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忘章『欠片』 第十一人格:紫伊

 真昼の月が見えぬよう、物語の神ともいえる作者にも見えぬ人物がいる。彼らは登場人物たちと通行人Aとしてすれ違い、客Bとして喫茶店で斜め前に座る。あるいは噂の友人Cとしてや、アパートの下階の人Dとして登場する。彼らは物語に影響は与えず、作者からも認知されず忘れ去られていく。

 彼らは文字と共に匂い立った。文字という目で見て脳で読まれ、頁を行き来のできる文字文学には大勢の人物が登場し物語をより壮大に、奥深くした。同時に一瞬姿を見せ、行間に隠れ、頁の海に潜っていく人物も多く誕生した。彼らはその他大勢(モブ)と称され、誰にも記憶されない。しかし紙に刻み込まれた文字からは消えることはなく、本が開かれるたび彼らは読者の前に姿を現し、また頁の海に戻っていく。時代が下るにつれ、作家同士が言葉を、文字を通して影響を受けあい、物語は多数生まれた。それらの物語は部分的に重なり合い多層的に本の世界を形成していく。どんな物語も何かしらの影響を受けており、たった一つぽつねんと存在しているものはない。彼らは多層の本の頁の静謐な海を自由気ままに渡り歩いた。本の世界にやってくる読者を行間から眺めた。どの読者もたった一人で本の扉を開け、哲学の文字に腰掛け思案したり、下心の恋が真心の愛に変化する様に心ときめかせたり、文字の森を冒険したりと個々の楽しみ方をした。こちら側≪物語世界≫とあちら側≪現実世界≫は本を開いたときのみ繋がった。

 

 「あ、来た…来た、、、来た来た来た来た!やっと開いた!最っっっ(ディモールト・ベネ)よ!アッハッハッハ!」

 静謐な世界に侵す笑い声が響いた。声は黒々とした文字を払いのけ、物語を切り裂いた。どこにも属さない、純白で広大な物語の孤島が生まれ、そこに彼女は降り立った。


 彼女の放った小説は拡散され、「光の聖書(ビブリア・ルーメン)」が作られ、それを見た者たちは第6感<語覚>を手に入れた。彼らが見、作る物語は従来の物語とは全く違った。世界のあらゆるものに物語を知覚する能力が跋扈する語感世界に行間や文字との戯れはなくなり、音と色、匂いが溢れた。それは今までとは全く違う世界だった。


 小説世界が変わることにその他大勢(モブ)の意見は様々だった。静謐な世界を愛する者、新たな世界に興味津々なもの……、海を渡りその物語を見た者は言った。

「あれは刻まれる物語ではない。流動的で改変され、誰もが主役の物語だ。

―ゆえに文字として刻み込まれひっそりと世界を愉しむ我らの場所はない」

誰もが見ることのできる小説世界に見えない人物は不要だった。彼らは海の底で眠りについた。


 多くのものが眠りについた中、一人の少女は暗い海を漂っていた。少女は物語を愛し、物語を楽しむ人間を愛していた。どれだけ漂ったのだろう、ある時静かな小さな光を見つけた。光に吸い寄せられる虫のように彼女はそこを求めて泳いだ。

 たどり着いた先は文字の孤島だった。小さな島は黒々とした小さな文字で覆われていた。行間に潜り込むとそこは物音ひとつしない懐かしい本の世界の匂いがした。

 迷路のように入り組んで迷子になるのに、はまり込んでしまう魅力を持っている物語の森を彷徨っていると一心不乱に文字を綴る青年の姿が見えた。その手には普魯西青色(プルシアンブルー)の万年筆。その姿を見て少女は彼と話してみたいと思った。その他大勢(モブ)にとっての禁忌は物語世界の人物や読者に気付かれ、影響を与えてしまうことだ。そこにいるはずのないものが登場したら物語として破綻していく。だからこそ、どこにでも行けるものは、どこにも存在してはいけない。しかし、これは誰にも読まれない物語、しかも世界はこちら側≪物語世界≫とあちら側≪現実世界≫の境界が渾沌としている。禁忌と夢を天秤にかけ少女は決意した。

 少女は彼の物語に登場するその他大勢(モブ)の中の一人の少女の姿を借り、文字の上に立つ。凝り固まった体をほぐすため顔を上げた彼を見つめ少女は微笑みを浮かべ言った。

「貴方の描く物語、世界が大すきで、貴方は憧れの人です。貴方の横で物語の続きを見させてください。」


 青年はなにやら口の中でもごもごいい、大きく伸びをして首を回すと再び普魯西青色(プルシアンブルー)の万年筆を握りしめ、文字を綴り始めた。完成した物語しか目にしたことがない少女にとって文字とともに物語が生まれ出てくる瞬間は新鮮で面白く魅力的で時間を忘れ見つめ続けた。

 青年が書き疲れ倒れこむように寝ると、彼女はその物語の中を歩いた。物語の面白さはもちろん、あそこは青年が悩みに悩んで書いた所、あそこは楽しくてペンが滑るように進んでいったところ……、など新たな楽しみが生まれた。

 沈黙を破ったのは青年だった。先の展開に悩み筆は何日も止まったままだった。青年はふと顔を上げ少女に「君だったらどうする?」と尋ねた。少女は考えたこともない問いに思考が停止した。少女は自らが人の手によって作られた登場人物だと認識し、自ら物語を創作するなど夢にも思ったことがなかった。

