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獄炎のイムルフス

「少し寄り道をしよう」


 そう言ったシルズさんが誘ったのは、王都を一望できる王宮の城壁の楼閣だった。


「うわ、すげえ」


 元の世界には、この楼閣より高い建物がいくらでもあってそれはそれで絶景だが、眼下に広がる景色のすばらしさは完全に別ものだった。

 楼閣の高さが大体ビル五階分くらいだろう。対して城壁の外には、せいぜい三階分くらいまでの建物しかないから、視界を遮ることなく王都の果てがはっきりと見える。


「この景色こそが、エドガルド王国が誇る宝の一つだが、約三百年前、王都は一度灰燼と化している。そして、その元凶と貴様が得た獄炎のイムルフスの力とは、密接なかかわりがある」

「え!?」


 思いもよらないシルズさんの語り出しに目を疑うが、もちろんこの景色のどこにも三百年前の面影なんて残っていない。

 それでも、今の俺、というよりも、あの仮面に眠っていた記憶が関係あると言われて、動揺せずにはいられなかった。


「かつて、王国において四属性が等しく崇拝されていた時代、筆頭と呼ばれるほどの実績を上げていたのは、火属性だった。その理由が分かるか?」

「い、いえ……」

「少しは頭を使え、馬鹿者。貴様の元の世界でも、四属性のうち最も力を持っていたのは火の力だと聞いているぞ」


 確かに、言われてみればそうだ。

 シルズさんがどうやって俺の世界の情報を手に入れたのかはともかく、人類をもっとも繁栄させ、同時に最も殺したのは、間違いなく火だ。

 昔だと、焚火や松明は生活に欠かせなかったし、火事は多くの人を不幸にした。

 現代に近くなってくると、ガソリンなんかの燃料を燃やして文明が成り立っているし、ミサイルとかの兵器だって結局は火だ。

 人類の歴史は火の歴史といっても過言じゃない。


「そんなある時、王国を代表する四人の魔導士が、突如反旗を翻した。そして、偶然か否かは定かではないが、奴らは全員火の魔導士だった。何の前触れもなく、しかし同時多発的に、四人の魔導士はそれぞれの本拠地とする都市で破壊の限りを尽くした。一説には、四人を捕縛または殺害するまでに、当時の王国の人口の二割が減少したとも言われている」

「に、二割も……?」

「言っただろう、火の魔導士と。奴ら『四色の炎の悪魔』による直接の被害者はさほどでもないが、討手との戦闘で使われた火の魔法が近隣の家屋に延焼し、結果的に大勢の無関係の民が巻き込まれたのだ」


 それはそんなところで戦った討手も同罪なんじゃ――という言葉を何とか飲み込む。

 首の皮一枚繋がっているだけの、今の俺の立場を考えると、とても軽口なんて叩ける状況じゃなかったからだ。


「そして、最も激しい戦いとなり、最も多くの民が巻き込まれたのが、この王都でその名をとどろかせていた『獄炎のイムルフス』による反乱だ。建物が密接する王都では人口の五割が死亡、特別に魔法対策が施されている王宮は無事だったが、まさに灰燼に帰すと呼ぶにふさわしい光景が、ここから見られたと伝えられている」


 シルズさんの話の半分も頭に入ってきた気がしないが、それでも過去にとんでもないことがこの王都で起きたことだけは分かった。

 そして、その力が、今俺の中にあるらしいということも。


「……本当に、そんな奴の記憶が俺の中に?」

「それはわからない」

「いや、わからないって……」

「それを証言したロブロスは、すでにこの世のものではないからな」

「そ、それは、だって」

「それ以上は言うなよ?言えば、この場で斬り捨てる」


 俺の言葉の続きを敏感に察したんだろう。シルズさんが腰の剣に手をかける。

 金髪男が爺さんの胸を貫いたばかりの、人を殺した剣に。

 そうして、ビビッて黙った俺の様子を見たシルズさんが構えを解くと、


「心配するな。お前の中にイムルフスの記憶がコピーされたかどうか、それを確かめるために今向かっているのだ、『火葬機関』に」



 連れていかれたのは、広い王宮の中でも隅の方。城壁に接するように建つその建物は、不自然なくらいに他の建物と距離がある上に、高い高い煙突がアンバランスにそびえ立っていた。

 まるで昔の銭湯みたいな構造の建物のその正面、搬入口と思えるデカい扉の脇のドアから入ったシルズさんに続くと、薄暗い照明で照らされた中には一直線に伸びる広めの通路と、左右に無数のドアがあった。


「ミネルヴァ、いるか」

「その声はシルズなの?こっちよ」


 大きくはないけどよく通る声でシルズさんが叫ぶと、奥の方から女の声が響いた。

 それで見当がついたらしいシルズさんが迷うことなく進んでいくのについていくと、一番奥のドアの前で立ち止まった。


「ミネルヴァ、入るぞ」

「どうぞ、いらっしゃいな」


 中からの返事にシルズさんの後から入ると、そこにはお付きの者を従えた、貴族の衣装を着こなした女の人が座っていた。

 ――紅色の長髪の間にある、胸の部分を大きく開けた煽情的な衣装を見せつけながら。


「……ミネルヴァ、私は身だしなみを整える時間を与えるために、声をかけたつもりだが?」

「あら、いいじゃない。どうせ貴方には色仕掛けは通じないんだし、ここは私だけの城なんだから」

「その皮肉を言われるのも聞き飽きた。というわけで、連れてきたやったぞ」

「なにを?」

「新人だ。イムルフスの仮面の適合者だ」


 そう言ったシルズさんが一歩引いて、俺を紹介した途端、ミネルヴァと呼ばれた女の人の目が怒りに染まった。


「ちょっと待って!!どこのどいつなのよ、私の仮面を横取りした奴は!!」

「宮廷魔導士のロブロスだ」

「……そう、なら後できっちりとけじめをつけないとね」

「不可能だ。けじめというなら、殿下が先ほどつけた」

「あら、そうなの?」

「その罪滅ぼしというわけではないが、その適合者を連れてきた。後は好きに使え」

「ふーん」


 瞬間湯沸かし器のように怒って見せたと思ったら、爺さんが死んだと聞かされて急に冷めた目になったミネルヴァさんが立ち上がり、俺に近づいてくる。

 何なんだ、この人?


 そんな風に、違和感を感じるのが少し遅かったのが、致命的だった。


「んちゅ」

「っ~~~!?」


 一瞬何が起こったのか分からなかったが、口から息が入って来なくなって初めて、ミネルヴァさんからキスされたと気づいた。



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