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怪奇教室  作者: 末比呂津
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 一ヶ月前、和一はこの教室でマコと葉子に出会った。

 なぜこんな所に二人で居るのか、二人は何者なのか、ここで何をしているのかなどと、無遠慮に色々な質問をしたが、葉子はもとよりマコもなにも答えようとしなかった。

 その代わりマコは、明らかに和一を忌避していて、影に日向に追い返そうとしていた。和一は、しかしめげずに質問を繰り返す。しばらくそんなやり取りがあって、話題が心霊現象に関わるものになった途端、いきなり二人の態度が変わった。それまで口を利かなかった葉子が、堅く閉ざしていた唇を動かし始めた。


「幽霊というモノはな、見ようと思って見えるモノでなく、見たくなくても見えてしまうものなんだ」


 抑揚のない口調でそれだけ言うと、何事も無かったかのように、そっぽを向いて黙り込んだ。その後も葉子の代わりにマコが色々としゃべっていたが、とうとう彼女が喋ったのはそれっきりになった。

 翌日も翌々日も和一は、ここを訪れた。最初は追い返されると思ったが、意外にもマコは初対面の時より気持ち態度に剣呑さがなくなり、和一を嫌っている気持ちは少なからず感じられたが、質問には答えてくれた。

 どうした風の吹き回しかと怪訝に思った和一は、その事を尋ねると、彼にこの教室を見られた事を他言して欲しくないからだという、口止め料のようなものだ。和一は、少々合点の行かない所はあったものの、あまり気にしなかった。


「で?」


 しばらく和一が沈黙していたせいで、業を煮やしたマコがイラついた表情で訊いた。


「他に質問は?」

「え? ……っと」


 和一は、ハッと我に返り、


「じゃあ世間に流布してる怪談はほとんど嘘ってワケ?」

「あのな、迷信深い奴ならほんのちょっとでも不思議なことが起こればすぐ心霊現象だの騒ぎ立てるだろ。そうして根も葉も無い噂が広まっちまうんだ。口裂け女やツチノコだってそうだろう」


 マコは、和一の質問に対して、ぞんざいな態度でだが、必ず返答をしてくれた。初めて会った時にはあれほど嫌悪感を露わにして、和一を追い出そうとしていたにも拘らず、現在はそれも鳴りを潜めている。

 ここまで態度が軟化したのは、恐らくこうして和一を満足させておけば、いずれ飽きて来なくなるだろうという心積もりなのだろう。

 当の和一は帰る気など一片もないようだが。


「ふぅん。もしそれが本当ならさ、その体験談の中にはどのくらい本物の霊がいるのかね?」

「限りなくゼロに近いだろうな。いや、寧ろゼロだと言っても過言じゃあない。オマエが会いたがってるような化物に限って言えば尚更な」

「そう……」


 そこで和一は再び沈黙した。マコは霊に対して否定的な意見を持っており、毎回、和一を興醒めさせていた。

 実はこれこそがマコの狙いなのだ。こうしてわざと彼を幻滅させる事で、彼の興味を失くそうとしていた。

果たしてマコの目論み通り、流石の和一も意気消沈して、黙り込んでしまう。彼は言葉に窮していた。それは夢が叶いそうになって興奮していたのに突然、冷や水を浴びせられたような虚しさに近い。

 どのくらい沈黙が続いただろう。和一の感覚では数分は経ったように感じられたが、その実一分も経過していなかった。ずっとこの質問がしたくてたまらず、うずうずしていた。もし最後の希望を打ち砕く言葉が帰ってきたらと思うと、とても言い出せなかったのだが。


「じゃあ幽霊は存在しないの?」

「…………」


 答えない。


「あの」

「知らんな」


 にべもない。

 とぼけた言い方や、目線を逸らす仕草から察するに、とても真実の言葉とは思えない。何かを隠している、と思った和一は追及を試みた。


「昔から伝わる怪談だって、確かに根も葉も無い噂や、勘違いで伝わったニセモノがほとんどかもしれないけど、でもその中に必ず本物があると思うんだ。世の中には、科学なんかでは解明できない未知の世界がある。しかもそれはアマゾンとか、ヒマラヤ山脈とかじゃなくて、もっと身近な場所に隠れていると思うんだ。って、俺は感じる……」


