクがボワッと燃え上がり、あっという間に空中にかき消えた。おれたちは唖然とした。忘れていたが、こいつは体温が一五〇〇度あって火を吐くのだ。単に大きいだけのマスクではたちまち使い物にならなくなる。


「おいっ、何とかならないのか」


 怪獣が涙目になったのを見て、ヒーローも焦った様子だった。彼が力を籠め手をかざすと、今度は掌から発射された光線が怪獣の口元に命中、再び巨大なマスクが出現した。

 見れば、ヒーローはがっくりと膝をついている。体力をかなり消耗するらしい。


「今度は大丈夫なのか?」

「わたしの体の一部を切り離して作った、スペースウレタニウム・マスクだ」

「ごめん、もう少し分かるように言って貰える?」

「つまりは宇宙製ウレタンマスクだ」

「よりによって!?」

 主要なマスク素材では、飛沫カットの割合が最も低いやつだ。


「だがそれでも、地球製の一〇倍の耐火性能がある。簡単に燃えたりはしない」

「それならまあ、無いよりよっぽどマシか」


 考えてみれば、体温が一五〇〇度もある奴の体内に入れば大抵のウイルスは死滅するに違いないし、別に怪獣自身の健康に影響することはないだろう。とすると重要なのは、周囲が安心できるかどうかだ。おそらく、この辺りが落としどころなのだろう。

 そういう訳で、わーいと喜ぶ怪獣とトアッと叫んだヒーローは、共に空の彼方へ飛び去っていってしまった。今度こそは一件落着したのである。


 何も知らない店長は、少し経ってからノコノコと帰ってきたのだが、店の前の駐車場が陥没しまくっているのを見ると、流石にビックリ仰天していた。事情を訊かれたおれは、


「バイト希望が来たんですが、百貫デブだったんですよ。けどもう他所に行きましたよ」

 特に嘘は言ってないつもりだが、店長はいささか混乱した様子だった。返す返すも、安易に警察を呼ばず良かったと思う。とにかく無事、おれはシフト通りに帰ることが出来たのだ。


 ところが、である。

 本当の騒ぎはこの後に待ち構えていたのだった。




 しばらく後、再びコンビニでバイト中だったおれの元に、あの怪獣が久しぶりに顔を見せに現れた。聞くところによると、今では近所の工事現場で働かせて貰えているという。マスクと体温の件も事情を話したら理解を得られたそうで、無事働けて何よりとおれは我が事のように微笑ましく思っていた。


 その時突然、空から何かが墜落してきてドドーンと大地を揺らし、盛大な土埃を上げた。

 煙幕の中でよろよろ立ち上がったものの正体に気付き、おれはギョッとした。

 それはなんと、例の宇宙のスーパーヒーローだったのだ。


 ボロボロにやつれたその風体は、さながら限界まで使い込んでくたびれた古い着ぐるみにも似た姿で、かつての頼もしい面影は微塵もない。殆ど廃棄寸前といった有様だった。


「おい、一体何があった!?」

「体の一部を……切り離しすぎて……力が……」


 よくよく事情を訊いてみて、おれと怪獣は驚いてしまった。なんと彼はその後、同じように困っている怪獣が大勢いるのを知ると方々を駆けまわり、求める怪獣すべてにマスクを作ってやっていたのだという。問題は、その時間も体力も材料も、必要な資源全てを彼ひとりで負担しているということだった。


 文字通り我が身を削って奉仕活動する者が、一方で自らのオーバーホールやメンテナンスを一切放置し続けていれば、ガタがきてぶっ倒れるのは条理というものである。


 責任を感じたおれと怪獣は、早速SNSで情報発信し、どんなヒーローも使命感だけでこの事態に対処し続けることの限界と、早急な支援の必要性を世間に向かって訴えた。


「所詮はカネ目当てか」

 そんな風に茶化してくる阿呆も現れたが、疲労しきってボロボロになったヒーローの壮絶な姿を撮ってネットに上げたら、無責任な揶揄はたちまち同情の声にかき消され、逆に似た様な状況に置かれていた他のヒーローたちまでが「実は我々も」と次から次にタブーを破って声を上げ始めた。


 そして遂には、これはそもそも怪獣の雇用問題を長年放置し続けた無策のツケではないか、と政府責任を問う声が上がり出し、批判の矛先を向けられた国と自治体は慌てて早急な対応に動き出す羽目となって、最終的には怪獣のためマスク製造に従事するヒーローたちに支援金を交付することが閣議決定された。


 少数の自己犠牲と使命感に甘え続ける状況は、そもそも無理があった。最前線のヒーローが我が身を削って戦い続けるには、適切なバックアップ体制が不可欠だったのである。


 おれも今回の件では、大いに反省すべき部分があった。


 ヒーロー相手だからと一方的要求で追い詰め、何より社会の不公正に無関心であったことを思い知らされた。心を入替えたおれは、今日も時給一〇〇〇円のコンビニバイトに精を出し、見切り品の弁当を狙いすまして購入し、家に帰れば遅くまでゲームに勤しんでいる。


 何も変わってないだろうって?

 案外そうでもない。あれ以来、おれは怪獣をよくゲームの対戦プレイに誘っている。一緒に遊んでみたら意気投合してしまったのだ。形式は言うまでもなく、リモートである。


 ただしウイルスは関係なく、主には怪獣の体温一五〇〇度が理由で。


(おわり)


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