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紺星のあれが行方不明

 十乃がめっちゃアホな回です。

 これはユスティー隊員の新人である永浜志展と佐戸野弓絵がユスティーに入隊してから一年ほど経過した頃の話。



「なぁ、俺のパンツ知らね?」

「「ぶっ……!」」


 その日の朝、しかめっ面でユスティーの本拠地を訪れた紺星は唐突にそんなことを尋ねた。いきなりの爆弾発言過ぎたせいでその場にいたユスティー隊員ほとんどが吹き出してしまった。


 特に志展はコーヒーを飲んでいたので口に含んでいたコーヒーを盛大に吹いてしまい、それが事件の報告書にかかるという大惨事が起きてしまっていた。


「何なんだよ急に」

「なんか帰ってきたらほとんど消えてた」


 〝帰ってきたら〟というのは、昨日まである容疑者の自宅に二日間ほど紺星は張り込んでいたので、ユスティー隊員専用の寮に帰っていなかったのだ。


 そして今日紺星は無事に容疑者を逮捕して帰ってきたのだが、自分の部屋の洋服ダンスにあったはずのボクサーパンツがほとんどなくなっていたのだ。


「「…………」」


 紺星の質問の意味を理解したユスティー隊員たちは刹那、ある一人の人物に思いっきりジト目を向けた。


「ちょっ、何でみんな私のことガン見するのよ」


 もちろん十乃である。全員が十乃のことを疑わしそうな目線で見つめたのだ。それはドMという変態性を秘め、加えて紺星にぞっこんだということを知っているユスティー隊員の反応としてはとても正常なものだった。十乃なら紺星のパンツを盗むぐらいやりかねないと思う程度に、ユスティー隊員たちの十乃への信用は無かったのだ。


「だってよ、紺は別にずぼらじゃねぇから部屋汚くねぇし。パンツなんか普通なくさないだろ?なら他に考えられるのは誰かが盗んだっていう可能性だ。そうなったらもうお前しか候補いねぇじゃん」

「だからどうして私だけなのよ!?青花とかだってやりそうじゃない!」


 ユスティー隊員全員から嫌疑の目を向けられたことが納得いかないらしい十乃に、寛は当たり前の推測を話した。はっきり言って「お前以外に誰がいるんだよ?」という心中なのだ。


 盗まれた可能性は否定しなかったが、その容疑者が自分だけだと判断されたことが不満だった十乃は青花の方を指さした。


「そんなこと……」

「いや青花がそんなことするわけないだろ?馬鹿なのかお前」

「ぐっは……!」


 青花が不名誉極まりない十乃からの発言に顔を顰め否定しようとすると、紺星が代わりに十乃の意見を即却下してくれた。青花と自分との対応の違いと、馬鹿呼ばわりされたことで十乃は膝から崩れ落ちた。


 十乃はドMなので全く問題はないのだが。一方の青花は紺星に庇ってもらえたことで一気に下がったテンションが急上昇していた。


「ん?」


 そんな二人の茶番劇が繰り広げられていると、寛が何かに気づいたような声を上げた。そんな寛の視線は十乃の胸に向いていていた。


「どうした?寛」

「十乃。お前胸に何隠してる?」

「ギクッ!」


 寛が疑わしそうに尋ねると、十乃はいかにも図星をつかれて慌てふためいているような態度を取った。それは最早嘘をつく気があるのかないのか分からないレベルだった。


 青花は汗を大量に吹き出している十乃の谷間に躊躇なく手を突っ込んで弄ると、その狭間から黒い布を引っ張り出した。


「「…………」」


 それはどこからどう見ても黒のシンプルなボクサーパンツで、紺星の目から見れば自分のタンスに入っていたはずのパンツだった。


「やっぱお前なんじゃねぇか。つまんねぇな」

「ちっ、違うのです!紺様!これに深い訳が…………って何で手錠取り出しているのですか!?」


 必死に弁解しようとする十乃を余所に、紺星は取り出した手錠の輪を人差し指にかけてグルグルと回していた。


「窃盗。あと日頃の公然わいせつ罪」

「日頃の公然わいせつ罪って何ですか!?」


 普段からドM変態な十乃は紺星からすれば公然わいせつ罪の塊だったようで、そんな認識をされていたことにショックを受けつつやはりM心をくすぐられた十乃は若干頬を赤く染めていた。


「にしても寛。よく気づいたな?」

「そりゃあお前、俺が普段どれだけ十乃の胸ガン見してると思って……」

「この変態」

「お前にだけは言われたくない」


 十乃は普段紺星に振り向いてもらえるように、ユスティーの制服を改造して胸の谷間を強調させるような格好をしている。だがそんな努力に振り向いてくれたのは紺星ではなく寛だったようで、十乃はそんな寛に絶対零度の視線を向けた。


