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怪奇教室  作者: 末比呂津
3/25

3

 マコを説得するのには大変骨が折れた。和一の説得にも耳を貸そうとせず、「冗談じゃねえ!」と喚いて終始拒み続けていたが、不意に葉子が横から「家の住所は?」と言ったのをきっかけに、その場は収まった。マコは露骨に不満な様子だったが、それ以上何も言わなかった。

 既に日は暮れかけていて、夕陽に染まった帰り道を三人で歩く。

 それにしてもまさかこの様な展開になるとは、背後にはふて腐れた顔のマコと、これまでほとんど石像のように動かなかった葉子が後から着いてきている。

 言い出しっぺの和一にとってもまったく信じられない光景で、未だに現実味を感じられずにいた。


「それにしてもオマエの嗜好はどうなってんだよ、漫画に出てくるオバケを実際に見てみたいなんて願望、フツーじゃありえんゾ」


 道すがら、マコが愚痴を吐く。


「なに言ってんだよ、ウチの叔父さんなんて四十代半ばなのに未だにスペシウム光線が出せるって信じてるんだぜ?」

「知るか」


 和一の家は十階建てのマンションの一室で、五つ上の姉と母親とで三人暮らししていた。父親はというと、数年前に勤め先の会社をクビになり、競馬やパチンコ等による多額の借金を作った挙句、離婚してから間もなくどこかへ蒸発したきり音沙汰なしである。

 部屋は九階にあった。3LDKで、一番狭い部屋が和一の部屋だ。彼はそこに二人を招き入れた。


「フゥン、オメー結構いいトコに住んでんじゃんかよ」


 マコが言った。

「別に俺が金出してる訳じゃないんだけどね」


 和一は二人に座布団を差し出した。マコは普通に受け取ったが、葉子はいつの間にやら机の側にある椅子に座を占めていた。しかも足まで組んで。

 和一は何か言おうかと思ったが、話を急ぎたい為に無視する事にした。

 幸い、母と姉はまだ帰宅していなかったが、いつ帰ってきてもおかしくない時間帯だ。もしこの二人と鉢合わせでもしたら色々と面倒なので、和一はなるべく早く事を終わらせようと心がけた。


「で、その、幽霊の事なんだけど」

「まずどんな奴なのか説明しろ」


 和一から受け取った座布団の上であぐらをかくマコ。


「ああ、以前この部屋で自殺した一人暮らしのOLが霊になって夜中に出てくるんだって」

「お前はそれを見たのか?」

「うん。朧気だけど、親と姉はもっとはっきり見たって言ってる」

「自殺の原因は?」

「確かな情報じゃないけど、なんでも職場でいじめられていて、それで耐えかねて自殺したって話」

「ふむ、まあありがちだな」


 最初にこの話を聞いた時、和一はいたくそれに興味をそそられた。詳しい情報を得ようと色々聞きまわったが、周囲の住人達も、あまり多くは語りたがらず、自殺した女性がどの様な人物であったのかほとんど情報はなかった。どうやらこの女は周囲との交流を避けていたようである。

 年齢は二十代前半で長い黒髪。どこか暗い雰囲気まとっていたが、こちらが挨拶をすると、素直に愛想の良い返事をしてくれたという。製薬会社に勤めていたとか病気の母がいるといった噂もあったが信憑性は薄い。

 血縁関係、交友関係、勤め先、その他一切不明だった。


「ところで死因は? どの部屋で自殺したんだ?」


 引き続きマコが質問をする。


「ああ、それなら知ってる。親が聞いたのを教えてくれた。えっと確か……」


 ……ここまでで、和一の思考は停止した。答える一瞬間まで、頭にそれを思い描いていたのに、忽然と消え去ってしまった。

 何故にこのタイミングで、このことを忘れたことなど、ほんの一時たりともなかったというのに。あまり真剣に悩んでいると、マコが怪訝そうな表情でこう尋ねる。


「おい、どうした?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 焦燥感に駆られ、必死に思い出そうと務めるも、どうしてだか記憶のそこの部分だけが黒いベールのようなものに覆われているようで、思い出そうにもままならない。仕方がないので、一般的な自殺の仕方を列挙して、その中から思い当たるものを探し出そうと試みた。


(確か台所で首を吊ったんだっけか。こう眼をカッと剥き出しにして……いや、なんか違うか。ドアノブにベルトをかけて首絞めた……これも違う。毒を飲んだんだ。それで大量に血を吐いて……そういえば引っ越した時、一部の壁と床が、真新しかったのが不思議に思った記憶がある……でもこれも違う。投身自殺? 俺らが居るこの部屋で? あそこにある窓からシュワット?)


 色々な自殺方法を挙げてみたが、どれもしっくりこない。結局、返事はこのようになった。


「ゴメン忘れた」


 我ながら間抜けな声を出したと思う。案の定、マコの怒りに触れたようだ。額に青筋を浮かび上がらせて、全身をわなわなと震わせている。


「てめえ……、まさか最初からウソだったんじゃねえだろうな? 俺らを家に連れ込んで変なコトしようって魂胆なんだろ!」

「お前、ガキのクセにませた事考えるのな」

「何だとこの野郎!」


 マコの叫び声と同時に、立ち上がった人物が一人。


「よ、葉子……?」


 マコの問いかけも歯牙にもかけず、彼女は静かに部屋の入り口へと歩み寄る。そしてドアの前まで来て立ち止まると、不意にマコの方を顧みてこう言った。


「帰るぞ」

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