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第十一章『神』 第八人格・調整者:yo

 今、私の世界はシンプルに色づけされている。紫色である。古代には冠位十二階の最上位「徳」と呼ばれる身分の人間のみが着用を許された最も高貴な色であったが、今は毒のイメージとしても用いられる。もちろん、眼前にはその毒々しい紫の世界が広がっていた。

「えっと、遅瀬先生。これは何ですか」

「いや、えっと、その、書きたいことがたくさんあって、それを1つの物語にまとめたかったので、えっと、その、こう、なりました。はい。申し訳ありません」

「そうですか。1つひとつは良いですよ。独創的で、とても1人の人間がたった3週間で書き上げたとは思えない。いや、大丈夫ですよね? ゴーストライター頼んでたり……はしないですよね、先生に人を雇う資金があるとは思えませんし。だからこそ、たった1人の人格であるはずの先生が、こんなに多彩な色を持つ話が書けるっていうのはすごいと思うんです。ですが、あまりにも多彩すぎて読むのが難しいんですよ。本当だったら一読した時点でボツです」

 貧乏男だとなじられたのに言い返せない悔しさと褒められたうれしさとボツを宣告された悲しみが一気に襲ってくる。表情が不自然に歪んでしまい、苦笑いとも純粋な笑顔とも苦悶の表情とも取れない不気味な顔になっているだろう。表情筋がうまく動かないところからなんとなく察した。

「申し訳ありません。テーマを絞る方向で考え直してみます」

「待ってください。本当はボツです。おそらく、担当編集が私じゃなかったら、確実にボツにされていると思います。ですが、私はこの作品に曰く言い難い魅力を感じてもいます。なので今のこの路線でどうにか完成までもっていきたいと考えています。だから先生が何を書いたのか、これからどうまとめていくのか、徹底的に話していただきたいと思います」

 世界はぱぁっと開け、明るくあたたかな、光が差し込んだような白に染まり始めた。ああ、この人は女神だ。私の支離滅裂な話をしっかりと受け入れてくれ、活かそうとしてくれるではないか。

「終電なんか関係ありません。とことん世界観や設定を詰めてきれいに完成させましょう。読者をあっと驚かすのです」

 時計は12時15分を指している。目の前にいる担当編集の温田さんとランチがてら、妙学館の文学雑誌『chao et ordinis』に掲載予定の小説『渾沌譚』の打ち合わせをしている。午後には行きつけのカフェで執筆に精を出し、夜にはよく行く文学サロンのメンバーと飲み会の予定だ。今日はいつもよりメンバーが多く集まり、久しぶりの面々もいるのですごく楽しみなのだ。昨日その話をしたにもかかわらず、温田さんは「今日は帰さない」と宣言したのだ。こうなった時の温田さんはとんでもない熱量で私を缶詰へと連行する。

 すらっとして糸のように細い手足や、運動よりも読書を愛していることがうかがえる白い肌。この世界でただ1人時間の流れがゆっくりであるかのような、ゆったりとして柔和な表情。普段人と接しているときは「ごきげんよう」と挨拶し、笑うときは手を口元にそっと添えている。どう見ても「控えめで優しく、心の温かいお嬢様」なのだが、私といるときは全くの別人である。所謂「仕事モード」というやつなのだろうか。初めて会った日の夜、私は二重人格について調べ、温田さんをモデルにした二重人格者による殺人事件を小説にしようと思ったものだ。なお、二重人格については別作品で猫に人間的意識が入り込むという設定で一度書こうとしたが、途中でどうでもよくなってしまった。今ではその設定はうやむやになっている。

 私はこの2つめの人格を心の中で「熱田さん」と呼んでいるが、熱田さんのこの熱量に抗えた試しがない。どう断っても絶対に連行されてしまうのだ。私を暖めてくれるかに見えた白い光は、1人で作業する自由と友人たちとの楽しい時間を一瞬にして奪われ、そして翌朝までの約17時間を拘束されることになった絶望によってドロドロの紫に染められた。

