02話 ピクシーの悪戯
前日に続き、本日も投稿させて頂きます。
読んでいただけると幸いです。
「…さま、勇者様。起床なさって下さい。もう4時半ですよ」
「ん…んん…ふわぁあ…あれ?まだ外真っ暗じゃない?」
「当然です。まだ4時半ですから」
「え?5時って言ってなかったっけ?」
「勇者様が予想以上にお馬鹿さんであったり、不器用である可能性を失念しておりました故。例えそうだったとしても良いように、という保険です」
「舐めてるのかな!?」
「何か問題でも?」
「あるわ!」
寝起きから怒涛の毒舌、昨日と変わらないな。俺の内心での渾名は、既に毒舌メイドとなっている。まだ2日目だけどね。
「では朝練といきましょう。今から上体起こし500回、腕立て伏せ300回です。頑張って下さい」
「やめてくれ!ちょっとずつ増やす、でも良いだろ!」
「いつ魔王が復活するかはわかりません。もしも、今この瞬間に魔王が復活したらどうなさるのですか?」
「ルルナに任せる」
「…へぇ…勇者様はか弱い乙女に戦場を任せて、自分は逃げるような外道だったのですか…。わたくしはそれでも構いませんよ。わたくしもすぐに逃げますから。汚名は全て勇者様が背負われる事になるのでしょ…」
「もういいよ!分かったやるよ!」
「流石は勇者様です」
ったく、ホンっトにこのメイドは人を食って掛かるんだから。
「ホント、何処がか弱いんだか…」
と、思わず小声で口に出してしまう俺。
「…何か、言いましたか…?」
「いえ何も!」
「下手な嘘というものは、余計に相手の神経を逆撫でするものなのですよ。『我天ト理ニ従イ妖ナル力ヲ行使スル。冷徹ナル氷ヨ、彼ノ者ヲ死ナナイ程度ニ痛メツケヨ』…アイシクル・ウィップ」
「グフッ!」
結局俺が目を覚ましたのは、正午過ぎだった。
〜★〜★〜★〜
「先程は失礼致しました。苛ついたので、つい」
「ホント…ルルナって感情的になりやすいよね」
「ピアナ様にもよく言われました」
…うわ、ルルナって王女様にもこんなことしていたのか…正直引くわぁ…。
「ゴホン。ピアナ様には流石にこのような事はしておりません。ただ、遠回しな嫌がらせを…」
「してんじゃん!」
「うう…弁解のしようが御座いません…」
あのポーカーフェイスのルルナが初めての困り顔を見せたぞ。
「…今、何か失礼な事を考えましたね」
「ごめんなさーい!」
俺はルルナの怒りオーラが見えたら、すぐに逃げ出す事が出来る、という能力を手に入れたようだ。嬉しいのか悲しいのか…。
〜★〜★〜★〜
ルルナに調理を教わり、その後昼食をとった俺たちは、邸宅の裏側の森の中にいた。
「勇者様は魔法を使う事が出来ません。それに、この世界にいらっしゃってからまだ1日。伝承によると勇者様の世界には魔法はないそうですから、魔力を感じる事が出来ません。合っていますか?」
「うん、そうだね」
「そこで、です。一刻も早く魔力を感じていただく為に、わたくしの魔法を受け続けていただこうと思います」
「ゲ!?」
「案ずる事は何一つ御座いません。火力の調整は致しますから」
「ホントに優しめにしてくれるよね!?死なないよね!?」
「わたくしは『調整する』と言っただけで、優しくするとは一言も申し上げておりません。死ぬか死なないかは、勇者様次第です」
「心配事しかない!」
「勇者様はそのような事で亡くなられるようなヤワなお方ではありません…恐らく」
「やめてくれないかな!?心配になるから!」
「それだけ命の大切さを実感していただければ結構です。今から放つ魔法は、初等魔法に、より多くの魔力を練ったものです。当たっても死にはしないので、なるべく目を凝らして、魔法を構成しているものを感じてください。それではいきます」
ルルナの手から、氷の針が飛んでくる。
当たっても死なないとは言われたが、少なくとも大怪我をする気がする!という事で俺は走って逃げる!
ん?あれ!?
「いったぁぁぁぁぁああい!!」
「逃げずに、と申し上げましたよね?とはいえ、勇者様なら逃げるだろうと思い、追加で魔法を放つ準備をさせて頂きました。尚、魔法は今のように無詠唱でも使う事が出来ます。消費魔力の多さと威力の弱さで、あまり使う事はありませんが」
「それなら事前に言っておいてよ!」
「朝から勇者様の弱さに嫌気がさしたので、虐めたくなりまして…」
「それどういう因果!?」
このメイド、ホントにメイドやる気あるのかな?
