火の魔法の適合者
全てを燃やし尽くすような物語を書いていこうと思います。
よろしくお願いします。
魔法使いなんて信じてない。
口で言うのは簡単だが、これほど証明が難しいこともそうはない。
元を辿ればずいぶんと違いがあるそうだが、俺達が知っている、とんがり帽子をかぶってローブで身を包んで節くれ立った杖をついて物理法則を無視した奇跡を起こす爺さんだか婆さんだかの実在の有無は、まさに悪魔の証明だ。
実際には、こっちの世界じゃ魔導士というらしいし、言い間違えるとしこたま怒られるんだが、魔法を使える人間が実在したからといって、じゃあ俺達のイメージ通りの存在かと思ったら、そんなこともやっぱりあり得ないわけで。
ましてや、一口に魔法といってもそれぞれ得手不得手があるとか、ましてや絶対的な人気度ランキングがあったりするなんて想像もしてない。
特に、不動にしてダントツにしてぶっちぎりの人気最下位の炎魔法の適性がずば抜けて高かった日には、第二の人生がよーいドンから絶望的だと思わないか?
これは、そんな運命とか境遇とか命令とかを背負ってしまった俺の、記録というか、業務日誌というか、だらだらとした愚痴みたいなものである。
集団異世界転移って、本当にあるんだぞ。
そこ、そんなこと言われてもとか言わない。とりあえず飲みこめ。
本題はそこじゃないんだから。
「ほう、魔導士か。魔力量もなかなか、成長も期待ができそうだ」
場所は、俺が通う青陽高校二年C組の教室。時間は、学年末試験の最終日で最後の科目の終了直後。
勉強の成果を発揮できた奴、内申に響きそうで志望校に行けるか不安な奴。ギリギリ赤点を免れた奴、春休みの補習が決定した奴。
教員がいなくなった直後の、悲喜こもごものC組二十四名欠席者なしの中。
可もなく不可もない手応えだったせいだろうか、いきなり床に教室中を照らす魔法陣が現れてみんながパニックになる中、自分でもびっくりするくらいに冷静に成り行きに任せてしまった。
そのせいだろうか、石造りのデカい部屋で、ゴツイ鎧を着たオッサンが何かしゃべっているのを聞き流した後、
「それでは、これから全員のステータスプレートを作成する!呼ばれた者は前に来るように!」
そうして、別の部屋に呼ばれた第一号が、俺なわけだ。
ちなみに、出席番号順じゃなかったから、単に無駄に落ち着いていた俺からなら混乱も少ないと思われたんだろう。
そして現在、
「むむむ、こ、これは……!?」
部屋につくなり、デカい水晶が置かれたテーブルの前に座らされた俺は、向かい合ったローブ姿の爺さんの独り言をひたすら我慢していたわけだが、勝手に興奮していた爺さんの眼が思いっきり開かれたかと思ったら、人を前にしてそのレベルのがっかり感はどうなのよって感じに、盛大にため息をついた。
「火属性か……。これは駄目だな」
「いや、駄目っていうやつが駄目だろ」
「お前って空気読めねえよな」でおなじみの俺でも、この爺さんが馬鹿にしてきたのは分かった。
しかし、爺さんはじろりとこっちを睨んでくると、
「口の利き方に気をつけろ。異世界人ゆえにまだ客人として遇しているが、ワシは栄光あるエドガルド王国の男爵じゃぞ。ましてや、火属性ごときでは一代貴族に列せられる可能性は豆粒ほどもないわ」
「なんだよ、意味わかんねえよ。俺の口の利き方が悪いっていうんなら、なんでいきなり態度が変わったのか、理由くらい教えてくれてもいいだろ」
「だったら余計な口出しをするな。宮廷魔導士として、魔導士の素質がある全ての異世界人に説明をする義務があるのだ。黙って聞け」
そう言った爺さんは、ローブの下に手を突っ込むと、首に提げていた革袋を取り出した。
中から出てきたのは、深い青に煌めく宝石を持つ指輪。
それを右手の中指につけた爺さんが軽く目を閉じると、指輪の宝石から眩しい光がこぼれだした。
すると、
「大いなるマナよ、わが魔力を糧に水の奇跡を起したまえ――『ウォーターボール』」
宝石から飛び出した一際強い青い光が収まった頃には、爺さんと俺の間に透明な水の球体がプカプカと浮かんでいた。
「これが水魔法の基礎、ウォーターボールじゃ。敵にぶつけたり、自分の周りに置いて身を守ったりと、なにかと便利な魔法として有名じゃ」
そう話す爺さんの手の動きに合わせるように、水の球体が右左に移動する。
これを、どうせ手品だろさっさと種明かししろよ、と半笑いになりながら言えれば、俺はもうちょっと友達ができていると思う。
結局、それを知るタイミングはすぐに無くなった。爺さんがまた喋り出したからだ。
「使い手の意のままに自在に形を変え、攻撃にも守りにも適していている水魔法は、第二属性魔法に位置付けられておる」
「おい爺さん、その論法で行くと、一番目に言うべき魔法があるんじゃないのか?なんで飛ばしたんだよ。ああ、さては自分が得意な魔法が二番目だから悔しいんだろ?そうなんだろ?」
「くっ、このクソガキめ!!」
そう言った爺さんが本気で悔しそうな顔をしたことで一矢報いた、までは良かった。
心の中でほくそ笑んで、思わず口角が上がった瞬間、突然息ができなくなった。
「ガボ!?ゴボボボボバ!!」
たぶん三十秒も経っていないと思う。
その少しの時間の中で分かったのは、さっきまで爺さんの前を漂っていた水の球体が俺の顔に命中したことと、その中に俺の頭がすっぽりと収まって空気が吸えない状態になっていたことだけ。
だが、それだけで十分だった。
「口の利き方に気をつけろ、そう言ったはずじゃぞ?」
さっきと変わらない表情のはずなのに、床にはいつくばって肩で息をする俺を、偉そうに見下ろす爺さんの眼が、悪魔のように見えて怖い。
そうして、苦しんでいる俺の姿をしばらく見ていた爺さんだったが、なにかを思い出したように不意に口を開いた。
「そうじゃ。どうせ役に立たんのなら、仮面の間に連れて行くか。おれ、誰かおるか?」
外に聞かせるような爺さんの声で、絶対に部屋の前で待ってただろってくらいのスピードで、槍を持った兵士が二人、入ってきた。
「そこの無礼者を仮面の間に連れて行くぞ」
「はっ、しかし、あそこは……」
「この無礼者は火属性魔導士じゃ、問題ない。後でワシが許可を取る」
「は、ははっ」
最初は困惑していたから一縷の望みをかけたが、やっぱり兵士は兵士、男爵と名乗った爺さんの命令のままに俺の両脇を抱えて、部屋の外へと引きずっていった。
これが、俺の異世界生活のスタートだった。