あとがき『残された物語』 第十三人格:ヤギ郎 <Part 2-2>
あとがき『残された物語-作者と金髪美少女と共に』
Part 1-1
Part 1-2
Part 2-1
▲Part 2-2
Between the Layers 5
決戦前夜 2
Between the Layers 6
Between the Layers 5
「これは・・・死んだって事でいいのかな?温田さんはもう退場?」
「すくなくともこれ以上登場しないという理解でよかろう。もめるところではない」
ツヴァのティーカップに紅茶を注ぎ、付け合わせの茶菓子を添える。
「遅瀬慎は温田に毒を盛られて死に、そして温田は自ら物語から退場した。
つまりキャラクターが二人消えたわけか」
「また登場するかもしれないぞ」
「えー、やめてよ。これだけ劇的な死を遂げたのに、復活するとかありえない。
あの巨大神聖帝国の第99代唯一皇帝となり、「悪逆皇帝」とも呼ばれるようになった彼だって、レクイエムの時には清く死んだ。このアニメ史に残るラストシーンからの復活を遂げるために、アニメスタッフは劇場版総集編3本を制作したんだよ。僕には到底できない芸当だ」
「そっ」
今の話上手く伝わっていないかもしれない。
「ふぅあああ、んむむ」
ツヴァは大きな欠伸をする。
「ねぇ、君、この前説が長すぎるのだよ。退屈してきた。どうにかしたまえ」
「おい、解説役が飽きてきてどうするんだよ」
でも確かに、僕もすこしばかり飽きてきた。
「ふぅはあああ」
大きな欠伸をする。
決戦前夜 2
ショットグラスの氷がぶつかる。
「『星の文壇』は楽心との接触を果たせたようだよ」
「宗教の力で『語覚』を結集させ、強力な魔法師になった人だと聞きましたが」
「所詮成り上がりの成金魔法師、本質はただの凡人さ。ただ力があるのは事実だからね。私の方で少しばかり手を打っておくよ。君は『星の文壇』の襲撃に専念したまえ」
「わかりました」
「近日中に『星の文壇』から招集がかかる。それに君は参加をするのだ。当日の参加者はデウス・エクス・マキナ、我、主、老子と彼を慕う希仁とフレイカ、そしてエラリーだ」
「『閉ざされた少女』は参加しないのか?」
「まだ情報の裏付けをしている最中だから確かなことは言えないが、どうやら彼女の代理人である『温田』が死んだらしい。彼女自身はあの空間から出てくることはないから、だから『閉ざされた少女』と呼ばれているんだけどね、彼女は参加してこないよ。心配することではない」
「そう、ですか」
「懸念事項といえば、主の『黒服』たちだが、こっちも数の力で抑えておこう。
君は外のことに気を遣うことなく、彼らを襲撃して『光の書』を奪取するのだ」
「心得ています。ただ、大統領、奪取というのは?」
「その方法について後で教えるよ。
情報が錯綜していて正確なことはわからないが、おそらくデウス・エクス・マキナを殺めると自動的に『光の書』が手に入る」
「自動的?」
「ああ、そのことも後で見せるよ。話には順序というものがあるからね」
リジェクターの集会に参加してから数日が経ち、その間に世間ではリジェクターとアウェイカーの分断が一層深まった。その時、大統領から作戦会議をすると言われ、指定されたバーへやってきた。大統領はソファーに体を沈ませながら話を続ける。
「『光の書』を手に入れた後、君は一足先に『真実の門』を開けるのだ。君も知ってのとおり、門は『星の文壇』の大講堂にある。一度開けてしまえば出入りは自由になるから、僕は後から入るよ」
「大統領が先に入らなくていいのか?」
「いいよ、僕は二番手で。この点、僕の目的は君と違うからね。
ところで、君はなぜ『真実の門』を目指すのだ?」
「それは、」
この閉塞された世界から出たい。
それだけだ。
この世界は混沌で満ちている。人を好きになること、人を愛すること、人を苦しめること、人を憎むこと、人を貶すこと、人を殴ること、人を叩くこと。無限にある命題が絡み合い、永遠にほどくことのできない結び目をつくっている。この世界は混沌としている。『真実の門』の向こうには世界の創造者がいる。創造者と会い、説得して、そしてシンプルな世界を築き上げるのだ。
単純さこそ全て
