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あとがき『残された物語』 第十三人格:ヤギ郎 <Part 1-1>

あとがき『残された物語-作者と金髪美少女と共に』

▲Part 1-1

  Between the Layers 1

  リジェクター

Between the Layers 1


 白くもやのかかる空間を進むと大きな門が現れた。固く閉ざされている門の前にはレジャーシートが敷かれていて、その上に一人の少女が座っている。人形と見まがう少女はやや波打つ長い金髪を垂れ下げ、ゴシック調のドレスは咲いたばかりの花のように裾を大きく広げている。少女はかくっと顎をひいてうつむいている。まるで休止状態のロボットや精巧に出来たマネキンのようだ。少女の手には桃色の携帯ゲーム機が握られている。Aボタンを連打し、時折アローキーを操作するところが、少女を人間たらしめている。

「おーい、ツヴァー」

 肩にかけているボストンバッグをレジャーシートの上に起き、四つん這いになって少女に近づく。

 ぷつ、ぷつ。少女の白く艶やかな頬をつっつく。

「なんだね、君?」

「うぉお!」

 携帯ゲーム機を見つめたまま少女は話し出した。

「突然しゃべり出すなよ、びっくりするだろ。出て行った時から同じ体勢だったから、てっきり寝ているのか死んでいるのかと思ったよ」

「そうか、残念ながら私はまだ死んでいない」

 少女はゲーム機を見つめたままである。

「言われたものを買ってきたよ」

「そうか、なら早く準備したまえ」

 ボストンバッグを引き寄せ、中から小さなクーラーボックスと魔法瓶、ティーセットを取り出す。クーラーボックスの中には小さな白い箱が入っていた。それを慎重に箱を取り出し、箱の封を切る。封には「喫茶・ソイレント 消費期限:2019年2月22日」と印字されている。

「イチゴとフルーツの二種類あるんだけど、」

「イチゴ」

「はいはい」

 キャラクターに尻敷かれる作者ってどうなんだろうな。すごく残念な印象を受ける。

「変なことを考える暇があるなら手を動かしたまえ」

「はーい」

 持参したフォークとナイフを器用に使いながら箱からイチゴミルフィーユを取り出し、プレートにのせる。それをティーカップと共に少女の前に並べる。

「はい、どうぞ」

 少女は見向きもせずに「うむ」とうなずく。

「紅茶も入れるよ」

「うむ」

 真っ白なティーカップに琥珀色の液体が注がれる。

「召し上げれ」

 少女はゲーム機を膝に乗せたまま、紅茶に手を伸ばす。

「ねぇ、君」

「なに、ツヴァ」

 自分用のミルフィーユを皿に乗せる。ツヴァと同じイチゴ味。

「この紅茶、ちょっとぬるいぞ」

「仕方が無いだろ、魔法(・・)瓶なんて非科学的な名前なのに、魔法の効果が一切ないんだからな」

「お前は作者だろ。そこはリアリティにこだわらず、熱々の紅茶を出すべきだ」

「僕はね『作者』とはいえ13人いる内の一人だし、つまり他に12人も『作者』がいるんだよ。

 だいたい、何でキャラクターのために紅茶と銀座の高級ケーキを提供しなければならないんだ!」

「食べたいから?」

「疑問形かよ!!」

 金髪の美少女ことツヴァは我関知せずとでもいうようにミルフィーユにフォークを差し込み、一口味わう。

「おいしい」

 僕も一口含んでみる。

「本当だ、うまい。

 最初は日本橋のデパートを回ったんだけど売っていなくて、銀座まで出向いてやっと見つけたんだよ。はじめて行く店だから味の保証はできなかったけれど、美味しくて良かった」

「君が私の要望を答えるために足をパンパンにした話なんぞ聞きたくない」

「ひぃでぇー。

 銀座でケーキを買った後、直接ここに向かったんだけど、えっと、うーん」

「どうした?そのミルフィーユがまずいと言うのなら私が貰うぞ」

「いや、あげないからね。どうやってここまで来たのかな、と思って」

「どうせ銀座一丁目のGATEをくぐってきたのだろ」

「銀座一丁目にあるGATEをくぐって・・・いやいやいや、コミケの帰りじゃないんだから。そもそもなんでコミケ帰りのオタクが銀座にいるんだよ、アキバ行けよ。

 えっとですね、思い出してみると、銀座でケーキを買ったあと日本橋まで歩いて戻った。いや大手町だったかもしれない、もしかして新橋?

