あとがき『残された物語』 第十三人格:ヤギ郎 <Part 3>
あとがき『残された物語-作者と金髪美少女と共に』
Part 1-1
Part 1-2
Part 2-1
Part 2-2
▲Part 3
決戦 1
Between the Layers 7
決戦 2
Connection 接続
決戦 & Layers
決戦 1
目もくらむような白い光が爆発的な勢いで広がった。
「うぁわあああ」
誰か、いや何かが俺の手から『光』と『優』を掠め取った。
光が収まると、杖を前に突き出しポカンと口を開けている老子がいる。突然の光に驚いたのか、それとも俺が光に巻き込まれずに生きていることに驚いているのか、どっちにせよこれは老子によるものじゃない。あのジジイにはそんな知恵はない。
「さぁ、オッカムよ。降伏するか、それとも戦うか?」と気を取り直した老子は言う。
『闇の書』との接触で俺は変わった。どう変わったか表現できないほどに変わった。俺の体の中に埋め込まれた『闇の書』は膨大な魔力を体全身に送り込んでいる。この魔力はまるで粘り気があるように俺の精神にまとわりつく。
『闇の書』に蝕まれていく。
ここには老子と彼の手下である希仁とフレイカ、それにエラリーと主、我がいる。大講堂の入り口付近にデウス・エクス・マキナの死体がある。『星の文壇』に加入するだけあって、ここにいるのは強力な『語覚』の持ち主だ。六人同時に相手をするのは、いくら強くても無理がある。
『闇の書』がささやく。そうだ、その選択肢があった。
ピアノを弾くように伸ばしていた腕を下ろす。
「ここじゃ戦うには少しばかり狭い」
魔力を錬成して大型のカミソリを出現させる。デウス・エクス・マキナを殺すために鎌を用いたが、やはりカミソリが一番だ。しっかりと手に馴染む。
「全員まとめて最終決戦場へ連れて行ってやるよ」
「The Razor of William Ockham」
◯
「ここはどこじゃ」
空と地面がくっついてしまうような無限の空間に転送された。
「ここは必要最低限のものしかない世界だ。余計な茶々が入らないってことで、戦うのには持ってこいの場所だろ」
「えぇいやぁあああ」
老子の手下である希仁は刀を振り下ろす。左手のカミソリで刀を切断し、右手で彼の左腕を切り落とす。
「うわぁあああ」
噴水のように血が吹き出る。彼の顔面に蹴りを入れて遠くに吹っ飛ばす。
「同時にここは俺の独擅場だ。いつでもかかってこい」
◯
血肉の焦げた匂いが鼻につく。周囲には誰のかわからない腕や足が転がっている。
鎧袖一触に次々と『星の文壇』のメンバーを倒していった。
残るは足元でわなわなと泣いている、『我』だけだった。
「残るはお前だけだ。『光の書』の在り処を教えろ」
大統領の話では『星の文壇』を殺すと自動的に『光の書』が手に入るそうだ。6人を殺してみて、未だに大統領から『闇の書』を受け取った時のような、力が体内に流れてくるような感覚を得ていない。
「さあ、言え。『光の書』はどこだ!」
ぐぅ、と『我』は泣き出した。
「お前は魔力の供給源となる『救済者』や『暗殺者』を持っていない」
大講堂で浴びた、まるで閃光発音灯のような攻撃で俺は『救済者』と『暗殺者』を手放してしまったが、こいつの手に戻ったとは考えにくい。
「今のお前はただの雑魚だ。ただの雑魚はなぁ、聞かれたとおりに答えるんだよ」
カミソリを首元に近づける。
「ひぃい」
「折角だから俺の大好きな言葉を教えてあげようか、『単純さこそ全て』だ。
この状況でいう『単純』とはなんだろうな?」
「くぅう、最期までとって置きたかったんだけど。『ユリシーズ』!!」
倒れていた『我』の叫び声に合わせて超新星爆発が起こったように、部屋が一瞬で光った。
「がぁ!」
Between the Layers 7
