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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

噛ませキャラの絡む理由

作者: 若元彌々

 ろうそくに照らされた薄暗い店内。簡素なテーブルや椅子が並べられたここは、酒場と併設されたギルド。ロクデナシと人生計画に失敗した人間の流れ着く、酒とタバコと排他的な匂いのする吹き溜まり。誰も彼も目つきが悪く、当たり前に何かしらの凶器が手元にあった。

 だが良くも悪くも、達観したか人生投げ出した人間ばかりなためか、互いに一歩引いた関係をついており、博打に負けた男の叫びと女を寝取られたことに対する嘆き以外は比較的日常的な会話がされていた。


 そんな空気は一人の少年の登場によって、見事に打ち壊された。


 あえて音が出る様に改造されたスイングドアから入ってきた少年。今時珍しい黒髪に童顔。身長はおおよそ160前後の細い体、歳は12.3といった辺りか。やけに小奇麗な服装から察するに、どこぞの商家の息子なのだろう。


 「「「「「「(両親は一体、どんな教育をしてんだ)」」」」」」


 普段、協調性の欠片もない男達の考えが珍しく共通していた。ここまで見事な意見の一致は、先月行われた『ギルド受付嬢美人コンテスト』以来だった。なお、一致した理由は全員が全員、色仕掛けに引っ掛かったという情けないモノだったが。


 何はともあれ、まともな親ならここ、そして貧民街には絶対に近づかない様に言い聞かせる。流石に街中で子どもを人さらいに売っぱらう馬鹿はいないが、有り金巻き上げるくらいの事は当たり前に行われている。


 自分の身は自分で守れが当然、出来ないアマちゃんは大人しく帰れが常識の世界だ。


 常識的なロクデナシ共は、少年がここへ来た理由が分からず互いにオロオロと視線を動かす。ごく稀に、子どもがギルドに入り込む事はある。大抵は、喰うに困ったか、或いは追い出された子が生き場を求めて流れ着く場合が殆ど。感動的なモノとしては、駆け落ちしたカップルが身を隠す為に逃げ込んできたこともあった。


 そういった子どもは、みすぼらしい身なりや死んだ目をしているので、すぐに分かる。

 だが、この少年のように整った身なりでギルドに来る人間はいない。いるとすれば借金取りだけだ。


 少年は男達の間を何でもないように、歩き抜けようとする。本人たちは物珍しさから見ているつもりなのだろうが、人相の悪さから明らかにガンを付けている様にしか見えない地獄の状況の中を抜け、窓口へもうすぐといったところだった。


 「おう、坊主。ここが子供の遊び場に見えるのか?回れ右して帰りな」


 筋骨隆々のロクデナシが立ちふさがった。


★☆★☆


 男。カマセは、少年のことを大方察していた。


 ――自棄になったのか


 自身にも覚えのあることだった。カマセ自身、今でこそ冒険者に身を落としているが、以前はキャラバンの護衛隊長を務めていた。故に、商家については人よりも知っている。

 少年の年頃ならば、商人としての選別が行われている頃だ。才気があれば後継者候補に、凡庸であれば奉公に出される。そして才の欠片すらない者は、商人以外の道を選ばされる。それでも読み書き計算が出来るため、普通の家の出よりも幾らかマシな生活が送れる。


 しかし、我慢できるハズがない。それまでは、使用人に世話をされ食事には白いパンに主菜副菜が必ず付く生活をしていたのだ。硬い黒パンをスープに浸して食べる生活に馴染めず借金をしてまで、贅沢な生活を続けようとした人間は嫌と言う程見てきた。


 この少年も、恐らく才気なしと切られた口なのだろう。冒険者は命の危険はついて回るが、稼げる職業だ。一攫千金を狙い毎年多くの人間が入籍し、そのまま鬼籍に入るのが通例。そのため、建前的には年齢経歴問わずを謳っているが、実際には戦闘経験の未熟な人間は入籍前に弾くようにしている。


 その為の試練。ここで怯えるようでは、そもそも冒険者には不向きだ。知り合いの教会か、職人斡旋所にでも行ってもらうことになる。どちらも読み書き計算の基本が出来る子供に不当な扱いをする程、外道でなければ身の危険も少ない。特に、職人の方にならばいくらかアテがある。将来のことは分からないが、十分に家族を養える程度には稼げるだろう。


 商売人として生まれた男が、商売人としての生き方が出来ない屈辱は分からない。しかし、切り捨てられた人間の気持ちは分かる。自分自身、切り捨てられた後は、やりきれない思いから荒れた生活を送っていた。酒に溺れ、命を擦り減らす戦いに明け暮れ、多くの友人をなくした。落ちぶれていく自分に愛想を尽かし、妻子は消えた。そのような経験をこの少年にはして欲しくなかった。