 私は深く、深くため息をつくと、今まで考えていたはずのことを話し始めた。「はず」というのは、トランス状態に近い精神状態で書き上げたせいで、そのときに何を考えていたのか、正確には覚えていないからだ。熱田さん、申し訳ない。


  ◯


 もともと、この世界の存在そのものを疑わせるような話が書きたかった。例えば、早瀬耕は『グリフォンズ・ガーデン』や『プラネタリウムの外側』の中で、現実世界の住人が仮想空間を作り、その仮想空間の住人がまたさらなる仮想空間を作る、といった縦の連鎖構造を構築する中で、最後には現実世界だと思っていた世界が実は誰かによって作られた仮想世界であるかのような描写をしてみせた。

 また、森見登美彦の『熱帯』では、佐山尚一という人物が書いた『熱帯』という本(ここでは『佐山版熱帯』と呼ぼう)に夢中になった人物がみな、『佐山版熱帯』を追いかける中で別世界に迷い込み、そこで大冒険を繰り広げる。そして冒険を終えて帰ってきたと思えば、そこは元いた世界とは似て非なる世界になっているのだ。

 これは私が読んだときに抱いた印象であって、もっとしっかりと読めば実は全然違う話だったかもしれない。読みが間違っていたら作者諸兄には謝罪をしなければなるまい。しかし、それほどまでに私は別世界、あるいは異世界を作ることに飢えていたのだ。

「なるほど、だからここでも人が死んだかと思ったら生きていたり、『小説世界』を認識したり、真っ暗闇な世界で覚醒したりしたわけですか。一読しただけじゃ数えきれないんですが、ここまでで世界はいくつ出てきたんですか?」

 熱田さんの問いかけに私は恐る恐る答える。

「今のところ、えっと、7つ、だと思います。便宜的にAからGとそれぞれ名付けて説明すると、Aには文学サロンがあって、永井消失事件が起きています。ここの詳細は別作品で書いているので、良かったら読んでください。Bは光が最初にいた世界で、北海道で轢かれて死にます。そこに優も居合わせます。そして、永井――AGNですね――が優を収容した病院があるのがCです。Cでは光は生きているみたいですね。たぶん、BとCはほとんど同じなんですが、光の生死という一点で分岐した世界になっていると思います。そしてDは、光が覚醒した場所です。暗闇に包まれていて、しかし文字だけが浮かんでは消えていくという。Eは、Dにいた光が爆発のように轟いた声と閃光に包まれた際に転移した場所です。ここで我――愛と名乗っています――と出会います。あとFとGですね。Fは楽心がいた世界です。楽心は新しい宗教を興しますが、ここには修正者が派遣されています。修正者によって歪められたこの世界は間もなく消失しました。Gが星の文壇がある世界で、星の文壇内の紛争が始まっています。まぁ、それから今私たちがハンバーグを食べているこの世界が8つめ、Hになるので、実は8つでしたね」

 熱田さん――もう温田さんだったころの面影はかけらも残っていない――はハンバーグを包み込むアルミホイルをナイフで器用に切り開きながら話を聞いていた。

「あれ、愛――我――が光の話をパソコンに打ち込んでいたのはどこですか?」

「Gです。星の文壇メンバーにもプライベートはあるので、愛はそこで光を創造しました」

「ふむふむ。星の文壇では今争いが起きていますが、この辺は? オッカムと老子・希仁・フレイヤが対立し、デウス・エクス・マキナが死に、あとえっと……」

「主が修正者とともに世界の修正を試みていて、大統領と永井が水面下で待ったをかけようとしています。大統領も所属する星の文壇は世界全体の統治をしていますが、この頃の主は個人的な思惑のために修正者を派遣しているのでしょう、それを阻止したいのが大統領ということになります」

「その争いとオッカム老子戦は別ですか?」

「そこはまだ考えていません。ただ、どちらも誰が秩序を作るかという戦いになるとは思うので、別だったとしてもゆくゆくは混ざり合っていくと思います」

「なるほど。でもわからないのが、小説の登場人物であるはずの光は、その作者である愛と出会いますよね。えっと、世界Eで。これはどういうからくりですか?」

「ここで描かれている世界は、全部何かしらで表現されたものです。主に小説ですが。そして、小説として描かれた世界はすべて実体を持ってそれぞれ並行しています。パラレルワールドみたいなものじゃないでしょうか。そして、特定の条件がそろえば別世界への転移もできるのです。まぁ永井くんに関しては『いかなる物語の中へも瞬時に入り込める能力』、つまりその特定の条件なしにいろんな世界に行き来できる能力があるわけですけどね。そして――」

