仮面の呪いと金髪優男
宮廷魔導士の爺さんを先頭に、二人の衛兵に脇を抱えられて連行された先。
そこは殺風景極まる部屋だった――美術館のように飾られた、無数の仮面以外は。
「さて、例の物はどこだったかのう?」
まるで俺のことを忘れたかのように、さっさと奥へといってしまう爺さん。
衛兵に拘束させていることもあるだろうが、さっきの水の魔法で窒息させたことで俺の心を折ったと思っているんだろう。
それは確かにその通りなんだが、爺さんへの恐怖心を上回るヤバさを、今の俺は全身で感じていた。
――なんだこの部屋……!?
皮膚という皮膚がぞわりと波立つ。
その原因はきっと、いや間違いなく、部屋中に展示された仮面だ。
今まで感じたことのないような、それでいて確かに肌にまとわりつく生温さと冷たさを同時に味わうような感覚。
短い人生経験と知識を総動員して似たようなものを挙げるとしたら、怨念。
それを発しているのが、数えるのも馬鹿らしいほどの仮面全部からだと考えたら、全力で逃げる以外の選択肢はありえない。
だけど、
「この、離せ!」
「暴れても無駄だ。この部屋に来た奴は、全員貴様のように逃げようとしたからな」
両脇を完全に固定されているせいだろう、二人の衛兵を振りほどける気が全然しない。
必死で逃げようとしている俺とは正反対に冷静に脇を締めてくる手慣れた行為に、心の中の恐怖がさらに膨れ上がっていく。
そして、俺の無駄な足掻きは本当に無駄に終わった。
「おい、そいつの頭を押さえろ」
「はっ」
衛兵に命令して、うつ伏せに抑え込んで空いた手で俺の頭を掴ませた爺さんの手に、一枚の仮面があった。
もちろん、この部屋に相応しいとびっきりの怨念が籠った逸品だ。
「や、やめろ、やめてくれ」
「心配するな。知識の書き込みに痛みはないし、それほどかからん。まあ、無事に終わればだがな」
月並みな懇願しかできない俺に、爺さんは無慈悲に仮面の裏面を近づけてくる。
距離が縮まるごとに、絶対に知っちゃいけない何かがそこにあると確信していく。
「やめっ――」
そこで、俺の意識は赤黒い何かに塗り潰された。
目覚めた。
景色も体勢も変わっていないから、村内長い間気絶していたわけじゃなさそうだ。
「ふむ?上書きされたにしては、妙に大人しいな。不具合か?それともまさか……」
目覚めたって意識があるってことは、俺はまだ俺のままだってことだ。
爺さんの声も聞こえるし、両手の指もちゃんと動く。少なくとも、この体を支配しているのはちゃんと俺だ。
「なんとのう。処分ついでに確認だけしておこうと試してみれば、まさかまさかの適合者とは」
そう呟いた爺さんが、また俺に向かって手を近づけてくる。
とっさに逃げようとしても体は動かなかったが、中指の指輪の宝石が鮮やかな赤に光ると、爺さんは手を引っ込めた。
「魔力の色がどちらでもないものに変わっておる。やはり適合したか。いやはや、魔導の神髄とは計り知れぬものよな」
そう言った爺さんが顎でしゃくるような仕草を見せると、不意に俺の体が持ち上げられた。
「少し面倒じゃが、報告せねばのう」
そこから先は、どこをどう移動したのか分からない。
少なくとも、この施設の中から出たわけじゃないらしいが、それでも衛兵に抱えられながら道順を覚えきれないくらいに色々な所へ引っ張り回され、偉そうな態度と装いをしている何人もの男達に頭を小突かれ、靴で蹴られ、髪を引っ張り上げられらことだけは忘れようがない。
奇妙だったのは、そいつらの眼の中に嘲りと怒りが混じっているような気がした上に、それらの感情が俺以外の誰かに向けられている素振りが時々見えたことだ。
だが、そんな思考を一区切りさせる前に、謎の連行は終わりを告げた。
「シルズ、こいつは誰だ?」
「宮廷魔導士のロブロスにございます、殿下」
最後に連れてこられたのは、施設の中ででなく外。
広すぎる庭の中には見栄えのいい木々や花が植えられて、目に優しい色合いが視界一杯に広がっている。
その中にぽつんと立つ東屋が一つあり、そこに置かれたテーブルセットには、従者に傅かれた俺と同年代の金髪の優男が一人、またうつ伏せの状態で転がされた俺を傲慢そうな顔で見下していた。
「ロブロス、直答を許す。殿下にご説明差し上げろ」
「は、ははー!!」
さっきまでの俺への態度はどこへやら、金髪男にこれでもかってくらいにへりくだった爺さんが、俺にはよく分からない用語を満載して話し始めた。
金髪男の眼が歪んだのは、爺さんの口から一つの名前が出た直後だった。
「イムルフスだと?」
「は、はい、殿下。あの『獄炎のイムルフス』の仮面に、こやつが適合した次第でして」
「そうか……。ロブロス、大義であった」
「はっ、ははー!!」
邪悪な笑みを見せた金髪男に、爺さんが嬉しそうな声を上げる。
どうやら爺さんは、俺を売った見返りに褒美をもらえるらしい。
その後は、多分すぐにここを去るんだろう。俺を置いて。
せめてその前に、恨み言の一つでも言ってやらんと死んでも死にきれない。
そう思ってどんな言葉が一番突き刺さるかとろくでもないことを考えていると、
「シルズ、剣を寄こせ」
そう命令して、お付きの腰にあった剣を受け取った金髪男が、鞘を払って打ち捨てながらおもむろにこっちに歩いてくると、
「俺自らの剣だ、有難く受け取れ」
「で、殿下……?」
あまりにも普通に、あまりにもあっさりと、爺さんの左胸に突き立てた。