 まぁ、よく覚えていないけど、なんとかここまでたどり着いた」

「そうか。ご苦労だったな」

「ちょっと、そこはもうちょっと労ってよ」

「君、真面目に考えたまえ。自分で生み出したキャラクターに労って貰うとうれしいのか?喜ぶのか?それで満足するのか?」

「金髪美少女だったら・・・痛い痛い、フォークで刺さない」

「君の方こそ『痛い』わ」

「キャラクターに『痛い人』扱いされている」

「気づいたのだけどさ、君」

「なんだい、ツヴァ」

「君こそこの世で最も『痛い』人なんじゃないか」

「ツッコミは後でするから、とりあえず理由を教えて」

「この空間は物語の『作者』として君自身が創造した空間だ。間違いないね。その空間に自分自身を登場させ、そして趣味丸出しのキャラクターを登場させて慰めてもらっている。

 『痛い』以外に表現しようがない」

「ちょ、」

「確か、君、設定の段階で私の身長や体重、髪の色とつや、そして気になるところ(・・・・・・・)の大きさまで指定していたな。服装などといった見える(・・・)ところだけでなく、見えない(・・・・)ところまでこと細かに設定に書き込んでいて、」

「おい、」

「まして、CV(キャラクター・ボイス)の声優さんまで指定しているのだから、私が君の趣味嗜好の、」

「もうわかりました、君は僕の趣味であり、趣向です。認めます、はい。

 ただ一つだけ言わせてください。キャラクターというのは作者の趣味嗜好の現れです。自明なことで真理です!」

 なんだか疲れてきた。


「僕は『作者』と呼ばれている」

「作者は物語を紡ぐから『ウィーヴァー(紡ぐ者)』とか、13人目の作者だから聖書になぞらえて『裏切りの作者』とか、最後の作者だから『最後の作者(ラスト・ライター)』とか、(最後のはそのままだな、)君そう名乗るつもりではなかったか」

「やめてぇー、僕の黒歴史を掘り起こさないで。ちょっと出来心によるものです」

「たしか、キメ台詞とキメポーズも考えていたな。こういうことを総じてなんて言うんだっけ」

「ちょ、」

「そうだ、『厨二病』だ」


 ぬるい紅茶をちびちびとすする。

「まあ、まあ、そう気を落とすな」

「慰めてもらいたいから抱きついていい?」

「キモ」

「おい!キモいとはなんだ!」

「打ち間違えた、君」

「ちょっと待て、『君』をどう打ち間違えて『キモ』になるんだ。説明責任を果たせ」

「4台詞前を『キモ→君』に訂正していただきたい。ところで、黄身(きみ)

「今度は字が違う!僕は卵か!」

気味(きみ)

気味(ぎみ)が悪い、みたいに言うな!」

「それで、君」

「くだらない会話に9行くらい使ってしまったが、それでなんだ」

「いい加減に話の続きを」

「あ、はいはい。

 既述のとおり、僕は13人いる作者の13人目、最後の作者であり執筆者である。最終執筆者の役目は物語を終わらせることにある。大命を背負って執筆に取り掛かったのだが、終わらせることができなかった。そもそもどう手をつければいいのかちんぷんかんぷんだった。そこで、思い切ってこの物語の世界へ飛び込んでみることにした。一人では寂しいし、不慣れなので相棒として金髪の少女を召喚した。それがツヴァである」

