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怪奇教室  作者: 末比呂津
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 結局、断りきれずに受け取って教室に戻った。

席に腰を下ろしとりあえず何もせず、一旦これまでの経緯を思い返してみた。よくよく考えるとこれは色々とマズイのではないか?

 第一に、バラバラ死体が入っているバッグを側に置いたままで平気で授業を受けられるわけがないではないか。もしも誰かが中身を見れば、その人はどう思う? 和一は、もしかすると今の自分の気持ちは指名手配中の犯罪者の心境と同様かもしれない、と思った。

 なぜ葉子は自分に、バッグを持っていけなどと言ったのだろう。思いつくだけの理由をいくつか頭の中で列挙してみたが、どれも合点のゆく答えではない。

 どだい、彼女の心情を読み取ろうなど不可能だ。

 と、それはともかくとして、やはりここは早退した方が面倒が起こる心配もなくなるだろうと、例のバッグを右手に、自分のバッグを左手に抱えて教室を飛び出した。


「おい小谷野、どこへ行く?」


 階段を下りようとした所で、背後から誰かに呼び止められてビクッとした。


「あ、先生」


 声のした方を顧みると、和一から見て右側の廊下から、担任教師の杉浦がやってきた。

 杉浦典明。三十九歳、バツイチ。少し太り気味の体格の中年教師。性格は陰険で、あまり生徒に好かれるタイプではない。


「さてはお前、無断で早退する気だな?」


 つかつかと眼前まで迫りくる。


「ギクッ。い、やそんなことないスヨ?」

「ならどこへ行こうとしていたんだ? そんな大荷物抱えて」


 どうも自分は嘘をつくのが下手らしい、平静を装うとするが、逆にたどたどしい動きになってしまい胡乱な目で眺められる始末。


「ん? そっちの手に持ってるバッグはナンなんだ?」

「へ?」


 杉浦が指差したのは右手に持っているバッグ(死体が入っている方のバッグ)だった。


「学校のバッグじゃないな。何が入ってるんだ?」

「いやあ何も別に、つまらないもんですが」

「見せろ」

「や、あのそれはちょっと出来ないんで」

「なぜだ?」


 見せたらあんたが飛び上がるから。和一は胸の中でひとりごちた。


「まあいい。ともかくお前行く前にせめてHRには顔を出せよ」

「顔を出せばいいんですか・・・・・・?」

「そうだっつったろう。さ、教室に戻れ」

「はあ、そう言うのなら。ちょっと待ってくださいね」


 和一はやにわに左手のバッグを手放して、右手のバッグの中身を取り出した。


「はい顔です」


 そして杉浦の眼前に差し出した。おぞましい形相をした若い男の生首を。


「はっ! ぎゃああ嗚呼ァァァァァァアアアアああ!」


 杉浦はそれを凝視した後、叫声をあげながら一目散に逃げて行った。


「ふう、どうにか危機を免れたようだ」


 一人になった和一は、気を取り直して、首をバッグにしまい床に置いたバッグを拾って階段を下りた。




「よお小谷野」


 玄関を出る時、再び誰かから声をかけられた。


「どこへ行くんだよ。そんなにコソコソしてよ」


 振り向くと、廊下の曲がり角に立っていたのは、去年同じクラスだった峰岸という男子。両腕にはうず高く積み上げられた用紙を抱えていた。


「さてわお前、ソバタージュする気だな?」


  同じクラスだった頃には時々会話をする程度の仲だったが、友人と呼ぶ程でもない。


「は、ソバタージュ? サボタージュだろ?」

「そう、それだよそれ。お前サボる気だろ? この不良が! こうして俺がプリントを教室まで運んでるのによ。アリとキリギリスの話知ってっか?」

「委員長なら当然じゃん。それに一度くらい無断で帰ってもなんともないだろ」

「おい、待てよ」


 じゃあと言って踵を返し、立ち去ろうとする和一を呼び止める峰岸。


「なに?」

「帰る前にせめてこれを教室に運ぶのに手を貸せよ」

「手ぇ貸せばいいのね? 了解」


 そう言ってさっきと同じ動作をして、バッグから中身を取り出した。


「はい、あいにく左手しか無いけど」

「ギャァァアアあぁぁぁぁぁァァァァアア!」


 撃退に成功し、和一は再び歩き出した。


「しかし我ながら信じられない行動をするもんだな。もしかしてマコの言った通り俺は異常なのかもしれん」


 今更である。




「ふう、余計な時間を過ごしてしまった」


 歩く速度を緩め、一息つく和一。

 既に学校からは遠く離れ、じき家まで辿り着く頃合だった。

 この辺りは四六時中、非常に人通りが少ない道で、建ち並ぶ家屋も全体的に古臭い感じを帯びている。もうすぐこのバッグを拾った公園が見える筈だ。


「ここまで来ればもう邪魔はなくなるだろう」


 まさか警官に呼び止められはしまいかと一瞬考えた。

 この時間帯に学生がうろつくのは目立つし不自然である。が、まあ大丈夫だろうと自分に言い聞かせていると、


「おい、お前」


 ……二度ある事は三度あるというが、まさか三度とも背後から声をかけられようとは。


「あら?」


 振り返ると、声の主は全く意外な人物だった。

 マコと、その傍らに葉子が立っていた。


「やっぱり早退したんだな。そろそろ来る頃だと思ったよ」


 腕を組み、したり顔でマコが言った。

 予想通りと言いたげな様子だが、あの時の葉子の発言から、どの様な結果に至るかを読み取るのはそう難しい事ではない。


「で、どうする? お前も一緒に来るか?」


 これは意想外な質問だった。普段のマコなら煙たがってはやく家に帰るよう催促するところなのに。

 とはいえ今は一人で家に居るより彼女達のやることに興味がある。

 和一は頷いた。


「なあ葉子、いいよな? そのほうが安全だろ?」

「好きにしろ。いざとなれば囮として使えるし、盾にもなる」

「え?」

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