「これらはすべて小説として記述したわけだから、私たちの現実世界にも交わらないかなーってことですね、ここに急に永井くん来ないかなみたいな。はいはい」

 私が言いたかったことを勝手に代弁した熱田さんは、急に懐疑的な目を私に向けた。

「ところで、先ほどから『たぶん』とか『思います』とか推量の言葉がよく聞こえてくるんですが、書いたのは遅瀬先生ですよね? なんでそんな言い方なんですか?」

 トランス状態だったので記憶が曖昧だったなんて言えるはずがない。

「その……実は、書いているうちに自分でもなにがなんだかわからなくなってしまって……」

「はぁ?」

 この「はぁ」はこの前やった「はぁって言うゲーム」には出てこなかったと思う。強いて言うならば唖然とする「はぁ」だろうか。呆れて言葉も出ないというかんじが表情によく出ている。

「じゃあ先生はこの話で何を描きたいんですか?」


  ◯


 出発点は「世界の生成とそれに対する懐疑」だと思っている。私たちは今生きている世界を所与のものとして、「自然に」生まれたと思っている。そしてこの世界以外の世界――所謂異世界――は、物語の中にしか存在しないと思い込んでいる。一種、私たちの世界と異世界の間には創造主と被創造物という主従関係があるということになる。一方で、ほぼすべての神話には「創造神話」と呼ばれるものがある。7日間で世界を創造した話もあれば、ドロドロの海に矛を突き、濡れた矛先から垂れたドロドロが島となって国を作ったなどという話もある。私たちが住む世界は誰かに作られたものかもしれないのである。つまり、私たちもまた被創造物かもしれないのである。さらに言えば、その生成方法は各物語によってさまざまである。であれば、小説の存在を条件として生成される世界もあって良いのではないか。そうした世界が、私たちの世界と交わりを持っても良いのではないか。

 これがこの小説を書き始めるときに意識していたことである。だが、それぞれのエピソードの中ではいくつか他のテーマを散りばめてもいた。1つは、その出発点からの自然な帰結としての「真実への懐疑」である。異世界の存在可能性を自覚することは、すなわち私たちが信じている「真実」など存在しないかもしれないという疑念を持つことに等しい。光は北海道で死んだはずなのに、3日後には東京に帰っていた。シンプルに背反する事実を突きつけることで、まずは読者が常識という色眼鏡をかけていることを自覚させたかった。何が真実かわからなくなれば、世界の態様は必ずしも私たちが知るものと同じとは限らない。ただ真っ暗なだけの世界があるかもしれないし、その存在を否定する術はない。

 読者諸君は「ただ真っ暗なだけの世界が存在するわけない」と言いたいかもしれない。地球外生命体の存在に対しては「いるかもしれない」と認めているだろうに、なぜ別世界の存在は否定するのだろうか。私はそれが「あるかもしれない」と可能性を指摘しているに過ぎないわけだが、もしその可能性がないと言いたければ、立証責任は諸君にある。さて、諸君には証明できるだろうか。

 もう1つ考えていたテーマは「秩序」だ。楽心が興した宗教の中で、信者は彼の物語を、言葉を介さずに受け取り、この上ない快楽に身を浸す。ここにおいて彼と信者の間には完璧な秩序が存在しているのだ。だが、楽心は修正者によって消されていた。修正者の主人たる「主」の描く秩序にとって、楽心は存在してはならない存在だったからだ。しかしさらに問いを進めてみると、なぜ楽心が存在してはならなかったのか。彼の秩序は、主の描く秩序にとってどのような不都合を生じたのだろうか。そして、楽心は本当に消されるべきだったのだろうか。