…いや、メイドとしての役割はちゃんと果たしてくれているけれど。
〜★〜★〜★〜
ルルナの攻撃を受け続ける事2時間…。
そこにはボロボロになった少年と、棒立ち無表情の少女がいた。
「おかしいですね…。普通はこれだけの攻撃を受けたならば、感覚として少しくらいなら魔力を感じる事が出来る筈なのですが…。まあ構いません。流石に勇者様でも、1週間あれば感覚を掴めるでしょう」
「ゲ!?」
ホント、もう勘弁してくれよ…。
(ガサッ!)
「ん?」
何か、ルルナの後ろ辺りの茂みが動いた気がしたんだが…。
お、茂みから何か出てきた。何だあれは…妖精…?体長は10センチくらい、人型で、翼が4枚生えていて、飛んでいる。妖精で間違いなさそうだ。
すると、妖精は懐から小さな木の枝を取り出し、ルルナの首辺りに接近した。そして、刺す構えをする。
…妖精は悪戯好き、とか、童話で聞いた事があるし、ルルナに悪戯しようと試みている事に間違いはなさそう。
そして妖精は俺に気がついていない。これは俺が止めるべきでは?
ええっと…確か俺は採集の技能を持っていたから…あれ?頭の中に声が…。
(ヘルプ・採集技能:採集及び狩りの精密度向上、採集及び狩りで得たものの品質向上)
お、これならいけそう。
そろりそろりとバレないように妖精に近づき、ジャンプして届く射程内に、妖精が入った。
…3、2、1、今だ!
(パシッ!)
「……」
「……」
…空気が重い。何故か?…其れは、俺が妖精を掴んだ手を、ルルナが掴んだからだ。
「勇者様、よくお気づきになられましたね」
「う、うん…」
「ですが、乙女に対して、脅威をここまで近づけた事は頂けないですね…。そのようなご様子では、この先勇者などやっていけませんよ?」
「えっ!?」
「…冗談で御座います。止めて頂き、ありがとう御座いました」
そう言ったルルナは、クスリと笑った。
ルルナが俺の前で笑って笑ったのは、初めてのことだ。そう思うと、何故だか可笑しくなってしまった。
「クスッ。アハハハハハ…」
「うふふっ。何故かは分かりませんが、可笑しいですね」
「うん、そうだね」
ああ、ルルナと一緒にやっていけるか不安だったが、これなら大丈夫かもしれない。まあ、レッスンは優しめにして欲しいけれど…。
「んんっんんっんー!!!!!」
「あ、ごめん。忘れてた」
と言って、俺は妖精を握っていた手を開く。
「もぉ!全くぅ!危うく窒息死するところだったではないかぁ!その上気持ち悪いリア充っぷりなんか見せてぇ!爆散しろッ!」
「あ、喋った」
「当たり前だッ!ボクはピクシーだぞッ!どうだ、偉いだろぉ!人間共よ、ひれ伏せぇーい!」
「…確かにピクシーはここらではあまり見ませんけれど…100年程前に、ピクシーの悪戯に懲りた村人が出て行って、それではつまらないとピクシーも出て行った、という話を聞きましたが?」
「へぇ…。でも、それなのに何でこんなところにいるのさ?もしかして、迷子とか?」
と、俺が言うと、ピクシーは、
「な、舐めんなァ、ド畜生!!!!!」
と言って殴りかかってきたので、もう一度捕まえる。
「…勇者様、器用ですね…。勇者にあるまじき行動だとは思いますが」
「向こうから殴りかかってきたんだから、正当防衛だ。妖精とりが上手いのは、昔、トンボとりをしていたからさ」
トンボとりの時はこんなに乱雑な捕り方はしなかったけどね。
「納得致しました。では、今夜は妖精の丸焼きに致しましょうか?伝承によると、ピクシーを食べたものは、老いの速度が遅くなり、寿命が延びるそうですよ」
「え!?この子を食べるの?」
「んー!んー!!!んー!!!!!」
「それは、このピクシー次第ですね。きちんと反省しているのであれば、解放しても構いませんが…」
「その点どうなの?ピクシーくん?」
そう言って、俺はピクシーを解放する。
「くんって何だくんってぇ!ボクは女だぁ!」
「ルルナ、コイツ反省してないみたいだから…」
「うう…反省してますぅ!許してくださぁい!アンタ勇者でしょぉ!?その慈悲深いお心で許せよぉ!」
…全然反省してる感は伝わらないが、ここまで言われたら許すしかないだろう。
っていうか、女だって言ったはなから『ボク』って言うのもどうかと思うが。
「仕方がないから、今回は不問にするよ。だけど、次に手を出したら…」
