03話 勇者の苦手なコト
「勇者様、今日の夜、お城でパーティーが御座います。それまでに、フォークダンスとエスコートを完璧に致しましょう」
「う、うん……」
俺が異世界に召喚された日から、1週間が経った。
要するに、俺は年頃の男としては緊張を免れない、美少女相手にフォークダンスとエスコートという凄く恥ずかしい練習を7日間やらされているのだ。
「……どうかなさいましたか?先ずは、わたくしをエスコートする練習から。さあ、二階の長廊下へ移動致しましょう」
そして……、
「歩幅が大き過ぎます。貴族の女性は丈の長いドレスを着ている事が殆どですし、それに周りからの視線を気にしますから、歩幅は小さく、また、ゆっくり歩くものです。女性に歩幅とスピードを合わせて、並んで歩くか、一歩リードして歩くようにしてください」
「え!?どっちにすればいいの!?」
「勇者様は頼りなさそうな見た目をなさっていますから……並んで歩いた方がよろしいかもしれません。むしろ、リードされると不安です」
「う、五月蝿い!」
「ほら、また大股で歩いています。そう顔をお赤くせずに、これでも浴びて頭を冷やされたら如何でしょうか?」
そう言って魔法で生み出した冷水をぶっかけてくるルルナ。
「あははぁー!ヒロミがずぶ濡れだぁー!おっもしろぉー!」
「こら、クルルさん。勇者様をおちょくらないでください」
「えぇー。ルルナがやったんじゃんー」
「関係ありません。勇者様に謝ってください」
「関係ないよねぇー、ヒロミっ!」
「いいや、どっちも謝るべきだ!」
全く、2人とも俺をおちょくる事しか考えてない。
とはいえ、俺の戦闘能力の無さじゃあ、叱ろうとしても、返り討ちに合うだけだろうし…物理的に。
最近はクルルの察知能力も上がっていて、捕まえる事はおろか、バレずに近付く事すら出来そうにない。
「兎に角、今は練習に集中致しましょう。パーティーは今日の夜はなのですよ?第一、エスコートはこのように時間を掛けてやるような事では御座いませんし」
「わ、分かったよ!」
…ふーんだ!俺が彼女無し歴18年だからって、女性をエスコートした事無かったからって、別に悔しくないもんね!ほんと、リア充爆死しろ!
……ダメだ、クルルとおんなじ事言ってるわ。
〜★〜★〜★〜
「少しは様になってきましたね。これならばパーティーに出ても差し支えは無いかと存じます」
「あ、有難う……」
「それでは、フォークダンスの練習の前にお昼ご飯に致しましょう。今日は勇者様にはダンスの練習を頑張って頂く為、料理はわたくしが1人で、腕によりをかけて作らせて頂きます。期待していてくださいね」
「う、うん……」
ああ、もう!何かルルナとの距離が掴みづらい!Sキャラの時は自然に接する事ができるのに、真面目メイドキャラの時はどうしても意識したしまうのだ。
……何で青春全うしなかったんだ、このガリ勉!異性とのコミュレベル1!
「……ねえ、ヒロミってさぁ、ルルナのこと……」
「ん?何て?」
「……やっぱ良いやぁ」
「え!?何さ?そう言われると余計気になるじゃん!」
「じゃあこの際だから言わせてもらおう……ボクだけ置いてリアってんじゃねえぇ!」
「え?リアってないけど……」
「リアってるじゃん!」
「いや、何処がさ」
「一緒にダンス踊ったりぃ!エスコートしたりされたりぃ!ウフフアハハで顔見合わせたりぃ!これが典型的リア充でないとしたら、一体何なのさぁ!」
「少なくとも、俺は彼女を恋愛対象としてみていないし、彼女は……言わずもがなだ」
「えぇ!?ルルナの事好きじゃないのぉ?何でぇ!?」
「そりゃあ、好きか嫌いかと言われたら好きだけど……俺みたいな冴えない奴が好きになっても、迷惑なだけでしょ?それに、俺はルルナよりも2歳年上なわけだし」
「まあ、確かにヒロミは冴えないよねぇ」
「そこは嘘でも良いから否定して欲しかった……」
「え、自覚症状があったから言ったんでしょぉ?」
う、五月蝿い!そんな事重々承知なんだい!