十乃(変態)に変態と呼ばれてしまった寛は即座にツッコミを入れた。寛の場合はゆるめの変態なのだが十乃はガチの変態で、この認識の差は寛の中で結構重要だったりするのだ。


「まさかユスティーから犯罪者を出しちまうんなんてなー」

「紺様聞いてください!私は本当に盗んでいないんです!これは買ったものなんです!」

「……買った?」


 紺星が棒読みで今回の珍事件を嘆いていると、十乃が必死に弁解を始めた。どうやら十乃は胸の谷間に隠していた布が紺星のパンツであることは認めているのだが、盗んではいないのだと主張したいようだった。


 十乃の弁解内容に反応した紺星は眉を顰めながら十乃に尋ねた。


「買ったってどうやって?」

「ネ、ネットオークションで」

「「は??」」


 一応紺星がその購入方法を尋ねると十乃は頓珍漢なことを言ってきた。内容が内容だっただけに、他のユスティー隊員全員が間の抜けた声を上げ首を傾げた。


 その反応も当然だった。何故個人の下着なんかがネットオークションで競りに出されているのか?という疑問を持たない馬鹿は十乃という変態を除けばいなかった。


「意味が分からん。説明しろ」

「わ、私にもよく分からないんです。ただ、ネット上でユスティーの隊長の下着って銘打ってオークションに出されていて……」


 十乃の説明を聞いたユスティー隊員たちは更に混乱し顔を歪めた。


 十乃の話が全て真実だと仮定して整理すると、何者かが紺星の部屋に忍び込んで何枚かのボクサーパンツを盗んでいき、それらをネットオークションに出品した。そしてその内一枚に馬鹿(変態)が釣られたということだ。


「いくらで買ったんだ?」

「じゅ、一〇万です」

「……アホかお前?…………アホなのかお前?」

「なんで二回も言うんですか!?」


 流石のこれにはユスティー隊員たちもドン引きだったようで、紺星の意見に大賛成といった感じで激しく頷いた。


 その値段の大きさに紺星は反射的に十乃を罵倒したが、よくよく考えると本当に馬鹿馬鹿しい値段だということに気づき、再度十乃を変態バカ認定したのだ。


「その馬鹿馬鹿しい話が本当なら誰がそんなことを?疑問」


 本当に紺星のパンツがネットオークションに出品されていたのなら、紺星の部屋からパンツを盗んだ犯人がそれをした可能性が高い。


 こんな馬鹿なこと考え、実行し、まんまと成功させてしまった人物は一体誰なのかと青花は疑問を零したのだ。


「…………一人だけ、こういう馬鹿げたことをやらかす人間に心当たりがある」

「「?」」

 

 しばらく考え込んでいた紺星はふと思い立ったように通信魔術を行使し始めた。その様子から、明らかに紺星が犯人と面識がある様に見えたユスティー隊員たちは、その犯人が誰なのか見当がつかず首を傾げた。


『相変わらずここに辿り着くのがはえーな』

「アンタが男色家だったとは知らなかった。なんかすまんな」

『気持ちわりー勘違いすんな』


 紺星が通信魔術で対話を始めた相手はエルメス・ビンコード。ルセカン警察の総括を務めていながら超変人で時たま日本警察に面倒事を押し付けてくる人物だ。


「どういうつもりであんな馬鹿げたことをした?」

『暇だったから嫌いな奴をからかってやろうかと』

「そういうのはストラのアホ隊長一人で満足しとけよ」


 あまりにもぺらっぺらな犯行動機に紺星は思わずため息をついた。


 エルメスは自ら〝愚人キラー〟と名乗るほどの愚か者好きで、普段はエルメスの好みドストレートのストラの隊長――アルベルトをからかっているのだが、暇だからという理由だけでこちらに飛び火されては傍迷惑にもほどがあるというものだ。


「そもそもあんなことしても引っかかるのなんてうちのアホ一人ぐらいだろうが」

『いや?お前の部屋から盗んだ下着は完売したぞ』

「……は?」


 暇だからと言ってわざわざ日本まで訪れ、日本警察に張り巡らされている様々な魔術を潜り抜けてまで盗んだものが紺星のパンツでは、そのくだらない苦労が報われないだろうと紺星は考えたのだ。


