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怪奇教室  作者: 末比呂津
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 今から一ヶ月前、小谷野和一こやのかずいちはある日、自分の通う中学校で奇妙な人物に出会った。

元来、友達を作って一緒に話したりする事をあまり好かない自由気ままな性根ゆえ、その日の休み時間も誰とも話さず一人で校舎の中をこれといってあてもなくブラブラと散歩していた。

 と、とある教室の前まで来た時、何かに惹かれでもしたみたいに、やおら立ち止まって、そちらの方に視線を転じた。

 なぜ、彼がその教室の前で立ち止まったか、本人にもわからない。

 そこは一年生と二年生の教室を隔てた所にあるのだが、普段は全く使われておらず、和一も扉が開いているのを見たことがなかった。

 だが今そこを通った際には、なぜか後ろの扉だけがほんのわずかだが開いていたのだ。窓には黒いカーテンが引いてあり、中の様子をうかがうことはできない。

 実はこの教室、様々な曰くあり気な噂があった。幽霊が出るなどは、その最たる例である。


「?」


 和一は扉を見つめた。それも熱烈な好奇心のこもった眼で。


「変だな、誰が開けたんだろ?」


 呟くより早く、半ば無意識のうちに足が扉の方へ進んでいた。

 彼が集団行動を苦手とする要因の一つで、異常なまでの好奇心の強さがある。それも、普通なら誰も関心を抱かないような事柄で、反面、関心のないものにはまるで見向きもせず、しばしば周囲を辟易させている。

 この時の彼も、まるで忘我状態にでもあるみたいに、いささかの警戒もせず、こともなげに中へと足を踏み入れた。入り口で立ち止まると、早速、好奇に満ち溢れた目を周囲にめぐらせる――


 和一の趣味はいわゆる怪談、奇談の類だった。とりわけ猟奇的な傾向のある話に魅了された。

 和一がこのような嗜好を持つようになったのは幼少の頃で、別にそういうものを見て性的興奮を覚えるわけではないのだが、不思議と魅かれるなにかがあった。

 彼はそういった悪霊が実際にいるのではないかと思っていた。世の中にはそういった科学では解明できないなにかが実在するに違いない。そう思っていたが、周囲の反応は冷たいものだった。

 和一の周りに共感してくれる人はおらず、ずっと孤独なままだった。

 それでも和一の信念は揺るがなかった。




「それでさ、一般的に霊を信じない人のほうが多いと思うんだけどなんでだと思う?」

「そりゃそうさ。実際に見たやつより見てない奴の方が圧倒的に多いんだし。心霊現象なんてほとんどが作り話か、霊だと思ったけど本当はただの勘違いでしたってオチだしな」

「お前に訊いてるんじゃないんだけどな」


 和一は質問をした対象の人物とは別の人間が返答したことに不満を洩らす。


「あぁ! 何様だオマエ。俺じゃダメだってのか?」


 なるべく穏便に言ったつもりだったが、癇に触ったらしい。相手は憤然として和一に怒りをぶつける。その人物は、狐色の長い髪をツインテールにしている十歳くらいの可愛らしい少女だった。名前はマコ。

 彼らの居る場所は、一ヶ月前に和一が足を踏み入れた開かずの教室だった。両側の窓には、どちらにも黒いカーテンが閉め切ってあり、外側から覗ける隙間は皆無だった。

 室内のど真ん中にだけ、勉強机と椅子が一つずつ置かれてある。その近くにも椅子が一脚置かれてあるが、これは初めからあった物ではなく、和一が勝手に持ち込んだものである。

 他は普通の教室と大差ないが、それらが独特の幽寂感を醸し出しており、まるでたった一人の生徒の為に誂えた教室で、他の生徒達にはその事を秘密にしているかのような印象を与えた。

 マコはど真ん中に据えられた机の上に胡坐をかいて座り、物凄い剣幕で和一を罵倒し始めた。


「人が教えてやってるのになんだオマエ、その態度は。クズだな。いやクズとゲスとカスを足して三で割ったようなクソ野郎だよ」

「まー酷い言い草だこと」

「本当の事じゃねえか! 一ヶ月前、トウトツに不法侵入してきたと思ったら勝手に腰据えるんだもんな。図々しい事この上ないっての!」

「別にいいじゃん。こんなトコで一人で居ても退屈なだけだろうし。なあ、あんたもそう思うだろう?」


 そう言って話しかけた相手は、マコの真後ろでパイプ椅子に座っている。先程の質問を、彼が本当にした人物。二人が大声で言い争ってるにもかかわらず、無言で本を読んでいる少女だった。


「…………」

「はぁ……」


 やれやれ。和一は溜め息を漏らした。彼女と知り合って一ヶ月。こうして休み時間の合間に会いにゆけるようになっただけでも奇跡的なのだが、それだけでは彼の本当の望みには程遠かった。彼女の言葉が聞きたかった。

 同じ台詞でも、この小うるさい小娘よりも、彼女の言葉は和一にとって途轍もなく貴重な価値があった。だが彼女は一貫して寡黙で、和一の質問にも殆ど答えずマコが代弁して答えていた。

 和一を魅了するのは言葉だけではない。容姿から仕草まで、全てが彼の好奇心を掻き立てた。百四十センチもない小柄で華奢な体躯。美人と言ええなくもない容姿だが、ひどく不気味な美貌で、血が通っていないのではないかと思ってしまうほど白い肌。切れ長の目は寒気を覚えるほど虚ろだ。ショートカットの黒髪は、手入れがされておらず、大いに振り乱れている。十何本もの髪の毛がまるで生き物のようにクネクネして、頬や口元に張り付いて一層不気味さを増している。

 服装は和一の学校の夏服だったが、スカートの下には黒いスパッツを穿いている。そして、最も注目する部分は、硝子細工のように繊細な手。ほとんど骨と皮だけのような細さで、それでも、十本の指がバラバラに動く様は、非常に生き生きとしている。

 それら一つ一つの特徴と、どこか超然とした態度が、和一の好奇心に火をつけたのだった。少女の名前は葉子ようこ

 この時和一は、これから数ヶ月間、彼女たちと共に普通の人なら発狂しかねないほど恐ろしい日常を過ごすことになるとは予想だにしていなかった。

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