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ユスティーのお母さん

 ――八年前――


 これは紺星がユスティーという最強部隊に入ったばかりの頃。


 当時のユスティーの隊長だった雅園凛人によってスカウトされた紺星は、その日凛人に連れられ日本警察のユスティーの本拠地に足を踏み入れることになった。


 紺星は警察組織の入り口からユスティーまでの道のりで既に、慣れない視界にキョロキョロとしながら凛人の後ろを必死についていた。


 そんな紺星の姿が凛人には、親の後ろをテクテクと必死でついてくる子供のカルガモのように見えて、凛人は思わず笑みを零した。


 凛人がユスティーの本拠地の扉を開けると、部屋の中にはユスティー隊員のユレ、福貴、裕五郎が既にいた。


「お、来たか」


 凛人の後ろにいた紺星の存在に気づいた裕五郎は興味津々といった感じで紺星の顔を覗き込んだ。


「えぇ~!この子だぁれ?凛人くん」


 紺星が本拠地内に入るなり食い気味で紺星のことを凝視しながら尋ねたのはユレだった。どうやらユレは紺星の子供らしい可愛らしさに心を奪われてしまったようで、普段からは想像できないほどの甘い声を出していた。


「葛城紺星。一〇歳」

「紺の名前は僕がつけたんですよ」

「へぇ~、紺ちゃんっていうのねぇ……私はユスティー隊員の浅見ユレよぉ。私のことはお母さんだと思ってくれていいからねぇ」


 ユレは紺星と視線を合わせる様に膝を曲げると、紺星の頭を撫でながらそう言った。


「って、凛人くん!何なのぉ?紺ちゃんのこの酷い格好はぁ?」


 ユレは紺星の格好に目を向けると、凛人に非難の目を向けた。


 紺星はスラム街からそのままこのユスティーを訪れたので、スラム街で生活していた時の酷い格好のままだったのだ。髪はぼさぼさ、身体中に汚れがついていて衣服には所々に敗れたり穴の空いた箇所があった。靴に至っては履いてもおらず紺星は裸足のままだった。


「もぉぉ!こういうのは凛人くんがここに来る前にしっかりしてあげないとぉ!」

「あはは……全然気づきませんでした。なんかすいません」


 凛人は面目なさそうに後頭部を掻くとぷりぷりと怒っているユレに対して謝罪した。正直当の紺星はそんなこと全く気にしていないのが、ユレからすれば大問題なのだ。


「さぁ紺ちゃん。汚れた身体を綺麗にするためにぃ、お風呂に入りましょうかぁ。服は私が買ってきてあげるからぁ、その間に寮の銭湯にでも行っておいでぇ」

「せんとう?」


 スラム街で育った紺星には聞きなれないフレーズだったのか、紺星は首を傾げつつその単語を復唱した。


 この警察組織に存在する寮は五〇階にあるユスティー隊員専用の寮と、五一階から六〇階まである一般寮の二種類だ。


 ユスティー隊員専用の寮には一人一人の部屋に風呂が備わっているのだが、そのほかの隊員が暮らす一般寮にはそれが無く、全員共同の銭湯を使用しているのだ。


 これからユスティー隊員となる紺星にも部屋は与えられる予定だが、今現在はそれが無いのでユレはその共同銭湯で汚れを落とすことを提案したのだ。


「銭湯っていうのは大きなお風呂のことですよ。紺、僕が案内しますからついてきてください」


 


 銭湯のお湯にゆっくりと浸かったことで体の隅々まで綺麗にした紺星は、ついでに手先の器用な福貴に髪も綺麗に切り揃えてもらった。


「すごく似合ってるわよぉ、紺ちゃん」


 ユレの買ってきた子ども服に身を纏った紺星の子供らしい可愛らしさに、ユレは一瞬にして心を奪われてしまったようだ。


 どうせユスティー隊員になればユスティーの制服を着て過ごすのがほとんどになってしまうので、ユレは紺星の子ども服姿を決して忘れないように目に焼き付けていた。


「ユレは子供好きで、大人には塩ですからね。紺が入ってきてくれたおかげで、見たことの無いユレの一面を知れました。ね?五郎兄さん」

「あぁ。アイツもあんな顔するんだな」


 ユレというユスティー隊員は基本的に他人に無関心で塩対応なことが多い。治癒魔術を得意とする彼女は世話好きでお母さんのような性格を持っているのだが、それが発揮されるのは子供や気に入った相手に対してだけなのだ。


 なのでそれを理解はしていても、実際に目の当たりにしたことが無かった凛人たちは驚きつつも微笑ましい気持ちになったのだ。















 ――二年前――


 これは里見骸斗というユスティー一の問題児がユスティーに入隊したばかりの頃の話。


 骸斗は捜査の度に問題行動を起こし隊長である紺星にこっぴどく叱られるので、入隊してから早一か月ほどで問題児の異名がユスティー内だけではなく警察全体にも広まっていた。