 和一とて、ほんの僅かも恐怖を感じないわけでは決してない。

 だが、その世界には何かしら理性だけでは抗し得ない魅力があった。怖いもの見たさというか、強迫観念に近い。


「……お前、相当変わってるな」


 溜め息混じりに言いつつも、それは呆れるどころか、むしろ感心しているようにも聞こえる口調だった。


「だが諦めろ。よしんば幽霊、妖怪が本当に居たとしても、どこにでも居るような中学生のお前に、どうやってそれを見つけられるんだ?」

「それはあれだよ。昔、なんかの本で読んだ事があるんだけど、降霊術って別の世界のモノをこちらの世界に呼び寄せる儀式みたいなのがあるって。バケモンじゃなくて幽霊をさ」

「違う」


 答えたのはマコではない。

 和一もマコも、その人物に視線が釘付けになった。声の主は葉子だった。


「強い霊媒体質を持つ人間でなければ、霊を呼び出すことはできない。逆にそういった人間は本人の意思を無視して奴等を呼び寄せてしまうことがある」


 葉子の声を聞くのはいつ以来だろう。思わぬ出来事に我にもなく、当惑して声が出せなくなってしまう和一。数秒かけて漸く言葉らしい言葉が出てきたようで、


「そういう人間っていうのは――」

「おい葉子!」


 言い終わらぬ内にマコが「良いのかョ? こんな奴に言っても」と、横から口を出す。


「言わなくても、こいつはいずれお前の口から聞き出すまで居座り続けるぞ?」

「ウ!」


 反駁出来ないマコ。この二人の関係は未だに良くわからないのだが、マコは葉子に対して、逆らえないらしい。


「なあ」


 邪魔者が黙ったところで、気を取り直して和一は再び葉子に水を向けてみる。


「その、霊媒体質の人間っていうのはどういう人なの?」

「人間の突然変異ってヤツだよ。極めて霊感が強くて時に不思議な力を持つことがある」


 答えたのはマコである。


「あの、俺はこっちに質問を」

「黙ってきけ」


 その語勢といい目付きといい、真剣な意志をあらわしている。葉子の方に視線を向けると、元通り本に視線を戻しており、もうこれ以上喋る気配はない。あとはマコに任せたぞと言わんばかりだった。


「いいか、そいつは悪霊、死霊その他大勢の魑魅魍魎を引き寄せる。が、それは本人の希望とは関係ないんだ。悪い霊を呼び寄せちまったら周囲の人間まで危害が及ぶし、得するような事なんて一つもないんだぞ」

「なるほど、不便ね……」


 口ではさも納得したような言い方をして誤魔化しているが、その実、和一は殆ど理解できていなかった。

 と、にわかに一つの提案が浮かび、他の考えをたちまち消し去ってしまう。


「なあ」


 先刻マコに黙って聞け、と言われたばかりで、まだ彼女が説明しているのにもかまわず無遠慮に口を挟む和一。

「あん?」


 予想以上に剣呑そうな返事。


「もし、自分の近くに霊がいたら、お前はわかるのか?」

「それは……」


 マコはしばらく逡巡して、葉子の方を振り返る。目線でなにかやり取りしているようだ。やがて観念した面持ちでこちらに向き直って言った。


「わかる、と思う。けどなぜそんな事を訊く?」


 これはほとんど無意識に発した質問である。したがって本人にも理由は皆目分からない。慌てて理由を考える和一。


「エート、そ、そうだ。実は幽霊が出るって噂の心霊スポットがあるんだけど、実際にいるかどうか調べてくれないかなー? って」


 言ってから和一は、マコ達が初めて出会ってから一度も、この教室から出た記憶が無いのを思い出した。


「それもただの見間違いじゃねえのか?」

「いや、そんなことをはない。ちゃんとした証言があるんだから」

「フーン。まあ、気が向いたらな。やってやらんでもねえが」


 だから返答を聞いた時は意表をつかれた。意外だったが、和一は素直に嬉しかった。


「ほ、本当に? いつ?」

「だから気が向いたらな。必ずやるとは言ってねえ」

「どっちにせよ助かるよ」

「助かる? ところで、場所は」

「俺の家」

「は?」

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