「『ユリシーズ』って、とある宇宙会戦以来『トイレを壊された戦艦』という不名誉な汚名をつけられた宇宙戦艦でしょ?」
「『ユリシーズ』は失敗する。そして、『我』は死ぬ」
「失敗?死ぬ?どういうこと?」
「ジェイムズ・ジョイスの小説『ユリシーズ』は1922年に発表されたものだ。『我』は『ユリシーズ』についてどういう認識だったかな?」
「そんなこと分かる?」
「本文序章一行目」
ボストンバッグから紙の束を引っ張り出す。
「えっと、序章の一行目・・・『平成31年-1919年』・・・あれ?」
「ジョイスが『ユリシーズ』を発表した年が真実であるならば、1919年にはジョイスの『ユリシーズ』は完結していなかったのだ」
「でも、平成31年だよ」
「君のポンコツな頭は、『平成31年』を『2019年』と認識しているのかも知れないが、本文中にはっきりと『平成31年』に『1919年』と併記されている。この物語では、1919年が平成31年なのさ」
「うーん、まぁ、そう言うのであればそうなのかな。ただ、それがなぜ魔法の失敗につながるの?」
「文学作品をもとにした魔法については、その文学作品を正しく認識し、理解しなければ、有効な魔法にはならない。『我』はそれが不十分だった、結果自らの命を断つことになるのだ」
「ふーん。
折角だから、あの英語の呪文、えっと、『The Razor of William Ockham』について教えて」
「ありきたりにいえば、固有結界だ。空間を切り離すことができる」
「へー」
ツヴァは立ち上がった。物語が始まった時から座ってばかりいたツヴァが立ち上がったのだ。これは「夏に雪が降る」と同じくらい珍しいことであり幻の光景である。
「痛い、痛い、フォークで刺さない!」
「君、今失礼なことを考えただろ」
立ち上がったツヴァは門の前まで歩き、扉に手を当てる。
「もうすぐクライマックスだ。出かける準備をしたまえ」
決戦 2
誰の趣味かわからないが、大講堂はギリシャのパルテノン神殿を模し作られている。
その神聖な神殿もどきは血肉の焦げた匂いと手足の切られた文壇会員で埋められている。不思議と意外性がない。血なまぐさい行為も、野蛮な行為も、神を前にすると正しさに変わるのかもしれない。
足元に『我』だったものが転がっている。『我』は目や耳、鼻、口といった穴という穴の全てから血を吹き出し絶命している。
『我』は魔術『ユリシーズ』によって、俺の結界を強制終了させ全員を大講堂に転移した。死に様は魔術を失敗した時の典型症例だ。『我』は失敗し、そして死が与えられた。
俺はこの物語のキャラクターをたくさん殺した大量殺戮者だ。
大講堂の天井を見上げる。そこには、この物語の全てが壁画として描かれていた。
ギィギィー、ガー
音のする方へ振り向く。『真実の門』が少しずつ開いていた。
◯
「ひぃっ、ひぃ、ふー」
右腕は切り落とされ、左腕は折れている。足には罅が入っているかもしれない。熱い、痛い。バランスをとるように肩を壁に当てながら外へと続く廊下を進む。
『我』が魔術を発動した直後、つまり大講堂へ転移した瞬間、幻影魔法を発動させて自分の身体と入れ替わった。オッカムはそのことに気づかないだろう。まさか、死体が幻影だなんて考えまい。
大講堂の手前にはラウンジがある。ソファーとローテーブルが置かれ、ちょっとしたバーカウンターがある。そのソファーに誰かが座っていた。
「お前は!」
「久しぶりだね『主』よ」
その人は口を付けていたティーカップをローテーブルに置き、立ち上がる。彼女の着ているローブの隙間から、まるで鎌で切られたような袈裟斬りが見える。
「この物語を終わらせること、それが私の役目だからね。それでは、『主』」
ローブを着た女性は右手を『主』に向けた。
『主』は絶命した。
ブー、ブー
ローブを着た女性は胸元に手を入れて、携帯電話を取り出す。
