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「世の中には、人間の知恵では及びもつかない未知の世界がある。と、昨日お前が言ってたな。お前の言った通りだ。それもアマゾンとかヒマラヤ山脈とかましてやマリアナ海溝なんかではなく、ごく身近に存在する。そういうヤツを世間じゃ幽霊あるいは妖怪とよんでいるよな。その未知の世界のモノは、時に特異な体質を持った生きた人間を媒体にしてこちらの世界に姿を現すことがあって、そのホトンドが醜悪な外見をしていて人間に悪意を持っているんだ。そいつらから一般人を守るのが俺達の役目ってわけだ」
「守るって、昨日のあれは一方的にいたぶってたような……」
和一は首を傾げた。
昨夜、和一はことが済んだ後、からになった浴槽を呆然と見つめていた。その間に葉子は立ち去ってしまったらしく、気付いたらもぬけの殻だった。
翌日、学校に行ってあらためてたずねることにして、現在に至る訳だが、今、部屋には葉子の姿が見えず、彼とマコの二人きりの状況にある。
「そうだろうな。それが葉子のやり方なんだよ」
マコは話を続ける。
「アレを見て嫌悪感を抱かない奴はいないと思うよ。オレでも未だに慣れねえのに、お前のがわりかし平常そうだな。ホントはな、昨日お前の家に行った時点で、霊の存在は感知していたんだ。お前らが寝静まった頃を見計らって気付かれないようにそっと始末しちまえばいいやって思ってたんだがな、運悪くあの女とオマエが鉢合わせしちまったんで、止むを得ず葉子が割って入った」
「なんであの女の人、俺の前に」
「どうやらお前にはその気があるらしいな」
「え、俺って年上に好かれるタイプなの?」
「なんでやねん。昨日俺が話してたろ。霊感のある奴の話」
和一は昨日、マコが話していた事を思い出す。
霊媒体質とは人間の突然変異である。本人の意思とは関係なく、悪霊、死霊その他大勢の魑魅魍魎を引き寄せる存在であると。
「俺が?」
「そう。自覚なかったのか? 今まで妙な現象に出くわした経験は?」
「いや、ない」
あるとしたらよほど幼かった頃でない限り、忘れる筈はない。
「ホントか? おかしいな。もしそれが本当ならよく今まで無事でいられたな。お前みたいな奴なら尚更ただじゃすまんと思うんだが」
「よくわかんないけど……」
和一は今、不思議な心境だった。念願だった霊との邂逅は唐突に訪れ、唐突に終わってしまった。
残酷な光景ならそれなりに耐性があると自負していたのだが、直にこの眼で見たものは、写真やイメージしたものとは比較にならなかった。果たして自分は喜べばいいのか、それとも恐怖を抱けば良いのだろうか。
他にも疑問がある。
「一体、お前達は何者なんだよ。どうして葉子さんは人の(人と呼べるかわからんけど)腕をあんな容易く握り潰せるんだ?」
初めて出会った時にも同様の質問をしたが、答えは得られなかった。が、マコは「はあ」と、観念したように溜め息を吐き、語り始める。
「仕方ねえな。教えてやるよ。と言っても、俺も全て把握してるわけじゃないんだけどな。俺もお前と同じで生まれた頃から不思議なちからが備わってたんだ。眼には見えないなにかの存在を察知することができて遠くにいるやつでも結構正確に居場所がわかった。数年前、俺はひょんなことから葉子と出会った。それで、まあ色々あって手を組むことにした。似たような力を持っているもの同士、なんか気が合う所があった気がしたんだな。俺が霊の居場所を特定し、葉子が退治するってわけ。それでいろんな場所を旅してる。葉子の事は……悪いが直接本人に訊いてくれ。わかってるのは異常なくらい身体能力が高くて、あと他にも催眠術みたいな力も持っている。そもそも俺はアイツにただ付き添ってるだけだしよ。俺がなにか質問してもほとんど答えてくれねえんだ。アイツは他人に自分の事を必要以上に語ろうとしない」
「何でこの学校にいるの?」
「俺らが拠点にする場所は大体、化物が集まってそうな場所でよ。この地域は、なぜか学校を中心として奴らを引き寄せやすいみたいなんだ」
「どうしてマコは葉子さんと一緒にいるんだ?」
「話せば長くなるし、話したくない」
結局、葉子の存在がますます得体の知れぬものになってゆくだけだった。
だが和一は、別段恐怖を覚える事も、これ以上彼女とかかわりたくないという気持ちも全くなかった。むしろより一層、好奇心を募らせる結果となった。