 こうして「主の秩序」と「楽心の秩序」という、別種であり両立しない――少なくとも主はそう考えている――秩序の存在が示され、さらにその正統性に関する懐疑が生まれると、さらに物語は進展する。星の文壇とて、一枚岩ではないのだ。主の行動は永井の雇い主である大統領にとって、必ずしも好ましいものばかりではない。少なくとも、楽心の処遇に対しては意見が食い違っている。そこにオッカムが反乱を企て、老子、希仁、フレイヤと鋭く対立する。今は描かれていないが、彼らにはそれぞれに思い描く秩序があり、それが表でも裏でも協調と対立を繰り返す中で複雑に絡み合っている。この戦いは「誰が秩序を生み出すか」を決める戦いでもあるのだ。


  ◯


 まくしたてるようにして熱田さんに説明すると、ふむふむと頷いていた熱田さんは突如笑い出した。こんなに口を大きく開けて笑う熱田さんを私は初めて見た。熱田さんの笑いと同時に世界は暗転し、私の世界が見えなくなっていく。


  ◯


「しばアらく。完成おめでとう。待っていたわよ、この時を……アッハッハッハッハ」

――完成などしていない!

 反射的に大声を出してしまったことに少々焦ったが、意外なことに鼓膜は震えなかった。声が出ていない? それとも音が伝わっていないのか?

「おや、ここまで世界を仕上げておいて未完成だとは。感心だわ。でもどうして未完成だなんて言えるのかしら」

 声は自分の耳にすら届いていないはずなのに、どこからか私の叫びに対する返答が響いてくる。そもそも周囲には何もない。ただ純白な空間が広がっているだけだ。にもかかわらず、その声は確実に私の耳を震わせている。

――この物語は、まだ「問い」しか生んでない。問いには答えなければならない。私はまだその答えに行き着いていない!

 なぜこんなにも冷静に答えているのか、自分でもよくわからない。ただ、答えなければならないと直感が訴えてくる。急に景色が様変わりしたせいでハンバーグが食べられなかったことを悲しむ余裕も、今私がいるこの空間が何なのかを考える余裕も、さりとて取り乱す余裕すらも与えてはくれなかった。

「そうね。確かにあなたは問うことしかしていない。じゃあ、あなたの言う答えは出せそうなのかしら」

 そういわれてしまえば、私には全く自信がなかった。

――記述されることを条件とする世界があるかもしれない

――真実など存在しないかもしれない

――異なる複数の秩序はなぜ反目し、最終的にどれが選択されるべきか

 これら三つの問いを前に、私は立ち止まることしかできない。どうすればそれぞれの問いに答えることができるのか。秩序に関する問いだけは答えられるかもしれないと思えた。複数の秩序の中身を描き出し、その中で私なりの根拠を持って1つ選択すれば良いからだ。

 しかし、他2つはどうか。異世界の存在など、この世界にいながらにして知覚できたとしたら、それは異世界ではなくこの世界とつながりのある同一の世界である可能性が高いし、仮に異世界への転移に成功したとしても、それは経験的に記述することを許すのみで、客観的な証明は難しいだろう。そして真実の存在可能性などは、私自身が先ほど述べた通り、「ない」ことの立証責任を私が負うことになるわけである。あるものが「ない」と証明することは基本的に不可能であると言われる。

 つまり、私は疑いこそすれ、その答えを導き出す手段をほとんど持ち合わせていないことになる。悔しさに押し黙っていると、また声が聞こえた。

「太陽が昇らない日はないけれど、沈まない日も決してない。光に照らされたときは、その裏に必ず影ができる。どれだけ光を強くしようとね」

――光があれば影もあるということなら、問いが立てば答えもあるということにはならないのか。

「その通り。問われた時点で答えはすでに出ているわ。あなたがわかっていないだけ」

――ふざけるな! 答えが出ているはずがない! 私が感じた懐疑に、私が納得のいく結論を導き出せていないというのに、何が「もう答えは出ている」だ。

「そうよね。まぁ、今はそれでも良いと思うわ。結局答えは出ているし、あなたもじきにたどり着くでしょう。しかし、あまり悠長なことも言ってはいられないわね。あなたの小説はもう半分を過ぎて、確実に終わりに向かっている。あなたはこの小説を完成させる義務がある。でもね――あなたは認めないかもしれないけど――この小説はもう完成しているわ。ふふふふふ、アッハッハッハッハ」