これが俺の願いだ。
「君の個人的な思惑は聞かないでおこう。プライバシーにかかわるからね」
大統領はぐいっとグラスを傾ける。
「話変わって、オッカム。この世界には何人のリジェクターがいると思う?」
「突然なんですか、大統領」
「話の前説だと思ってくればいい。答えは一人だ。正確には一人だった。そしてまた一人になる」
うろんな目線を大統領に送る。
「そんな目をしないでくれ。今の時代はね、文字通りの真正なリジェクターは事実上いないんだよ」
「先日の集会はいったいなんだったんだ」
「まぁまぁ。真正なリジェクターはいない。つまり、みんなアウェイカーさ。ただね、『語覚』にも程度の差はある。あの集会の実質はね、高位能力者に対立するためのアウェイカーによる反アウェイカー集会さ。君も知ってのとおり、『星の文壇』に加入するためには高い『語覚』能力が必要だ。僕は正真正銘の文壇メンバーだから、当然高位能力者だよ。非難される側の人間なのさ」
「えっ?」
「心配しなくていい。これは周知の事実だから。僕が集会でヤジを受けないのも、会場に多数のアウェイカーがいる証左になるね。
さて、前説はこれくらいにして、そろそろ本題に入ろうか」
大統領はソファーから立ち上がり、バーカウンターに座る俺に近づいてきた。
「『真実の門』を開けるには『光の書』の他に『闇の書』が必要である。今のオッカム君は『光の書』の手に入れ方も知らないし、そもそも『闇の書』を持っていない。
こうすると君の知りたかったことが一気にわかるよ」
大統領はジャケットから黒い箱のような文庫本を取り出し、俺の胸に押し当てた。ページの間から真っ黒な光が飛び出て、本は徐々に俺の中に入ってくる。
「がぁあああああああああ」
「ふふ、『闇の書』の物語を楽しんでくるといい、オッカム」
最後に見たものは、大統領の不敵な笑みとカウンターにおかれたグラスだった。
○
かつて「オッカム」と呼ばれ、そして今でも、これからも呼ばれ続ける男は『闇の書』へ続く「道」をひたすら走っていた。人には通れない空間を人には到底追いつけない速度で進む。躍動する身体とは対照的に頭は静かに醒めていた。
やがて「道」が終わり、男は『書斎』に降り立った。その『書斎』は明窓浄机の四字熟語が似合う部屋だ。部屋の中央にはよく磨かれた机があり、不自然なほど真っ黒に輝く本が置かれていた。
「よう、やっと来たな」
机の隣には別の男が立っていた。
「拒絶する者、リジェクター」
「そうとも呼ばれる。ただ今日はオッカムと名乗ろう」
「俺?」
「どうだ、ちょっと読んでみないか?」
男は真っ黒い本を指さす。
「どうだ、何か手がかりになるような物語は書かれていたか?」
「いや、今回も“悲劇”しか描かれていない」
○
大統領は自らウィスキーを注ぎ足し、カウンター席に腰掛ける。足下には男性の身体が転がっている。大統領はおもむろに携帯電話を取り出し、電話をかける。
「やぁ、AGN。元気だったかい?」
『元気じゃねぇよ。超過労働だよ、ブラックだよ、疲れたよ、死んじゃうよ』
「そこまで無駄口が叩けるんだから、元気じゃないか」
『そっちもどったら絶対に労働基準監督署へ行く。絶対に行くぞ。労働法を盾に経営者や管理職と名乗る人々と戦ってやる』
「その粋だよ。ところで状況は」
『関係者に作戦を伝えたぞ。なぁ、この作戦変えねぇか』
「なんでだい?」
『だって、この作戦だと俺が一番働くことになるじゃねぇか!』
「若者は働くべし」
『高級バーでブランデーを飲んでいる人に言われたくねぇ』
「ブランデーじゃなくてウィスキーだけどね」
『知るか!』
「この作戦がないと、とてもじゃないけれどオッカムは『星の文壇』に勝てないよ。なんせ、7対1だからね。いくら『カミソリ』の持ち主だって下準備をしないと無理だよ」
『仕方ねーな。俺の飲食、宿泊、雑費等々は経費で落とすから、いいよな。イヤと言わせないぞ』
「ご随意に」
『うんじゃ、仕事が残っているから切るな。じゃあな、大統領』
「働きに期待しているよ、AGN」
大統領はパチンと携帯電話を閉じてポケットに仕舞う。
「さてと」
床に転がっている人を見下ろす。
「そろそろ始めますか」
Between the Layers 6
