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第2話

 「無茶な任務を任せてすまなかったな」

 「いえ、これは私の不徳のいたすところです。かくなる上はこの命をもって──」

 「──やめろ」


 鬼気迫る様子でナイフを抜いたシャルロットをイレーネは制した。他の面々は一様に不安そうな表情で二人のやり取りを見守っている。


 「やめろ。こんなところで若い命を散らすな。お前の死に場所はここではないぞシャルロット」

 「──!?」


 「……くっ!」


 シャルロットの瞳から堪えていた涙が溢れた。任務を全うできなくても、早まって自害を試みたとしても諭してくれるイレーネは、彼女たち騎士見習いの憧れであり、背中を見せてくれる師匠でもあり、同時に優しい姉でもあったのだった。


 緊迫した空気が伝染し、感極まった様子の騎士見習いたちの肩に手を置いて慰めながら、イレーネは再び口を開いた。


 「──もはやこれ以上の争いは不要。砦を明け渡す」

 「は? 今なんと?」


 異議を唱えたのはカトレアだった。体格のいい彼女は騎士見習いの少女たちの中でも気が強く喧嘩っ早いところがある。彼女にとっては、ロクに戦いもせずに白旗を上げるのは不本意だったのだろう。


 「王族は滅び大義は失われた。これ以上犠牲者を増やすことはしたくない」

 「王族が滅びたのであればイレーネ様が成り代わって国を作ればいいのです! 私はどこまでもお供しますよ!」

 「無茶苦茶を言うな……私はしがない辺境伯の娘、それもまだ18の若輩者だ。とてもじゃないが一国の主が務まる器ではないぞ」

 「上に立つ者に年齢など関係ありません! 現に、国王陛下もイレーネ様やお父上の意見に耳を貸されていればこんな負け戦には……」

 「控えろカトレア」


 イレーネは少し強い口調でカトレアを叱責した。カトレアの言うとおり、隣国に戦を仕掛けようとする国王や有力貴族たちを辺境伯であるイレーネの父やイレーネ自身も何度も諌めようとしたのだ。だが、国王は彼女たちの忠告に耳を貸すことはなく、結局そのまま戦を引き起こしてしまった。

 しかし、イレーネの父はそんな無能な主に命をかけて仕え、そして命を散らしていった。イレーネがここで国王を見限れば、そんな父の忠誠心や貴族としての威厳に傷をつけかねない。実際、イレーネはどんなに絶望的な状況であろうと一言も自らの主を悪く言うことは無かった。


 そんなイレーネの覚悟が伝わったのか、気が強いカトレアもそれ以上言葉を続けることができなくなった。


 気まずい沈黙がしばし流れたが、やがてイレーネが自らその沈黙を破った。


 「それに、私がいつ『降伏する』と言った?」

 「──は?」


 騎士見習いの少女たちはイレーネの意図していることが分からずめいめいに首を傾げていたが、一番聡明なセラフィナは程なくしてそれに気づいて顔を青ざめさせた。


 「イレーネ様……まさか……」


 イレーネは頷く。


 「うむ、そういう事だ」

 「い、いけませんイレーネ様! あなたほどの方がこんなところで……!」

 「あの、すみません。セラフィナ姐さん、説明していただけますか?」


 リタの問いかけにセラフィナは言葉を詰まらせながらも、端的に説明した。


 「つまり、その……イレーネ様は単騎で砦に残って果てられる覚悟で……」

 「イレーネ様!?」

 「うそ……嘘ですよね!?」

 「お考え直しください!」

 「どうしてそんな……」


 騎士見習いたちは一瞬で色めき立った。一番歳上のシャルロット、歳下のリタはもちろん、カトレア、そして今まで静かに様子を見守っていた銀髪の少女──フラウも慌ててイレーネに詰め寄る。


 「私は国王陛下に忠誠を誓っている身、最後までその忠義を果たすのは当然のことではないか?」

 「しかし! もうその忠義を示す国王陛下はおられないのですよ!?」


 イレーネに縋り付くシャルロットは、一度は引いたはずの涙をまた溢れさせようとしている。だがイレーネの決意は変わらなかった。


 「だからこそだ。王国が滅びた今、私が王国の最後の生き残りとしてその誇りを隣国に示さねばならない」


 騎士見習いの少女たちは必死にイレーネを引き留めようとしたが彼女の決心は固く、なんと説得されても一度口にしたことを曲げようとはしなかったのだった。



 ☆



 翌日、約束通り隣国からの使者が再び砦を訪れた。


 イレーネは砦に残された食料をかき集めて使者をもてなした。あまりの厚遇に使者の男は恐縮してしまったほどだった。


 「それで、我々の提案へのお返事を聞かせていただけますかな?」


 これほどの歓待を受けたということは、自分たちの提案を受け入れる覚悟ができたのではと、使者の男は内心ほくそ笑みかけていた。


 「ああ。軍を解散し、砦を明け渡そうと思う」

 「では我が国へ来ていただけると? 我が国王も喜びますぞ!」


 しかし、その後に続いたイレーネの言葉は使者の予想外のものだった。



 「その話だが……申し訳ないがやはり私の主は後にも先にもただ一人と決めているのでな……」

 「は……? ということは?」

 「仕官の話は無かったことにしていただこう。私は一人砦に残る。残って王国への忠義を果たすつもりだ」

 「し、しかしそれでは話が違いますぞ! 我が国王はイレーネ殿が仕官されるという前提の元で降伏を受け入れると……」

 「私は『軍を解散する』とは言ったが、『降伏をする』つもりはない」


 イレーネは使者の瞳を真っ直ぐに見据えたまま、落ち着いた──それでいて頑とした口調でそう告げた。その態度に使者の男は舌を巻いた。しかし、直ぐに頬を緩める。


 「──いやはや、我が国王が仰せられたとおり豪胆な方だ……。我が国王も、『イレーネ殿であれば簡単に首を縦に振ることはあるまい。そして、そうなればもはや説得することはかなわないだろう』と仰せでした」

 「そうか……」


 使者のその言葉に、イレーネはかつて一度だけ対面したことのある隣国の王の威風堂々たる姿や、隣国で過ごした日々に思いを馳せた。


 それはまだ隣国との関係が悪化する前、文武両道眉目秀麗たるイレーネの名声は隣国まで轟き、噂を聞いた隣国の王がイレーネを直々に呼び寄せて、期限付きで兵の訓練をしてほしいと頼んできたことがあったのだ。

 隣国の兵は、イレーネの私兵同様厳しい規律によって統率され、それになによりも最新式の装備を取り揃えており、自国の王やその他貴族付きの兵士と比べて練度はかなり高かった。これには訓練を担ったイレーネ本人も驚きを隠せなかった。純粋に1人の兵士でも、練度が高ければ10人、20人分の活躍が期待できる。イレーネもそれを理解していたからこそ、隣国との開戦にはかなり消極的だったのだ。


 そんな兵をまとめ上げている隣国の王もまた優れた人物で、普通に考えれば主として申し分のない人柄と力量を持っていると言えた。だが、イレーネにとってはその事実よりも、滅んでしまった自国への忠誠心の方が限りなく大きなものであったのだ。そしてその忠誠心こそが、隣国の王がイレーネに惚れ込んだ一番の理由でもあった。


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