「そうだったな。君がこの世界に降りてきた時の第一声は」

「『人間にとって小さな一歩だけど、』」

「(直前の台詞にかぶせて)残り3日でこの物語を終わらせなければならない。助けてくれ。助けてくれ、ツヴァー」

「・・・」

「君の情けない事情はわかった。それで、私は何をすればいいのだ」

「とりあえず、助けて」

「嫌だ」

「フルーツミルフィーユが残っているんだけど、これは僕がいただいちゃっていいよね」

「・・・だめ」

「それじゃ、」

「・・・少しくらい知恵を絞ってやる」


「そもそも君がさっさと脱稿しないからなのだ」

「無理なものは無理だ。さっそく聞くんだけどさ、今後の展開分かる?」

「知らん」

「えー。開始3000字で詰んだよ」

「私にはそんな仕様はない。仕方がないから解説を引き受けてやる。続きは君が書くのだぞ」

「解説?」

「そうだ、この混沌とした物語をいくらか整理すると先が見えてくるんじゃないか」

「そうだね。けど、うーん」

「何か不満でも?」

「13話1クール構成の作品と考えた時にね、最終回つまりこの(・・)回が説明回になるのはちょっと興醒めかな、と思って」

「クールとはフランス語を語源とした、放送における連続番組のひと区切りの単位である。一般に1クールは週1回で13回ある。」

「用語説明どうも。ってか、もうこれで説明回になっちゃってるのか」

「この物語が混沌としてものになってしまった原因は、この作品において監督、演出、シリーズ構成を担当する人がいなくて、脚本とプロデューサーしかいないことにある」

「アニメとしては破綻だね。まぁ、1クールできただけでも僥倖といえよう。だからって、最終回=説明回の説明にはならないよ」

「君、さきほどから説明ばかりしているよ」

「・・・確かに。どうしようかな・・・」

「この際だから、今回を総集編にしてお茶を濁すのもアリと思う」

「登場人物にしてキャラクターがそれを言っていいの。ただ、まぁ、仕方がないかな。適宜ツヴァの解説を入れながら総集編とするか」

「君ができるのであれば、新カットを入れればいいだろ」

「よし決まりだ。新カットを入れつつ、僕と君で解説を加えながら、最終シーンまで持っていこう!」

 ツヴァはミルフィーユのてっぺんに乗っていたイチゴをフォークで突き刺す。



リジェクター


「傾注!傾注!」

 立ち見客がいるほどにホールが人であふれかえっている。壇上にはハンチング帽を被った若い男がいる。彼のかけ声で熱気に満ちていた群衆が沈静化する。

「本日の集会にお集まりいただき、ありがとうございます。

 新聞などで報道されておりますが、我々リジェクター派は敵対勢力であるアウェイカー派に迫る勢いで成長を続けております。先の選挙では議会においてはアウェイカー派と同数を獲得することができました。これにより、今まで以上に我々の声が議会へ、そして世界へ伝えられることでしょう」

 演説者は水を一口含む。

「しかし、もう一度この世界政府の運営システムを思い出して欲しい。一体誰が意思決定権を持っているのか。一体誰の声で我々の生きる毎日が決まるのかを思い出して欲しい。

 そうです。

 『星の文壇』であります。

 少しばかり歴史の話をさせていただきたい。はじまりは有志による政府非公認の文学サロンだそうです。彼らに躍動力を与えたのは一冊の本『光の聖書(ビブリア・ルーメン)』であります。この本の力と、偶然にもカリスマ的存在が集まったことにより、政治結社へ、そして世界政府を樹立するにいたりました。

 『光の聖書(ビブリア・ルーメンス)』により多くの人がアウェイカーとなることができました。アウェイカーとは、いうまでもありません、特別な器官である『語感』を持ち、世界のあらゆるものに物語を認識する能力であります。

 この会場にもこの力をお持ちの方はいらっしゃると思います」

 演説者の言葉にフロアはざわざわと騒ぐ。まるで魔女狩りが始まる雰囲気だ。

「みなさん、みなさん。

 われわれの仲間は誰であるかを忘れないでください。そして敵が誰であるかを思い出してください。

 何かの能力、それが早く走ることであったり、数字をたくさん覚えることであったり、そして物語を認識する力であったり、この能力が足りないと感じることはないでしょうか。何かが欠けていると感じることはないでしょうか。

 我々は『語感』を持たない完全なるリジェクターの集団ではありません。語感を持とうと持たないと、世界を変えようと志す全ての人が我々の同志であり同胞でございます」

 語感を持つ者と持たない者同士の一触即発の状況から、互いに肩を組み合うほどの関係になっている。やはり、会場は演説者の一瀉千里とした語りに引きつけられている。

「先日、たいへん痛ましい事件が起こりました。過激リジェクター団体がアウェイカー資本の銀行と百貨店を襲撃しました。襲撃犯による銃の乱射と自爆が行われ、多数の死傷者を出しました。

 我々は彼らのような団体ではありません。

 我々は反アウェイカーであっても言葉で戦います」

 会場から大きな拍手が沸き起こった。

「さて、今回の集会の司会を任された者でありながら長々と話してしまいました。さっそくマイクを代表である大統領に譲りたいと思います。それでは大きな拍手で迎えましょう」