  ◯


 妙に聞き覚えのある高笑いが響いた後、声の主は立ち去ったように感じた。変ななぞかけをされたような気になった。私が答えを見出せていないというのに、答えはもう出ているだの、この小説は完成しているだの、どういう了見だろうか。ため息をついて改めて周りを見渡す。見渡したところで純白な空間が広がっているに過ぎない。

 ぐるりと360度見渡してまた元の向きに戻ると、目の前に滅紫(けしむらさき)色のローブを身にまとった物体があった。

――やっと出会うことができました。我が主、神よ。我々をお助けください。

 その物体が急に喋りだしたうえ、私のことを神だなどと呼んだことに少なからず動揺した私は思わずビクッと体を震わせる。しかし、この物体は先ほどの声とは異なり、そして私と同様、鼓膜を震わせることはない。どうやって「聞いて」いるのかは全くの謎であったが、ともかく私はその言葉を聞くことができた。

 その物体は一人の男であった。

 男は、自らを楽心と名乗った。楽心は私によって創造された世界の住人であり、しばらく小説家業を営んでいたが、ある時天啓を得て物語を直接伝達する術を得た。彼を信奉する人々を集めて宗教を興し、信者の幸福のために働いていたのであるが、組織が軌道に乗ってきたころ、修正者と呼ばれる存在の襲撃を受け、その世界にはいられなくなったのだという。

 彼は修正者の襲撃から間一髪逃れた先の世界で復讐を決心した。彼を襲った修正者が何者なのか、それを統率するのは誰なのか。それが星の文壇のメンバーであることを突き止めた楽心は、そこで新たな天啓を受けた。

――その天啓を受け、私はその場に座り込み、瞑想を始めました。そして次に目を開いたとき、私はこの場所にいて、そして我が主であるあなたに出会ったのです。

 聞いたところで理解できる話ではないはずだが、もしや、という疑念が私にはあった。それが正しければ、私は私の望むものを手に入れたことになる。

――つまり、私が描いた世界は本当に実体を持っていた、ということでしょうか。私は誰に天啓を与えた自覚もないのだが、あなたは何を聞いたんですか。

――聞いたというよりは「感じた」のです。天啓を与えてくださったのがあなたであること、そして私が世界を跳躍できる能力を得たことを。

――しかし、私はあなたが修正者に襲撃された後については、まだ何も記述していません。もはや私はあなたの神たりえないのではないでしょうか。

 この言葉には楽心も少し考え込んでしまった。ひとしきり頭を抱えた後、彼は自信なさげに言った。

――おそらくですが、現在は読み込み不能となってい2から9章に記述されているのではないでしょうか。そして、あなたは元の世界で、今もなお小説を生んでいる。

 2から9章は光が異世界で一度覚醒してから、星の文壇メンバーのオッカムが反乱を企てるまでの話が書かれているはずで、それはあくまで「読み込めない」だけで存在はしているのだ。その中にこの楽心の襲撃後の話も入っているということになるのだろうか。

 そしてあの時、私は熱田さんの笑い声とともにこの場所に来たが、何も元の世界の私が消え去ったわけではなく、あちらではあちらで、私はハンバーグを食べ、熱田さんの缶詰攻撃に耐え、そして執筆活動に戻っているということか。光と同じように。楽心はいかにも自信がないといった表情で俯いているが、私には存外悪くない推測であるように思えた。理屈はつながっている。

――そう考えるのが今は適切なのかもしれませんね。状況はそうだったとして、ここから私はどうすれば良いのでしょう。あなたを助ければ良い?