「もしもし」
『デッ、デウスか。こちら、楽心だ。ぐはぁ』
血を吐き出したような血なまぐさい音がスピーカーから流れる。
『予定通り、『大統領』を殺った。ただ、最悪なことに相討ちをくらってしまった。そろそろ、終わるよ。後は頼んだ』
電話の向こう側から何かが倒れるような重い音がした。
女性はその音を聞いてから電話を閉じた。
そして、跛行しながら『主』の入ってきた廊下を進む。
Connection 接続
「この門の向こうには『ローエスト・レイヤー』、つまり『物語』の世界がある」
「そうだったね」
「これからこの『物語』を終わらせに行く。君の出番は私の後だ、いいね」
「・・・はい」
ツヴァは門を押し開けた。
ギィギィー、ガー
決戦 & Layers
『真実の門』が開かれた。
『光の書』をまだ手に入れていないのに『真実の門』が開いた。
「君が先に行け」
「えっ、嫌だよ」
「行くんだ」
門の向こうから微かに人の声がする。門へ一歩踏み出す。
「失礼しますぅ」
頭をペコペコと下げながら黒縁メガネの青年が入ってきた。その後ろを毅然たる態度で金髪の少女が続く。いや、むしろ少女が青年を従えているようだ。
「君、オッカムだな」と金髪の少女は口を開いた。
「ああ、そうだ。君らは?」
「私はね、君、オッカムを終わらせに来たんだよ。
君はね、確かシンプルな世界を目指して、この門の前へやって来たようだけど。
残念。この門の向こうは混沌さ」
このガキ、何を言っているんだ?
「おい、君、残念な彼に説明したまえ」と少女は隣に立つ青年に言う。
「えっ?何を?あー、『現実世界』のことね。
ゴホン。
えー、私は作者の一人でございまして・・・。
痛い痛い、痛いよ、ツヴァ、フォークで刺すな。って、いつからフォークが通常装備になっているんだよ。
何?前置きはいらない。早く本題に入れって。まったく、せっかちなんだから
えっと、オッカムさん、『現実世界』についてなんだけど、結構、複雑で混沌としている。むしろ物語の世界のほうがスッキリしていると思う。現実世界はね、いろんな人がいてね、誰が誰のことを好きだとか、誰が誰のことを嫌いだとか、この人にはこういう冗談が言えるけれど、あの人はだめだとか。さすがに、現実世界はね、『日本』ってところなんだけど、殺されたり殴られたりされることはないかな。でも、とある国ではちょっと路地に入ると着ている物まで全部とられるし、またある国では武器を持つのが日常茶飯事だし。いつどんな状況に出くわすかわからない、そんな複雑で混沌とした世界なんだよ、現実は。シンプルなんかじゃない」
不思議とあの青年の言葉が滞りなく脳内に流れ入る。その言葉には確かな説得力を感じる。
おもむろに天井の壁画を見上げる。そこに青年の言ったことの全てが描かれていた。
「あー、これが『真実』なのか」
「オッカムよ、君は終わりだ」
音は無かった。
胸のちょうど心臓のある所に小さな穴が空いた。そこから間欠泉のように血が吹き出た。徐々に後ろに倒れていく。天井壁画との距離が少しずつ開けていく。
ドスン、と大理石の床に背中を打った。最期に目に映ったのは、70億人の『生』だった。
◯
門をくぐると、それぞれの手にカミソリを持った男がいた。出で立ちがまるで二刀流戦士だ。
「オッカムよ、君は終わりだ」
ツヴァは、右手で人差し指と親指を伸ばした銃のハンドサインをし、それを大講堂の真ん中に立つ彼に向ける。
音はしなかった。
胸に穴を空けた男はそのまま地面に向かって背中から落ちた。
「これで物語は終わったね」
「いや、まだだ」
「えっ、えー!」
「君、おかしいとは思わないのか?」
「何を?」
「この物語には確か『終わらせる』役がいただろ」
「えっと、あー、でも、そこの二刀流戦士に切られたんじゃないの?」
「切られて死んだとして、その時物語が終わらなかったのはなぜだ?」