 骸斗は紺星に叱られる度にキチンと反省する。だがすぐに似たような問題を起こす。紺星は未だかつてここまで応用力の無い人間は初めてだと、逆に関心さえしていた。


 骸斗は不真面目な訳ではない。むしろ尊敬する紺星のために功績を上げようと頑張っている。だがいつもやり過ぎてしまうのだ。


 戦闘狂とも言っていい程の骸斗は基本的に手加減というものを知らず、毎度毎度被疑者に瀕死の重傷を負わせてしまう。


 紺星でもこれについての解決策を見つけることが出来なかった。そうなってくると一番苦労するのがユレだ。


 ユレはユスティー一の治癒魔術の使い手なので、毎回骸斗が連れてくる瀕死の被疑者は必然的に彼女が治癒することになる。


 だがユレも神じゃない。毎日毎日瀕死の重傷を治癒していれば疲れも出てくる。そういう場合は紺星がフォローに回るのだがそれにしたって限度がある。


「骸斗。これ、今日で何回目だ?自分の胸に手を当てて思い出してみろ」

「……四〇?」

「おしい、三九」


 その日。連続通り魔事件の被疑者を逮捕した骸斗はユスティーの本拠地内で紺星に正座させられていた。理由はもちろん問題児がやらかしたので先生のお説教タイムが始まろうとしているからだ。


 骸斗は紺星に言われたとおり自分の胸に右手を当てて思い出そうとした。紺星によるこの説教が通算何度目なのかを。


 微妙な誤差を指摘した紺星に内心他のユスティー隊員たちは〝どっちでもいいだろ〟というツッコみを入れていたが、本人にその心の声は届かなかった。


 今回の被疑者は見事に左腕とおさらばしていて現在ユレに治療してもらっている。


「お前、ユレに感謝しろよ」

「何でユレ母さんに?」


 普段紺星の説教中は真摯にその言葉を受け止める骸斗がその時だけは反抗する様な声で尋ねた。骸斗がこのユスティーで尊敬しているのは紺星だけだ。他の隊員もユスティー隊員なのでそこそこ評価はしているのだが、尊敬と呼べるのは紺星ただ一人。


 そんな骸斗が全くと言っていい程その実力を評価していないのがユレなのだ。その評価はあながち間違っていない。ユレは戦闘能力だけで言えばユスティー最弱だ。もちろんそこそこ腕は立つのだが最強集団のユスティーの中では霞んでしまう。


 骸斗はそんなユレをユスティーのお母さんとしか思っていなかった。その為、ユスティー隊員として評価に値しないユレに何故感謝しなければいけないのか?と骸斗は不満気な声を上げたのだ。


「骸斗。チームっていうのは互いが互いの欠けた部分を埋め合って成り立っている。ユレは俺よりも治癒魔術が得意な、このチームには無くてはならない存在だ」

「それは分かってますけど、戦闘では役に立てないじゃないですか」


 そう。骸斗はそこまで馬鹿ではないのだ。ユレが治癒という点で尊敬する紺星よりも優れていることを理解していないわけではない。だが戦闘狂の骸斗としては実戦で役に立てないユレをどうしても認めることが出来ないのだ。


 紺星が説得しようとしても食い下がってくる骸斗の頭に、紺星は重い一撃を加えた。真面目な言い方をしたが、いわゆるチョップである。


「いったぁ……」

「馬鹿かお前?いいか、人生っていうのはな、生き残った奴が勝ちなんだよ。人間、たとえ失敗しても生きてさえいればやり直せる。再挑戦できるんだ。この仕事だと特にそのことを痛感させられる。その命を繋ぐために、勝つために……ユレはこのユスティーに絶対必要な存在なんだ。あんまりふざけた口きいてると……しばくぞ?」


 骸斗はその瞬間、紺星に今まで浴びせられたことの無いような殺気を向けられ鳥肌を立たせた。普段、躾として骸斗を叱っている紺星が今日ばかりは本気で怒ったようだ。


 仲間を大切にする紺星を知っている者からすれば当然の反応だが、ユスティーに入隊して日も浅い骸斗からすればとんでもない脅威だろう。


 だが紺星の言ったことは的を得ていて、骸斗はいつもの如くその説教内容に納得させられた。


 一方、会話を盗み聞いていたユレは紺星が自分のために殺気をむき出しにしてまで怒ってくれたことが嬉しかったようで、静かに破顔しながら治癒を続けていた。


「そもそもユレがいなくて一番困るのはお前なんだぞ?」


 更に言い募った紺星に今度は不満ではなく心底分からないといった感じで骸斗は首を傾げた。


「お前毎回犯人を瀕死にしてるけどよ、それで本当に死んだら事情聴取が出来ないだろ?ユレがいなくて毎度毎度犯人死なせてたら流石に俺もお前を庇いきれなくなる」

「というと?」

「ユスティー首になるかもしれないってことだ」

「!」


 紺星の口から発せられた言葉に骸斗は目を見開いた。だがよくよく考えてみればそれは当然のことで、いかに自分がユレという人間に救われてきたのかを、ここで骸斗は漸く理解したのだ。


「ユレ母さん……」

「なぁに?」

「いつも俺の尻拭いありがとう……です。今度からはなるべく気を付けると思う……です」

「ふふ……どぉいたしましてぇ」


 骸斗は治療中のユレに近づくと素直にいつもの礼を言った。ここが骸斗の良い所だとユスティー隊員は認識している。


 骸斗は確かに考えなしで問題児だがきちんと話して理解してくれれば素直に自分の間違いを認められるのだ。そこは骸斗の長所なのでユレは嬉しそうに破顔した。


 ユレにとっての可愛い子供は紺星と青花だが、骸斗は手のかかる子供という認識なのだ。その為骸斗のせいで仕事が増えているユレだが骸斗に対して怒りの感情を向けたことは無いのだ。



 この年の母の日、骸斗がユレに大量のカーネーションをプレゼントしたせいで、ユスティーの本拠地に足の踏み場が無くなってしまうという珍事件が起きた。そのせいでまたもや紺星からの説教を食らった骸斗の辞書にはやはり、〝自重〟という単語は載っていなかったようだ。




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