 だが紺星の推測とは裏腹にまさかの下着は完売していたようで、紺星はあまりの衝撃に間の抜けた声を上げた。


『お前知らないのか?史上最年少でユスティーの隊長に任命された葛城紺星はファンが多くて、ファンクラブまで設立されてるんだぞ』

「「はぁ!?」」


 紺星は周りのユスティー隊員にも会話が聞こえるように通信魔術を行使していたので、その場にいたほぼ全員が声を上げて驚愕した。


 公開されているユスティー隊員の情報は名前と年齢ぐらいでその容姿を知っている一般人はいない。にも拘らずそんなアイドルのような人気があってたまるかと紺星は顔を顰めたのだ。


 だが以前紺星と青花が高校に潜入捜査した際に出会った入山杏という女子高生は、生粋の葛城紺星オタクだったことを思い出し、彼女のような人間が多数いるのかもしれないと紺星は考え直した。


『マジで知らなかったのか?俺情報だと確かそのファンクラブを設立したのはお前の言うアホだったはずなんだが……』

「……結局発端お前なんじゃねぇか」


 一通りの事情を理解した紺星はエルメスとの通信を遮断した。


 そもそも葛城紺星ファンクラブなるものが存在していなければ、今回のこんな馬鹿馬鹿しい窃盗事件は起きなかったので、巡り巡って結局原因となったのはそのファンクラブを設立した十乃ということになる。


 紺星の射殺さんばかりの眼光を向けられた十乃は一気に恐縮してしまい、身体中から汗を盛大に吹き出していた。一方、いつもの三割増しでアホな十乃を目の当たりにしたユスティー隊員たちは死んだ魚のような目で十乃を見つめていた。


「はぁ……何でこんなことで新しいパンツ買わなきゃいけねぇんだよ」

「あ、あの……紺様……これ」

「あ?」

 

 脱力しながらため息を吐いた紺星に十乃はおずおずとあるものを手渡した。それは十乃が落札して肌身離さず所持していた紺星のボクサーパンツで、紺星はそれを受け取ると躊躇なくゴミ箱向かってストレートを投げ込んだ。


「何で捨てるんですか!?」

「だってキモいし」

「ぐっは……!」


 紺星からすればストーカー同然の十乃が肌身離さず持っていた下着なんて今更着られないので、紺星の行動はおかしいものではなかったがそれをストレートに伝えるドSさは紺星特有のものだった。


「それにしてあの総括は相変わらずだったな……って、何してんだ?紺」


 苦笑いを浮かべていると何やら紺星が作業している姿が寛の視界に入った。紺星は何故かユスティーのパソコンを急に分解し始め、コードのようなものを手に取っていた。


「復讐」

「「?」」


 急に不穏なことを言い始めた紺星の顔はユスティーの隊長とは思えないほど極悪人のようになっていて、ユスティー隊員たちはその敵意が自分たちに向いていないことに心底安堵した。


 だがエルメスへの復讐とパソコンのコードをいじることに何の関係があるのか理解できなかったユスティー隊員たちは、紺星の行動を窺うことしかできなかった。


「何の魔術?疑問」


 すると、紺星が何かの魔術を行使したことをユスティー隊員たちは視認した。だがそれが何の魔術なのかは見ただけでは突き止めることが出来ず、青花は遠慮なく紺星に尋ねた。


「んー?あの野郎のPCのメアド知ってたからなぁ……それ利用してアイツのPCいじれるようになる魔術……今作った」

「「…………」」


 馬鹿馬鹿しい窃盗事件の復讐なんかのために新しい魔術を一つ作り出してしまう紺星の異常さに、ユスティー隊員一同絶句してしまいどこか遠い目をしていた。


「そんで、アイツがPCに保存してるストラのアホ隊長の動画を全消去する」

「あの方、総括だというのにどこにそんな暇があるんでしょうか……?」


 紺星から発せられたエルメスのプライベートな秘密に、福貴は心底不思議といった感じで呟いた。


 エルメスは今までに大層笑えたアルベルトの愚かで馬鹿な行動を動画に記録していて、それらに〝アルベルト(笑)〟というファイル名を付けて保存しているのだ。


 今回の件の報復として紺星はそれを全て消去するという、エルメスからすればなかなかにエグい所業をしていたのだ。



 その結果、後日溜めに溜めいていたアルベルトの動画が消えているという悲しい事実に気づいたエルメスが卒倒するという事件が起きたのだが、犯人に辿り着けるのはエルメスただ一人だろう。



 一方、今回のアホらしい事件の発端となった十乃への罰は――。


「紺様が……紺様が…………普通過ぎる!」


 ドMという性癖を持っている十乃には罰らしい罰を与えたところでただのご褒美になってしまう。かといって優しく接しても紺星のことが好きな十乃からすれば嬉しいだけなので、どちらに転んでも十乃が得してしまう。


 よって紺星は一週間ほど、ドSという自身の性格を封印し尚且つ優しく接しないように徹することで、十乃への罰を執行したのだった。




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