「それは・・・」
「まだ生きているんだよ」
「ご明察だ、ハイエスト・レイヤーの来客者よ」
大講堂には、大きなローブを着た女性が片足を引っ張りながら入ってきた。
「君がこの物語の残された存在だ、デウス・エクス・マキナ」
「そこまで状況を正確に理解しているのであれば、君の隣に立つ青年のために『光の書』の在り処を言うがいい」
「ふん」とツヴァは軽蔑の視線を送る。
「デウス・エクス・マキナの言う通り、この青年は『作者』と名乗りながら何もわかっていない。こんなポンコツでも『作者』なのだから、世も末だ。
『光の書』の在り処は、君、デウス・エクス・マキナの中にある」
「えー!!」
「君、さっきから五十音の最初の四文字目と長音記号しか言えないのか」
「感嘆符も2つつけているよ。じゃなくて、説明、解説プリーズ!」
「まったく、デウス・エクス・マキナは“焉”を司る存在だ。ただね、デウス・エクス・マキナ・・・長いから『デウス』、は自分自身に物語を終わらせる力を持っていないんだ。だから正確には、物語を終焉させる存在ではなくて、終焉そのものなんだ。そして、『光の書』は一冊の本であると同時に、この物語における概念の一つだ。詳しいことはわからない。ただ、デウスに内包されていることは確かだ。物語も『光の書』も終わらせたいと考えるならば、この2つをまとめてしまえばいいのだ」
「なっ、なるほど」
「さあ、君の出番だ。デウスを討て」
ツヴァはすぅっと一息をつく。
「君がこの物語を終わらせるのだ」
僕はデウス・エクス・マキナと向き合った。
「青年よ、作者よ、この物語は楽しかったかい?」
ちょっと考える。
「最期の三日間は大変だったけど、楽しかったよ」
女性は「そう」とつぶやいたのを微かに拾った。
僕はツヴァがしたように、右手を銃のハンドサインにしてデウス・エクス・マキナに向ける。
「ここで物語を終わらせる!」
デウス・エクス・マキナの胸に穴が空き、赤い液体が吹き出した。
◯
ここからは僕の物語である。今までは自動的に出現した物語を映しただけだ。
デウス・エクス・マキナを終わらせた後、世界の崩壊が始まった。
とあるアニメーション映画のラストシーンを思わせるように、壁や柱が崩れ落ち、床に罅が入る。その映画では、その天空の城は宇宙へと旅立ったが、この物語はどうなるのだろう。さすがに宇宙へは行くまい。
僕とツヴァは肩を並べながら『真実の門』と呼ばれた門へ足を向ける。
「終わったな」
「ねぇ、君」
「なに?ツヴァ」
立ち止まったツヴァへ振り向く。
「君」
「なに?」
「こっちに来たまえ」
ツヴァに一歩近づく。
「もうちょっとだ」
服が触れ合うほどに距離を詰めた。
「君、背が高いのだ。しゃがみたまえ」
しゃがむと、ちょうど立っているツヴァと目線が揃う。
パチン
ツヴァは両手で僕の頬を挟んだ。これでは頭が動かせない。
「ツっヴァ、痛いんだけど」
「少しくらい我慢したまえ」
ツヴァの顔が徐々に近づく。
間近で見ると、やっぱりかわいい顔をしている。ぱっちり開いた目に、ツヤのある薄ピンク色の頬、形のいい鼻と唇。
ツヴァの顔が徐々に近づく。同時に彼女の頬の朱色が増す。
「君、目を閉じたまえ」
はいはい。ゆっくり目を閉じる。視界は真っ黒。
人間って不思議な生物だよね。視界が塞がれると嗅覚が敏感になった気がする。ツヴァの使うシャンプーの香りや着ている服の柔軟剤の香りが鼻を刺激する。
「・・・」
「・・・」
この展開って、いやまさかね。あの、ツヴァだよ。
でも女の子が顔を、その唇を近づけているし、僕も目を閉じているし。
それにエンディングだし。こんな終わりもアリだよね。そうだよね。
みんな、さようなら。僕はツヴァと共に最高でハッピーな人生を送るわ。
さようなら。
Coming the forgettable END.