 故に、敢えて突き放す。脅しと思われて構わない。恨んでくれて構わない。


 それでも、少年には人並みの生活、真っ当な道を歩んで欲しい。


 「オラどうした!とっとと帰るんだよ。さもねぇと、蹴り出すぞ!」


 なるべく強い口調を意識して恐喝を行う。この業界、ハッタリ効かせてなんぼ。商人の交渉とは違った、独自の交渉術がこのやり方だ。さらにプラスして、俺の外見の悪さ。炊き出しのボランティアをして恐がれ、教会の子供と遊んでいたら衛兵に連れていかれたこともある。このくらいの子供にとって、これほどの恐怖はないだろう。


 「あの邪魔なので、退いてくれませんか?モブに構っている暇はないので」


 しかし、少年は怖がるどころか呆れ顔で挑発し返した。思わず呆気にとられる。冗談ではない、この少年は本気で俺の事をどうでもいい存在だと思っている。でなければ、難癖を付けてきた相手とはいえ、道端のゴミを見るような目は出来ないだろう。


 「(この馬鹿やりやがった!)」


 周囲で様子を見ていたロクデナシ共が、俄かに殺気立つ。

 こいつらは全員、基本的にプライドが高いが仲間意識も高い。

 子供相手にムキになることはないが、生意気な相手に対しては容赦がない。各々の得物に伸ばしているのを視線で阻止し、早く決めに行く。


 「上等じゃねぇか!クソガキ!」


 口が効かない以上、行動で帰らせる。顔面ギリギリの寸止めで、腰を抜かしてくれでもすれば、それを理由に追い返せる。


 一歩、右足を大きく踏み出す。地面を足が叩く際に、バンッという重い音が響いた。震脚という技法があるが、これは違う。ただ単に、不格好に足を叩き付けたに過ぎない。足首から膝へ、膝から腰へと捻りを繋げていき、拳に乗せる。肩から水平に、体ごと右腕を振る。


 ――頼むから帰ってくれ!


 男の打撃は、素人が見ても下手くそなものだ。何しろ、動作がやたらと大きい。アレではカウンターを合わせてくれと言わんばかりだ。真っ直ぐに突くのではなく、横から振り回すような打撃はまさに、素人のそれだ。足も悪い、いやに叩きつけたわりに体重が乗っていない。体が開き、力が分散してしまっているため、威力半減どころか命中したとしても大したダメージは入らないだろう。


 拳を立て、フックの様に円を描き、横から迫ってくる打撃を目の前にしても少年は動じない。本来、人間の本能として拳が迫れば反射的に防御を行う。腕を上げる、体を引く、目を閉じる。何でもいい。何かしらの行動が起きるハズだが、少年はピクリとも動かない。動かないと思っていた、その時


 ――ゾクリ―


 瞬間、後方に逃げた。脊髄が無意識の内に、カマセの体を安全地帯へと退避させる。先読みではなかった。命のやり取りを何年も行って来たことによる直感。生き残る上で、何よりも重要な器官が少年を危険と判断したのだ。


 男が半歩、バックステップ出来たのはいくつかの幸運が重なったからだ。


 ひとつは、始めから寸止めを行うつもりだったので、打撃の途中でありながらブレーキを掛けていたこと。もう一つは、相手とのリーチ差が優位であったからに過ぎない。


    一閃


 風が鼻先を掠める。風切り音と共に、拳大の何かが眼前を通り過ぎるが、正確な軌道は読めない。


 ――一体何の冗談だ!


 伊達や酔狂でこの業界で生きてきた訳ではない。鍛練を重ね、修羅場をくぐり抜けてきた。

 その膨大な時間と経験があって、尚且つ体格差と運に恵まれ、ようやく回避に成功など笑い話にもならない。


 確かに見えた。拳は見えなかった。しかし、どれだけの達人になろうと、足捌きや肩の動きが隠せる訳ではない。少年もまた、同じように右の打撃を繰り出していた。


 少年はこちらの打撃が届く刹那、こちらに倒れる様に踏み込んできたのだ。上手いやり方だ。こちらとは正反対に、全体重を拳に乗せることで破壊力の底上げを行った。

 異常なのはその速さ。片足を前に出しているなら、まだ理解できた。どちらかの足を一足長でていれば、瞬間的な行動に対応できる。しかし、普通の立ち姿。両足に等しく体重がかかっていればそうはいかない。当たり前だ、人間は体重が掛かり過ぎた足では踏み込めない。両足に体重が掛かっているのなら、片足に体重を乗せる余分なアクションが必要になる。

 さらに、膝だ。少年は完全に膝を伸ばしきった状態だった。あれでは力がつま先まで届かない。よしんば足首の力だけて地面を蹴り込んだとしても、間合いを詰める程の動きは不可能だ。ここでもさらにワンアクション。


 その上でこちらの拳が届くより早く、20センチ以上あるはずのリーチ差を詰めてきた。一般人に出来る芸当ではない。だからこそ、腑に落ちない。


 ――このクソガキ!