――ぜひ、主様。ご存じかとは思いますが、星の文壇は現在内乱状態にあります。私はこれを利用して彼らを殲滅したいのです。その後、主様の下に全ての世界に秩序をもたらしたいのです。

――その、「主様」ってやめていただけますか。私は遅瀬慎と言います。遅瀬とか呼んでください。

――遅瀬神様ですね。ああ、なんと麗しきお名前。では、畏れながら遅瀬様と呼ばせていただきます。

わざとだろうか。私はきちんと「おそせ・しん」と名字と名前を分けるように発音したはずなのだが、彼は嬉々として「おそせしん」と、「唯一神」と同じイントネーションで言い切った。そしてそのせいで、私は「慎み深い良い人に育つように」という両親の願いを真っ向から否定する、自らを神と称する厚顔無恥な存在へと堕落(神格化)してしまった。朱雀天皇に対し自らを「新皇」と名乗って反乱を起こした平将門をバカにすることができなくなってしまった。

 私はため息をもらす。今日何度目のため息だろう。これから、元の世界にいるはずの私が紡ぐ物語の登場人物として行動することになる。それは私が決めてしまったことなのだ。今更私が嫌がったって仕方がない。

 ふと、ある小説が脳裏をよぎった。その小説の主人公は、澳門のカジノで出会った女性にとある予言を与えられる。

「あなたは、王として旅を続けなくてはならない」

 彼は、彼の意思を持たずに王として旅を続けた。彼の意思ではなく人を殺した。信頼できるはずの腹心でさえも。そうして彼は王としての地位を維持していった。彼の世界で、彼はマクベスとしてふるまうことを強いられたのだ。シェイクスピアの『マクベス』では、マクベスは自分の意思で行動していた。魔女のささやきや妻の説得に乗せられた面はあるが、全ての行動を決定したのはマクベス自身だった。しかし、この小説の主人公はそのような意思を持ち合わせていなかった。まさに、『未必のマクベス』だったのだ。

――私も中井優一と同様、マクベスとなってしまったか。どうせなら、魔女でも澳門の娼婦でも構わないから、きれいな女性に唆されたかったものだ。

 楽心がゴツゴツとした手を差し出す。彼に触れていれば、彼と共に世界を跳躍することが可能なのだという。私はしぶしぶ彼の手を取った。


  ◯


 私は王となる。

 もしマクベスに倣うならば、反乱分子を排除することになる。

 排除に排除を重ねた先で、私はどこにたどり着くのだろう。

 しかと見届けるしかあるまい。

 私が出したという答えを。




 9000字を超える大作(?)となってしまいました。もはや小説というより設定集ですね。すみません。ここまで読み切るのは大変だったことと思います。目を通していただいてありがとうございます。


●前までの設定・展開をうまく整理する

●物語としての面白さを損なわない

●後の人がどんな展開を持ってくるか考える余地を残す


 この3つを意識して書きました。秩序を意識できないとなにもできない私は、『渾沌譚』にも秩序を与えずにはいられなかったのです。

 今までの執筆者の方々、話の骨子を折っていたら、内容を全く勘違いしていたら、大事な伏線にしたかったものを見落としていたら、本当に申し訳ありません。

 今の私にはこれが限界のようです。


 それから1つ弁明を。今回、早瀬耕作品を全部登場させるという暴挙に出ていますが、これは別に意図してのことではありません。物語を整理し、構成する際に思いついたのがパラレルワールドであり世界の連結でした。それを説明するためには、早瀬耕と森見登美彦の2人を提示することが最適だと考えたのです。

 そして、本章の後の展開に対して何かしらの示唆とまとめやすさ(従うかどうかは後の執筆者の皆さまにお任せします)を意識した結果、都合が良かったのが『未必のマクベス』だったのです。

 まさしく、私の脳裏にふとよぎったに過ぎないのです。あまりにもきれいによぎり、私の心を掴んで離さなかったので、挿入させていただくこととしました。申し訳ありません。


 さて、この作品2では次の人にお題を設定する流れはないようですが、私は敢えてお題を設定しようと思います。

 もちろん、今後そんな流れは作らなくて良いと思います。私が出したいだけです。


 ということではとむぎさん。あなたに出すお題はこれです。


  くまのプーさん、水浸し


 これで1フレーズのつもりですが、切って別々に使ってもいいと思います。

 では今後の展開を楽しみにしています。


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