「はいぃ!ゼンショ致しますぅ!!」
まあ、こんなところだろう。
あれ?1人だけまだ不満そうな人がいる。顔には出してないけど。
「ルルナ、どうしたの?」
「…乙女の柔肌に傷を付けようとしたのにも関わらず、罰も無しに解放、ですか…」
「何が乙女の柔肌に、だッ!ボクなんか殺されかけたんだぞぉ!」
「ボクっ娘は乙女ではないと思います」
「ヘンケンだぁー!一人称が何だろうと別に構ぃやしないだろォー!」
「まあそれは良いけど、君、迷子何だろう?大丈夫なの?」
「良くありません」
「迷子じゃないもんッ!」
「じゃあ何なのさ?」
「実はさぁ…」
ピクシーの話を纏めると、こうだ。
彼女はピクシーの集落に住んでいた。友達も沢山いた。だが、元々悪戯好きなピクシーの中でも、特に悪戯好きな彼女は、友達からも段々と疎まれるようになった。そしてついに今日、友達に結託されて追い出されたらしい。
「全くアイツ等ったらぁ、ちょっと悪戯したくらいであんなに怒ること無いじゃないかぁ!」
「いや、自業自得だろ」
「仰る通りです」
「うぅ…そうだけどぉ!」
「わかってんじゃん」
「むむむぅ…。兎に角、お願いがありましてッ!ボクを一緒に住まわせてくださいッ!悪戯しませんからッ!」
「…ホントかなぁ」
「ホントですってぇ!ボクのこの情熱はどんな山よりも高く、どんな海よりも深いですからッ!」
「ほほう。そんなに情熱があるのか。なら、別に良いよ」
「やたぁー!勇者様?アリガトっ!」
「勇者様?本当に、よろしいのですか?」
「うん」
俺がこんなにすんなりとピクシーを受け入れたのには、理由がある。
そう!訓練に巻き込めるからだ!
「…承りました。わたくしには勇者様に意見する権限がありませんから。…かなり不服ですが」
「まあその内慣れるよ。ところで、君の名前は何だい?」
「んん?クルルだよっ!これから宜しくねっ!」
「山本宏海だ。宏海の方が名前だ。こっちこそ宜しくね!」
「ルルナ=メルイ・アニングです。勇者様とわたくしに危害を与えるような真似をしたら、即料理の材料にします」
「おお、怖いなぁ!」
〜★〜★〜★〜
「6日後にお城で、勇者様の召喚を祝うパーティーが御座います。それまでに最低限のルールとマナーを知っていただく必要があります。勇者様、どうぞこちらへ。クルルさん、一切動かないでください。羽一つ動かしたら料理にします」
「何でぇ!?」
「まあ動かなければ良いだけの話だから。それでルルナ、何を教えてくれるの?」
「先ずは貴族社会のルールからです。貴族社会では基本的に下げ渡し式の食事方法をとっています。要するに、身分の高いものが食べた後に、その残りを次の身分の者が食べる。それの繰り返しです。勿論、勇者様は一番偉いですから、一番最初から食べることが出来ます」
「へえ…ルルナはどうなの?」
「わたくしは勇者様に使えておりますから、勇者様の後に食べることが出来ます。…そ、その、別に間接キスとか、そういうことでは御座いませんからね!あくまで、ブュッフェ形式ですから!」
「そのくらいわかるから大丈夫だよ」
「ご、ごほん。飲み物は、各所に点在しているメイドに声をお掛けしていただければ、持ってきていただくことが出来ます。お城のお紅茶はとても美味しいので、おすすめです」
「へえ。覚えておくよ」
因みに、ルルナはメイドだけあって紅茶には拘りがあるらしい。ご飯の時にはかなり詳しく教えられた。
「他に今日覚えて頂きたいのは、フォークダンスとエスコートです。後者に関しては次のパーティーで機会があるかは分かりかねますが、覚えておいて損は無いと存じます」
「ゲ!?」
「ま、先ずはわたくしを相手に、出来る限りでやって頂けませんか?そ、その…途中でわたくしが指導致しますから」
「う、うん…」
「チッ、このイチャイチャ野郎共め、死んじゃえぇー!」
「口を動かしましたね、さようなら。この世に言い残すことは?」
「死ぬもんかぁー!」
あ、逃げた。まあほっとこう。
そんなこんなで、俺達には新たな仲間、クルルが加わった。騒がしくなりそうである。
…異世界生活2日目終了。
主なキャラが3人に増えたので、会話の幅が広がるのでは無いかなー、と思います。次の更新は恐らく来週土曜日になると思います。今後も何卒宜しくお願い致します♪