「あぁああ、退屈だ」
「開始10文字で退屈というな」
「仕方なかろう。退屈なものは退屈なのだ」
本日何杯目かわからない紅茶をツヴァのカップに注ぐ。
「そのゲームはそんなにつまらないのかい?」
ツヴァの膝の上に乗っているゲーム機に目を向ける。
「私は別にこのゲームが退屈だとは言っていない」
「まさか、この物語が退屈なの!自分自身を登場しておいて!」
「はぁ、わかってないな。君の顔が退屈なのだよ」
「おい、作者の顔にケチをつけるな」
「君の顔を見ているとどうも退屈になるというか、ため息が出るというか」
「僕の顔について残念がるようなため息をだしてくれても全然うれしくないからね。
そもそも顔を出さないのが約束なんだから、僕の顔についてあれこれ言わないでくれ」
「そういえば、そういうルールだったな。退屈過ぎて忘れていたよ」
「退屈ねー。それで、ツヴァ、そのゲームおもしろいの?」
「これか」とツヴァは桃色のゲーム機をかかげる。
「そう、それ。それ何のゲームなの?」
「コスモス」
「えっと、宇宙をテーマにしたSFシミュレーションゲームなのかな」
「両親を幼い頃に亡くし、忍者になるために奉公生活を送りながら町の道場に通っていたら、有名な忍術学校の特待生試験を受けることになった忍者見習いを主人公にした恋愛ノベルゲーム」
「えっ?」
「ちなみにHシーンは無い」
「全年齢対象かよ!じゃなくて、『コスモス』との関係は!」
「初回限定版のパッケージ表紙に秋桜が描かれていた」
「ほとんど関係ないじゃん!!」
ツヴァは初回限定版を買ったってことかな。
「一つわからないことがあるんだけど」
「なに?」
「梓くんや椿くんや侑介くん、それに棗さんを攻略したんだけど」
ゲームの話か。
「この人たちはなぜ戦うシーンになると刀や手裏剣に変身するんだ?彼らはもとからそういう能力者なのか?」
何を言っているんだ?
「それとも、主人公の女の子に特殊な力があって、男の子を刀や手裏剣に変形させることができるのか?これでは、女の子は男の子を振り回したり投げたりすることになるが、見たところ残酷なゲームでもないようなのだ」
「ツヴァ、ちょっとそのゲームを貸して」
はい、とツヴァは桃色のゲーム機を手渡す。
カチカチと操作をしてみる。ゲームのUIはありふれたノベルゲームだった。アローキーで選択をし、Aボタンで決定する。ミニゲームではBダッシュもできる。
「あまり物語を進めるなよ」
はいはい、と心の中でつぶやく。
画面が切り替わるたびに、どこかに忍装束を身にまとったイケメン男子がいる。
「えっと、あれだ、擬人化ってやつだ。刀とか手裏剣とかを擬人化しているんだ」
「君の話だと、私・・・いやゲーム内の女の子は刀や手裏剣に恋をしていることになるが」
あまり難しいことを考えずにプレイしてくれればいいんだけどな。
「それがこのゲームの売りなんだよ」
桃色のゲーム機を持ち主に返す。
「なんだろ、例えばさこういうゲームもあってね」
僕は(なぜかこの世界に持ち込んだ)スマートフォンをポケットから取り出し、ゲームアプリを起動させる。
「擬人化の一つにね、駆逐艦とか重巡洋艦とか空母とかを擬人化した弾幕シミュレーションゲームがあってね」
ツヴァはスマートフォンの画面を覗き込む。
「君はこの子たちと恋をするのか?」
「いやー、恋愛シミュレーションじゃないからしないかな」
「この子たちは大砲や機関銃を撃ち、爆撃機に攻撃されながらも健気にこの中で戦っているのか。ひどいではないか」
「ソシャゲのキャラクターにそこまで感情移入するの!」
「この腕についている大砲はどうなっているんだ?背中のアンテナは?人間として形状が保たれるのか?」
「・・・もうこの話は止めよう。これ以上この話題を書き続けると、洛陽の紙価を下げるだけだから」
「そうだな。すまぬ、熱くなりすぎた」
「擬人化を生み出した日本文化に感謝だね」
「そうだな」
「日本文化、万歳!」
「擬人化、万歳!」
「ジャベリンちゃん、万歳!」
「梓くん、万歳!」
「綾波ちゃん、万歳!」
「椿くん、万歳!」
◯
「一体何の話をするはずだっけ?」
「オッカムが『闇の書』に接触した、これでよかろう」
「そうだね」
Part 3 へつづく