01話 惑う少年、惑い終わった少女
第4章、無事……かどうかはわかりませんが、スタートです。
この章は比較的本編が短くなる事が予想されます(フラグ)。私もあまり投稿日が空かないよう努力します!
ルルナが邸宅から出て行ってから早1時間。本来ならば俺は彼女を追い掛けるべきなのだろう。けれど、彼女の絞り出すような声と、悲痛そうな表情を見てしまった俺にはそれがどうしても出来なかった。
だからといって、俺はやるべき事を見出せた訳でもなかった。俺は彼女を確かに守ったのに、それが必要でなかった筈はないのに、それを拒絶されるなんてまるで理解出来なかったから。
未だ部屋に残る冷気が俺を突き刺し蝕み続ける。
「はぁ……」
何度目……否、何十回目かの溜め息を吐き、俺は机に突っ伏した。そんな中、控えめな足音が俺の側から発せられた。
俺はおずおずと首を持ち上げ、足音のなった方向に目を遣った。
「ごしゅじんさま……?」
「ああ、ソラか。どうかしたの?」
わざとらしく声を明るくしてみるが、気分はどんよりとしたまま晴れない。そしてそれは又、ソラにも通じなかったようだ。
「るるなちゃんがいないよね?けんか、したの……?」
何かを察しているのか、それとも……。俺は彼女に先刻の出来事を話した。
「ごしゅじんさま、るるなちゃんの気持ち、わかんないの?」
「……分からない」
「ごしゅじんさまの、ばか。だってごしゅじんさまも、るるなちゃんにけが、かたがわりされた時、つらかったでしょ……?」
「……っ!」
ソラもある程度状況は聞いていたのだろう。確かに、その通りではある。だけど……。
「だけど!あの状況で助けないだなんて、出来る筈ないだろ……!」
「うん。でも、さっきのは、きちんとじぶんのいけんをつたえなかったごしゅじんさまがわるいと思う」
「さっきのって……聞いてたの……?」
「……わかんない」
けれど、今の俺はその言葉に突っ込む事すら出来なかった。
「でも、どうしたら……」
「むぅ……それは、自分で考えるべきなのっ」
ぷくっと頰を膨らませた幼いスライムの女の子は、きっと俺よりも“人としての感情”を知っているのだろう。それを分かっても尚、俺にはルルナの感情を理解する事は出来ず、それがまたどうにも歯痒かった。
「ねぇ〜ルルナ知らなぁ〜いぃ?」
「もう、くるるちゃん!」
「えっ、ボク何か悪い事したっ?……あぁ、そーゆー事ねぇ!大丈夫、ボクが相談に乗ってあげるからぁ!新しい女の子でも何でも見つけてあげるからぁ!」
「「…………」」
俺達の沈黙により一度目を点にしたクルルだったが、癇癪を起こした子供のように叫んだ。
「んもう、分かったってばぁ!!ボクが悪かったですってぇ!!ところで何でルルナはいなくなっちゃったのさぁっ!!」
それを聞いたソラは小さく溜め息を吐き、クルルに事の顛末を話した。
「ん〜それはボクもヒロミが悪いと思うよぉ?ボクだって戦場じゃあ何にも出来ないけど、そんな時にみんなが戦って傷ついてるのを見たら、心苦しくなるもんっ!」
「だからって、誰かが傷つきそうな所を見て見ぬ振りをするだなんて、俺が辛いよ……」
「だぁかぁらぁっ!!それは良いんだけどぉっ!!その感情を伝えなかったヒロミが悪いのぉっ!!お互い様だって何で言わなかったのさぁっ!!」
いつもは呆れさせるばかりのクルルの言葉が、今は俺の心に染み込んでくる。
「でも……ルルナは俺の話を聞いてくれようとしなかった。俺は……拒絶されてたんだよ!!」
俺の言葉に答えたのはソラだった。
「ちがうよ?だってるるなちゃん、家事以外の時はずっとごしゅじんさまのとなりにいたもんっ!その間、ずっとかんびょうしたりなでなでしたりしてたし、一緒に寝てたもんっ!」
「そうだよぉっ!嫉妬しちゃうくらいラブラブだったんだからぁっ!だから、ルルナはヒロミを拒絶したんじゃなくて、傷付いて欲しくないからそーゆー態度を取ったんだよぉっ!!」
「傷付いて欲しく、ない、から……?」
「もう……くるるちゃんったら、自分で気づいてほしかったのに……」
傷付いて欲しくないから、敢えて厳しい態度を取った。そうやって、俺にルルナを遠ざけようとした……それが彼女の優しさである事に何の疑問があるだろうか。
「やっと……分かったよ。でも、それは俺が求める優しさじゃない。俺は彼女と……ルルナと一緒にいたいんだ!」
「むぅ……やっとわかってくれた」
「そうと決まれば早速ルルナを探しに行かなきゃねぇっ!」
「そう、だね。一緒に……探してくれるかな?」
「「もっちろんっ!」」
〜★〜★〜★〜
森の中を、ただひたすらに走ります。彼から……勇者様から、出来るだけ遠ざかりたかった。その距離が遠くなればなる程、勇者様が幸せになって下さるような感覚すらありました。
わたくしがいるから、彼が傷付くのです。だから彼が傷付かないように離れて、もう二度と会わない事が彼にとっても……わたくし自身にとっても、幸せな事なのです。その筈、なのに……。
下草を濡らし軌跡を残すこの涙は、何処から来るのでしょう……?