 鼓膜が破れんばかりの大きな拍手と指笛の音か会場内を響いた。ステージ袖から背広をきっちりと着た背の高い男が現れた。

「みなさま、みなさま、お集まりいただきありがとうございます。

 集会等でよく聞かれることですが、『なぜあなたは大統領と呼ばれているのか』と。毎度この話からはじめるので耳タコな人もいると思いますが、今回は記念集会ということで初参加の方もいらっしゃるのでお話したいと思います。ごめんね」

 大統領のお茶目な言葉に会場は笑う。

「先ほど司会者のお話で歴史の話題がありました。みなさまちゃんと聞いていましたね。彼も徹夜でスピーチ原稿を考えているのですから。

 我々のこの集会は、実は『星の文壇』の前身である政治結社の流れを汲んでおります。この集会の設立者は、後に世界政府の大統領にもなりますが、『星の文壇』とは別の自らが指導者となる政治団体を立ち上げました。その彼は『星の文壇』では「大統領」と呼ばれていたこと、そして実際に世界政府の大統領になったことから、この集会では代表を伝統的に「大統領」と呼ぶようになったのです。

 しかし、私はこれにもう一つの意味を感じております。それは多種多様な人々が集まって一つの正義を成し遂げる、その先頭に立つ人という意味です。私自身未だにみなさまの前に立派に立てているか内省する日々を送っておりますが、応援のほどよろしくお願いいたします」

 手の振り方から目線の方向、水を飲むタイミングまで、大統領の動き一つ一つが洗練されていて無駄がない。こういう人のことをカリスマというのだろうか。

「先ほども申し上げましたように、今回の集会から参加する方々が大勢いらっしゃいます。そこで、今日は小難しい主義主張や政策方針などの話を横において、身近な話をしたいと思います。

 まず、スクリーンをご覧ください」

 大統領の背後にある大きなスクリーンがピカッと光った。

「今月のカレンダーです。駅前の書店で買ったものをスキャンしました。

 だからなんだよ、って話ですよね。

 注目したいのはここです」

 スクリーンに映し出されたカレンダーの上部、今年の年号が書かれているところが赤い丸で囲まれた」

「今年は何年ですか、バカにするなって。そうです、今年は『聖書暦カレンダリオ・ビブリア79年』です。

 気になりませんかこの『聖書暦カレンダリオ・ビブリア』について。

 年号なんてなんだっていいだろう、と思うそこのあなた。しかしですね、カレンダーというのは侮れないものであります。

 みなさんにお聞きします。カレンダーを持ってない人いますか?」

 多くの手があがった。

「ありがとうございます。下ろして構いません。

 それでは、今日このスクリーンでカレンダーをはじめて見たという人いらっしゃいますか?

 誰もいませんね。これでカレンダーというものがどれだけ身近にあるものかよくわかりますね。みなさんのお手持ちの手帳やポータブル・デバイスのカレンダーアプリもあります。

 ここで私が主張したいのは、カレンダーを開くたびに『聖書暦カレンダリオ・ビブリア』を意識してしまうことです。さらに言えば、世界政府の誕生に合わせて始まった『聖書世紀ビブリア・センチュリー』、この世界政府の誕生のきっかけとなった『光の聖書(ビブリア・ルーメン)』の存在とアウェイカーとリジェクターの分断。これらのことを思い出してしまうのです。

 この分断を続ける意味はありません。終わりにしましょう。そのために我々は立ち上がるのです!」

 ゲリラ豪雨のような拍手を大統領は全身で浴びた。


 ○


「やぁ、オッカム君、調子はどうだい?」

「万全であります」

 演説を終えた大統領がステージ裏に入ってくる。肩をポンポンと叩かれた。

「僕の演説どうだった?しびれるでしょ」

「はい」

 大統領は俺の体をぐっと引き寄せ、耳元でささやいた。

「『闇の書』は既に手に入れている。「創世物語」にも細工をした。これで少しは『星の文壇』とは楽に戦えるだろう」

「必ず行けるんですね」

「ああ、『光の聖書(ビブリア・ルーメン)』と『闇の聖書』の両方をそろえば、『真実の門』は直ぐそこにある。必ずや君を向こうの世界へ送ってやろう」

 大統領はジャケットから取り出したもの胸に押し付けて、離れる。

「期待しているよ、『オッカムのカミソリ』に」

 大統領に渡されたものをみつめる。それは小さな卓上カレンダーだった。

 聖書暦カレンダリオ・ビブリア79年、西方暦2119年2月の面が開かれていた。


Part 1-2 へつづく

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