 そう、この少年は普通の少年でしかない。少なくとも、鍛練とは程遠い生活をしていたハズだ。戦士特有の血の匂いも達人の凄味もないといった、曖昧な感覚ではない。入って来た時に習慣として観察した結論だ。


 拳だこもマメもない手。完全な体重移動をし、踵から地面につける歩き方。つま先が外を向き、肩を丸め、わずかに前のめりな立ち姿。どれをとっても、素人。鍛練を積んでいない証拠だ。


 にも関わらず、この動き。天性の才能ではない。努力の結果でもない。アンバランス過ぎる。まるで基本的な肉体性能が違うようだ。


 この時、カマセにはまだ余裕があった。焦った人間から死んでいくため、予想外な事態に遭遇しようとも、冷静でいる様に鍛えられていた。その為、無意識下の行動故、ぶれてしまった重心を思考との同時進行しながら修正を行っていた。バックステップの滞空中に、後ろに傾いていた体を少し丸めこませることで重心のズレを解消。

 左足は着地と踏み込む為に、足首を起こし、右足は大きく後ろに下げ、左足が前にくるようにし、足首を斜めに向ける。開いていた腕は脇を締めて、右腕は肘を下に向け立てさせアゴを守り、左腕は右よりも少し前に出し構える。


 基本に忠実。攻防共に優れた構えだ。相手の異常な身体能力がどの程度かは不明だが、人間なのは間違いない。打撃を浴びせれば倒せる!


 カマセは着地の衝撃を膝のバネで圧縮


 「(仕舞だ)」


 相手は既に、体が伸びきっている。打撃力の強化とリーチ拡張の為に、体ごと突っ込んできたためにこれ以上の行動は不可能。攻撃後の最も無防備な状態の所を狙い撃てる。軽くアゴを打ち抜いて、楽に寝させてやる。


 そのつもりだった。


 圧縮した力を爆発させ、カマセが突撃したその時だ。


 ――赤い閃光に目が眩んだ。


 いや違う。


 殴打による痛覚による錯覚だ。


 少年の左拳は的確にカマセのアゴ先を捉え、その脳を揺らした。攻撃後の前のめりな体勢。並の人間には出来ない行為だが、少年はその状態から更に一歩踏み込み、突っ込むカマセに左拳を合わせた。


 カマセの意識は暗く遠のく。しかし、カマセの脳は意識を手放すことを拒絶し、体にしがみ付いた。だが、体は正直だった。足が笑い踏ん張りが効かない。構える事が出来なくなった両腕は、だらりとつり下がる。


 遂に、立っていられず膝から崩れ折れたカマセに少年は襲い掛かる。


 膝をついたことで、高さの下がったカマセのこめかみに渾身の右がめり込み、何とか留まっていた意識を断ち切りにかかった。


 叩きのめされ倒れる最中、意識がほとんどない状態だったが、カマセの思考は止まらなかった。戦士としてのサガか生物の生きようとする本能か。どちらかは分からないが、意識を失う直前、彼の思考は疑問に支配された。


 「(何だアレは。不可能な状態からの打撃、それもガード無視の打撃だと。あのガキは何者だ。身体能力や技術なんて生易しいものじゃない。何故あの態勢から次の足が出せた。何故右のガードに触れることなくアゴを打ち抜けた。何故……)」


 床に顔面から落ちたカマセは、それ以上考える事は出来なかった。何をされたかは分かっても、何故出来たのか。そして少年が何者なのか。


 その謎は意識と共に、暗闇に消えていった。


今回はギルドには必ず存在する、何故か主人公に絡むチンピラキャラを書いてみました。

長い戦闘描写に挑戦してみましたが、これだけ書いて攻撃回数4回しかないと分かり、やっぱり川上稔先生の戦闘描写は偉大だと痛感させられた今日この頃。

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[良い点]  いい人ほど死ぬ。 [一言]  前回に引き続き今回も犠牲者が。  民衆の歌を歌いながらチート主人公氏を取り囲むしかない(そして一斉に大虐殺される)
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