「あっ……」
突然何かにつまずき、大きく跳んでから地面に激突しました。
「いた……っ」
見ると、両の掌には擦り傷が出来、うっすらと血が滲んでいます。この程度の傷なんて、10日前の戦いの時の怪我に比べたら痛くも痒くもない筈なのに……ボロボロと零れ落ちる涙が傷に染みて、とても痛い。
わたくしはよろめくように立ち上がると、足を引き摺るかのようにのろのろと歩き出しました。
未だ止む事のない涙を手の甲で拭いながら、これからどうしたら良いのだろうと考えて……いえ、絶望していると、ふと近くに水の流れる音が聞こえてきました。
「川……」
わたくしは吸い寄せられるかのようにしてその方向へと向かいました。
「あ……」
唐突に林立していた木々が途絶え、眼前には開けた光景が目に広がりました。そこにはとても大きな川がありました。
徐ろに覗き込むと、透き通って綺麗な水が流れているのが分かりました。深さもそれなりにありそうです。
わたくしには、もう義務は無い。そして、あの方に笑いかけてもらう権利も無い。ならば……やるべき事は、もう1つしかありませんでした。
立ち上がり、誰かが見ている筈も無いのに周りを見渡して人気が無いのを確認すると、わたくしは川を見つめます。
さようなら、ピアナ様。……さようなら、勇者様。
(貴女は本当にそれで良いの?)
突然頭の中に幼い女の子の声が響きました。
「へ……」
(お前は、そうやって逃げる事しか出来ない意気地無しなのか?)
間髪入れずに響いて来たのは、低い男性の声。
「だ、誰ですか?……いえ、誰だって関係ありませんっ!わたくしは、苦手なんか……」
(絶対に死ぬなって、約束したじゃないか!)
「あっ……」
そして今響いた、これまた幼い男の子の声。でも……。何でだろう、わたくしはこの声を……知っている。でも……一体、誰なのでしょう。いえ、そんな悩みですらも、死んでしまえば……っ!
わたくしは、川へと身を踊らせました。
おーい!ルルナぁーっ!
ふと、勇者様がわたくしを呼ぶお声が聞こえた気がしました。けれど……。
そんな筈、ありませんよね。だって、あんな風に拒絶して、ずっと走って来たのですから。いくらお優しい勇者様だって、こんな事をしてしまったわたくしを許して下さる訳、ないですから。
でも……これが本当に勇者様の声だったら……うれしい……な……。
(ザッバアァァァン!!)
川は思ったより深くて冷たくて、そして流れが速い。これは……恐怖……?