そんな俺達の馬鹿な会話を聞いていたのか否かは知らないが、相変わらずのポーカーフェイスでルルナがやってきた。
手には何やら彩の良さそうな料理が載せられた皿(普通サイズ1プラス超スモールサイズ1)を載せているようだ。
「勇者様、クルルさん、お昼ご飯に致しましょう。先ずは前菜、ローストビーフの野苺ソース和えで御座います」
「おお!スゴ!ていうか、クルル用の皿にまで、こんなに器用に盛り付けられるのか……!」
「でしょおぉー!」
「何でクルルが我が事のように言ってるんだ!?」
「まぁ、細かい事は気にしなぁーい!」
「クルルさん、その態度は若干癇に障ります。氷漬けにしても構いませんか?」
「構わなくないから、許してくださぁーい!」
「はいはい、クルルは調子に乗らない!ルルナはカッカしない!」
「ですが、この方はわたくしを不快にさせました。許されざる蛮行です」
「いや、だからといって氷漬けにするのは駄目、絶対!そっちの方が蛮行だと思うよ」
「では、両手を氷でくっつけて、食事が取れないようにしましょうか。アイシクル・リストレイント」
「えぇ!?」
はい、来ましたルルナ無双パターン。この中にルルナを止められる者はもういない。
あれ?
「そういえば、ルルナって氷の魔法しか使わないけど、他の魔法って使えるの?」
「そんな事はいいからぁ、解放してよぉ!」
「一応、わたくしは全属性魔法を使うことが出来ますが、わたくしは氷の魔法が一番好きなのです」
「無視するなぁ!」
「そりゃまた、どうして?」
「相手に一切の同情も無く、ただ冷徹に相手の息の根を止める……素敵な事だと思いませんか?」
「「怖すぎる!」」
「というわけで、最初の約束通り、次にわたくしを不快にさせたら、遥かな天へと続く長い階段を上がって頂く事になります。宜しいですね?」
「は、はいぃ!イゴ気を付けますぅ!」
「では、リリース」
すると、クルルの手首を覆っていた氷の手枷が消えた。
へえ、魔法を解除する事も出来るのか……。興味深いな……。
「こほん。では気を取り直して。このローストビーフはエルグランド王国産のグリズリーカウのシャトーブリアンと、最高級の赤ワインを使用しております。とても柔らかく、臭みも御座いません。野苺は、この邸宅の裏で採ったものです」
「おお……なんかよく分からないけど凄そう……!」
「いっただっきまぁーすぅ!」
「では、10分ほどしたらスープを持ってまいりますので」
「う、うん。有難う」
ルルナの本気の料理は、贔屓目なしに、世界一美味しいのではないかというレベルであった。
……まあ普段もすごく美味しいけど。
〜★〜★〜★〜
ルルナの料理に舌鼓を打った俺は今、ルルナにダンスを教わる為に邸宅の裏の庭に来ている。
「ここ5日の間、フォークダンスの練習をしておりますが、勇者様はあまり上達していないご様子ですね」
「う、うん……」
そう、俺はここ5日間練習を続けているにも関わらず、殆ど最初から変化が見られないのだ。
「何故か、お分かりですか?」
「そりゃあ分かるけれど」
何故なのか、それは俺が女子に対する免疫を持っていないからでは無い。……否、それもあるが、一番大きな理由、それはこの世界のフォークダンスがあまりにもゆっくり過ぎる、という事である!
