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木石  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
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答え

 


 女が、ゆっくりと近付いてきた。


「後悔しない?」


「後悔、か……後悔なら今まで、嫌というほど味わってきた。今更一つ二つ増えた所で、どうってことはないさ」


「ふふっ、面白い言い回しね。そんな言い方、初めて聞いた」


 女が無機質な顔で小さく笑う。


「君は……この石の番人って所かな」


「そうね。ここに来る人たちはみんな、私のことを好きに呼んでる。私はそのどれも否定しない。だってそれって、あなたたちにとってどうでもいいことでしょ?石の妖精、女神、悪魔……」


「確かに……そうだな。今からしようとすることに比べたら、君が誰かなんて些細な疑問だ」


「そういうこと。それで?あなた、今からどうなるのか、ちゃんと分かってるのよね」


「あのサイトに書いてあったこと、あれは本当なのか?」


「ええ、本当よ。ここは人間の絶望を全て受け入れる場所。あなたは今からこの石に触れて、それが受け入れてもらえるかどうかを判断される」


「本当に……この石になれるのか」


「それは彼次第。もし彼があなたを受け入れたなら、あなたの願いは叶えられる。

 あなたは石になって、これからの人生、この景色をみつめながら生きていくことになる。誰からもあなたという存在を気づかれることはない。ただの石になる。

 でも、あなた自身のアイデンティティは残される。あなたはただひたすらに、自分の内に向かって問い続け、思考することだけを繰り返す。

 そしてあなたの肉体は、今この石に宿っている人の物になる。あなたはその肉体から解き放たれ、ただ思考するだけの存在となる」


「すごいな……そんなことが自分の身に起こると思っただけで、震えが止まらなくなる」


「それで?あなたはなぜ、そうなることを望むのかしら」


「ただの絶望だ。これから先も、自分という器の中で生きていくことに疲れただけだ」


「なら、死ねばいいんじゃない?こんな面倒くさいことをしなくても、もっと手軽に絶望から抜け出せるでしょ?」


「選択肢に入ってないんだ、それは。自分はこの世界に、望まれて命を授かった。そして今まで、多くの命を糧としてこの命を繋いできた。だから自分には……自分の命には、責任がある。自ら命を絶つことは出来ない」


「ふふっ……いいわ、分かった。じゃあ、この石に触れて頂戴」


「試験は合格か?」


「それは……この石次第ね。この石の中の存在も、あなたの様に絶望してここに来た。もうずいぶん昔のことだけど……彼があなたのことを認めれば、あなたの願いは叶えられる」


「絶望自慢になるってことか……まあいいさ。じゃあ始めてくれ」


「ふふっ……やっぱりあなた、面白い」


 石に触れる。その上に、彼女が手を重ねた。






「……」


 目を開けると、見慣れた天井がそこにあった。

 辺りを見回し、ここが自分の部屋だと認識した。


「……夢、だったのか……」


「いいえ、違うわ」


 声に驚き起き上がると、先ほどの女が自分を見下ろしていた。


「あなたが今見た物、感じた物。全て現実よ。夢じゃない」


「じゃあ……」


「彼からの伝言よ」


「……」





「絶望が足りない。絶望を舐めるな」





「まだ……足りない……」


「これは彼の意見。正しいかどうかは分からないわ。ただあなたの絶望は、彼にとってその程度だったということよ」


「この世界には……もっともっと、絶望があるのか……」


「まあ、それも人それぞれだけどね。感じ方なんて、人の数だけあるのだから」


「そうか……」


「これからどうする?死ぬ?」


「いや……それはさっきも言ったけど、選択肢にない。それより……やつが感じた絶望ってやつに、少し興味が湧いてきた。

 このまま生きて、やつの言う本当の絶望ってやつを感じてみたい」


「ふふっ……本当に変な人。それで?それを感じた後、どうするの?」


「今は分からない。でも……そうだな、その時になったらまた、君に会いに行くかもしれない。でもその前に、その絶望ってやつにあらがってみたい……気もする」


「それから?」


「あの石の前で笑ってもいいな」


「ふふっ……じゃあ、またあなたには会えそうね。その時を楽しみにしてるわ」


「ああ。その時まで」


「ええ。その時に、また」




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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)あの~ヤバいですね。この世界観。なんちゅう作品を書かれているんですか(笑)これは高評価せざるえないですわ。僕はこういう対話をみたことがないです。それだけ作品自体に稀少価値があるという…
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