「私は物語を歩くのは大好きですが、物語を書こうと思ったことは一度もありません」

口はカラカラ、創作される物語に関与してはいけないことはわかっている。

「でも、貴方の姿を、文字を見ていたら考えてみたくなりました」


 青年が書いている物語はとても断片的だった。人を食すことに愛と喜びを感じる女性の話、物語の伝道師の男の話……、どれも色が違う物語で引き付けられた。

「最初は頭に浮かぶ物語に夢中になった。これが僕の紡ぐ真実の物語だと思っていた。でも書いているうちにこれは誰の紡ぐ物語だかわからなくなった。こんな突拍子のないアイディアが僕一人の頭からこんこんと湧き出るはずがない。考え始めたら書けなくなってしまった」

「それでは物語の続きを書いてみるはどうでしょう」

「続き?」

「どれも面白くなるところで終わっているじゃないですか。彼らの人生はまだまだ続いていくのだからいったん書き留めた女性の話や男の話の続きを私は読みたいし、考えてみたいです。」

「その発想はなかった」


 少女と青年は彼らの未来について語り、青年が文字として書き留める。彼らの未来を創造することは壮大に、時にはわき道にそれながら進んでいく。<語覚>を持つアウェイカー同士の同士の戦いや、リジェクターたちの意思、敵同士の恋やサロン派の和やかな一面と激しい一面なども描かれた。様々な未来の欠片を紡ぎ、彼らは夢中で物語を刻んでいく。


 物語がひとつの終結を見せようとしたとき、彼は一度筆をおいた。

「この先は勢いで書いてはいけない気がする。いったん寝る」

青年は疲労がたまっていたのだろう、体を横たえた瞬間眠りについた。眠りを必要としない少女も青年の横で目を瞑った。


 「ないないないないないない!」

青年の悲鳴で少女は目を開いた。少女の目に飛び込んできたのは真っ白な世界だった。黒々とした文字はどこにもない。

「僕の物語が消えた……」

呆然として青年は座り込んだ。少女はここが改変される世界であることを思い出した。この物語もきっと誰かにとって都合が悪く、改変されたのだ。少女の胸に怒りがわいた。

「貴方の物語は私が守ります」

座り込む青年の頭を抱き少女は言った。

「どうやって? 物語はもうない」

「私の中には貴方と紡いだ物語が刻み込まれています」

「君の記憶も突然消えてしまうかもしれない。」

「私は人間ではないのです、それに貴方と私ならできると思うのです」

「どうして?」

「私は物語に影響を与えず、物語と読者を愉しむ登場人物です。私が好きなのは誰かの都合で改変される物語ではなく、選んだ道を進む物語です。貴方と彼らの未来を考えて改めて思いました。私は彼らの未来を見届けたい。だからこそ、改変される世界からまっすぐ進む世界に戻したいのです。」

「それは理想だけれど、世界に対抗する手段なんて持っていない」

「物語を紡いで改変も干渉もされない世界と人をつくることが、たくさんの物語を紡いできた貴方ならできるはずです。」

「物語を書く?」

「ええ。私は誰でもあり、誰でもない存在。作者からも忘れ去れられる空気のような存在です。だからこそ、貴方が私にキャラクターを与えてくれれば、私はその世界の人物になれるはずです。こんな渾沌とした世界なのですから、その他大勢(モブ)が主人公になったっておかしくないでしょう」

少女の言葉は理解できない。しかし少女は物語の先を何より見たがっていることは強く伝わってきた。

「私も物語に関わってしまったのだから、もう認識されないその他大勢(モブ)ではなくなってしまいました。物語が消えたよう、私も消えてしまうかもしれません。ずるいけれど、ここから先を描けるのは貴方だけです」

 そういって少女は暗い海に飛び込んだ。海を覗き込んだが真っ暗で何も見えない。

 何時間少女を探して海を彷徨っただろう。暗く冷たい海には何もなかった。孤島に戻り、青年は再び普魯西青色(プルシアンブルー)の万年筆を握りしめた。少女の話は突拍子もないけれど、青年の人生もなかなか突拍子もないことの連続だった。そして青年の一等の願いは文字に、物語に目を輝かせる少女に再び会い、物語の未来について語り合いたいということだった。


 改変されない物語、そうだ誰からも干渉されない存在として少女を描こう。少女には一度すべてを忘れさせる。何者からも少女を守るために、そして少女に物語が刻み込まれていると言う言葉を信じて。少女が持っている物語は世界を戻すための大きな鍵になるだろう。青年は暗い海に再び飛び込み、海底にものを生み出す。

そして新たな物語が生まれる。

「空間は生成色。少女を何かから守るように四方に固められた壁は、少女から何かを守るように張られた檻のようにも見える。」


 消えてしまった物語、読み込まれない物語はすべてを忘れてしまった少女の中に刻み込まれている。今は闇に閉ざされているが、目覚めの時はきっと近い。


皆様の個性が溢れ、読み返すほど迷子になる話を読んでいると気になる人物がたくさんいて、どう何を書こうか迷った結果、こうなりました。

イメージが伝わらないのでは、素敵な伏線を踏みつぶしてないかなどいろいろと不安はありますが、皆様なら広い心で読んでくれると信じています。


ここからどんな戦いと結末が待っているか楽しみにしています。

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