何故ゆっくりだといけないのか、それは実際にやってみると分かる。そう、現代日本での最近一年間、運動といえば呼吸運動と日常生活における移動運動くらいしかしていなかった俺は、体幹がしっかりとしていない。故に、バランスを崩すのだ。
当然相手側のルルナはバランスを崩したりなどしない。だが、俺が転びそうになると、ルルナも引っ張ってしまう為、2人一緒に地面に倒れそうになってしまう。
「そこで、わたくしが勇者様にフォークダンスのコツを伝授いたします」
「そんなものがあるの!?」
「はい」
「何で言わなかったのさ!?」
「最初からコツを伝えてしまったら、勇者様は努力を少し疎かにしてしまうのでは無いですか?」
「むむむ……」
ぐうの音も出ない。だからと言って、本番その日にコツを教えようとする彼女もどうかとは思うけれど。
「……このダンスは、貴族社会の優雅さを表すので、とてもゆっくり、である事はご存知であるかと思います。ですから、勇者様も心を白鳥のように、軽く、優雅で、雑念の無い状態にしてみては如何でしょうか?」
「何それ難しい」
「そりゃぁヒロミだもん、無理に決まってんじゃんねぇー」
と、どこからかやってきたクルルがほざく。
「まぁボクはY・O・U・S・E・Iだから身も心も軽いもんねぇー」
「……それ以上勇者様を侮辱すると……」
「はぁーい、ごめんなさぁーい!いつもお優しくてお綺麗なルルナ女神様!」
「……そうやって煽てても許しませんと言いたいところですが、時間も押しているので不問と致しましょう」
「有り難き幸せぇ!」
とまあわざとらしい煽て文句を言ったクルルではあるが、ルルナの言う通り時間がない。俺も黙認することにしよう。
「兎に角勇者様、今わたくしが申し上げた要領でやってみて下さい」
「む、難しそうだけどやってみるよ……」
俺はさながら白鳥のように、優雅に、美しく舞うように意識する。
……お、これはなかなか行けそうだぞ。
そう思った俺には心にゆとりが出来たのだろうか、いつのまにか目の前にルルナの顔があることに気づく。……やばっ、やっぱりよく見ると可愛すぎ……。
気付いた時には、もう遅かった。俺は、バランスを崩し、倒れた。
「勇者様、大丈夫ですか?」
そう言いながら、ルルナのエプロンドレスの裾が、俺の顔付近まで近づいてくる。
その時、俺には見えてしまった!そして思わず呟いた。
「大人しい系ルルナも、下は水玉なのか……」
「ん……へ!?『我天ト理ニ従イ力ヲ行使スル。冷徹ナル氷ヨ、其ノ恥辱知ラズノ愚カナル罪人ニ正義ノ撤退を下セ』アイシクル・ギロチン!」
「ぐおっ!」
数秒の時間をかけて俺の発言の意味を悟ったらしいルルナは頰を紅潮させ、俺に手加減無し(?)の明らかにヤバそうな魔法を使ってくる。
「全く……淑女の下着を覗き見てその柄を言いふらすなど、貴方は本当に勇者なのですか?以後お気を付け下さい。フレイム」
未だ少し赤い頬のままルルナが唱えたのは…え、リリースじゃないの!?
「アチチチチチ!!」
「どうやら強すぎたようですね。ヘビーレイン」
(ザバァァァァァァァアアア…)
「……ごめんなさい、俺が悪かったです」
「分かって頂ければ構いません」
「……怒ってますよね?」
「いいえ、そんな事はありませんけれど?」
「やっぱ怒ってるよね!?」
確かに俺にも非はあるが、見たくて見たわけではないし、流石にこの仕打ちはないだろう…、ってか絶対確信犯でしょ!?
流石にボロボロの俺を見て何か言う気は起きないのか、鬼メイドに叱られたくないのか、どちらにせよ妖精さんが何も言ってこないのは不幸中の幸いだろうか?また罵られたら俺のメンタルは崩壊するな。
「折角の勇者様の服がボロボロですね……折角ですし、今日のパーティー用の服でもお召しになられますか?」
「誰の所為だよ!?」
「それは他でもない勇者様ご自身の責任で御座います。無回答は肯定と受け取ってもよろしいでしょうか?」
「まぁ、このままってのも気持ち悪いしな……」
「……お手伝い致します」
「!?……いやいやいや、流石に自分で着れるし。第一今までも……」
「果たして勇者様はこちらの正装を1人でお召しになる事が出来るのでしょうか?」
「それは見てみないと分からない」
「その服の在処もわたくししか存じません故、取り敢えずご同行願います」
「……返しようがない」
因みに、その服はベルトの結び方が異様に難しく、結局ルルナに着付けられることとなってしまった。
尚ルルナの名誉を守る為に彼女自身の言葉を言わしてもらおう。……「これもメイドの仕事ですから」。
まあそれでもクルルは騒いでいたが。
〜★〜★〜★〜
一応ルルナの助言のおかげで、踊りは何とか人様に見せられる形になった。あとはパーティーに行くだけである。まあルルナ曰く、「パーティーとは言いますが、多くの貴族に対する勇者お披露目会ですね」という事だったので、少し緊張はするけれど。
この時、勇者は未だ知らない。このパーティーに参加する事により、彼が混沌の渦中に陥っていく事を……。
……異世界生活8日目、未だ終わらず。
何だか不穏な文章がつきましたが、気にしないで行きましょう(笑)