けれど、わたくしがその答えに至る前に、川に潜んでいた死神がわたくしの意識を刈り取りました…………。
〜★〜★〜★〜
「クルル!ソラ!見つかった!?」
「ぜんぜぇん……」
「ソラも……」
「クッソ……こっち側にいると思ったんだけど……!」
出来たばっかりとみられる草のなぎ倒された跡を追って全速力で駆けてきたが、ここでその道も途絶えてしまった。
けれど行動を為さねば何も起こらない。俺は息切れと喉の渇きでどうにかなりそうな身体から掠れた声をなんとか絞り出す。
「ルルナぁっ!!返事を、してくれぇええっ!!」
俺はそう叫んだ途端、目眩により地面に突っ伏し、それをソラが支えた。
「ごしゅじんさま、むりしちゃだめ。あとはソラたちがさがすから、ごしゅじんさまは……」
「まだ、大丈夫だ。ルルナを見つけて、説得してから、俺達の家に帰る。それが出来るまで、俺は、絶対に帰らない!」
「……ヒロミがそこまで言うんなら、ボクも付き合うよぉっ!さあっ、立ち止まってないで行こぉっ!」
「むぅ……。今回だけ、だからね?」
「もうこんな事、二度とごめんだけどな」
「それもそうだけどねぇ?」
軽口を叩いて場の雰囲気を整えようとしたが、それでも心の暗雲は晴れない。
何処かで、もう手遅れなんじゃないか、と思っている自分がいる。やっぱり拒絶されたんじゃないか、と思う自分も。
このまま突き進んで、仮にその先にルルナとの再会があったとして……果たしてそれがお互いにとって良い事なのか、疑問を隠せない。
今のまま安易な道に逃げたくはない。迷う事はやめたくない。けれど、身勝手ながら彼女と一緒にいたいとも願っているのだ。
俺は心中に渦巻く様々な感情達を抑えつけ、再びルルナを探しに立ち上がった。
〜★〜★〜★〜
「ごしゅじんさま、もうかえったほうがいいと思うよ?」
「そうだよぉ!もうそろそろ日が暮れちゃうよぉ!」
「そんな事言ったって……そんな事言ったって!ここで諦めたらルルナはどんどん遠ざかっていくんだぞ!!諦める訳……諦められる訳ないだろ!!」
荒い息遣いを繰り返しながら俺は再び森の奥を探しに行こうとしたが、それをソラの言葉が遮った。
「……でも、日がくれたらソラたちはおうちに帰れないんだよ?るるなちゃんは、そんなのよろこばないと思うの」
その言葉は高ぶっていた俺の感情を僅かばかり冷静にした。
「そう……だよな。ごめん、八つ当たりなんかして。こんな事言っても、何にもならないよな。明日また探そう」
「そうだよそうだよぉっ!今日は早く寝て、明日早起きして探そぉっ!」
「……うん」
「……自分から言っておいて、どうしてそんな暗い返事なのさ?」
「だって……ごしゅじんさま、ふあんていだもん。こんなの……こんなの、ごしゅじんさまじゃないもん!」
「不安定……?それは、どういう……?」
「だって、ごしゅじんさまは……今まで、やるって決めた事はちゃんとさいごまでやってたもん!でも、今日は……いつもと、ちがうもん……っ!」
いつもと違って、不安定……。確かに俺は、ルルナが出て行ってからずっと迷っている。じゃあ、ルルナは……?いつも迷っていたとしたら……?
「……それは、違うと思う。本当は、ずっと迷っていなきゃいけなかったんだ。ルルナは、たぶんずっと迷ってたんだ!それを……俺は、勝手に決め付けて……っ!ああっ……!」
俺は思わず泣き崩れてしまった。やっとルルナの本当の気持ちを悟ったのだ。ルルナも1人の人間なのだ。けれど俺はその感情を、都合良く解釈していたに違いないのだ。そんな俺に、遂に迷う事を諦めて……っ!
「そう……かもねぇ。でも、もう今日は帰ろぉ?今再開するよりも、また明日、気持ちを整理してからの方が、きっと良いからさぁ……」
「たしかに、そうかも……。ソラにも、わかった気がする」
「……わか……った。……ありがとう……クルル……ソラ……」
クルルとソラはこくりと頷くと、その小さな身体で何とか俺を立ち上がらせ、小さく微笑んだ。その表情は、丁度陽の光が消え涙で霞んでいても、見てとる事が出来た。
帰って軽い夕食を作ってから食べた俺はそのままベッドに潜り込むと、すぐに深い眠りについた。
翌日、俺達は早期にルルナを発見する事が出来た。けれど、それは望んでいた再会ではなかった。
「な……っ!」
そこには、傷つきすっかり冷えきった少女が倒れていた。
……異世界生活80日目、始まったばかり。
ルルナさん……。




