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第97話 白と黒の邂逅with青

「『ご無沙汰しております遠藤先生。僕が留守の間、園の皆は元気でした?』……ちょっと固いかな。もう少しフレンドリーに、『おはようございます! 遠藤先生。僕がいないと大変だったでしょう? 園の皆、僕がいない寂しさに涙する毎日だったのでは』……いや、これは流石にないなぁ」


 呼び鈴を鳴らして反応を待っている間、漢、山田は独り言のようにシミュレーションを繰り返していた。久しぶりのそろもん園はなんだか懐かしくて実家のような安心感を抱く一方、噂の新参者の存在が不安であることもまた事実であった。


「『え? 貴方が僕の代わりを? それはありがとうございました。どうでしたか? バスの運転だけではなく、整備も。整備と言えば園内の遊具だとか、勿論、子どもたちが安全に利用できるように常に目を光らせて……あぁ、いや失礼。僕がそうだったもので、貴方にそこまで求めるのは酷というものでしょうね。ハハハッ、でも安心してください! これからは僕がしっかりと勤めあげてみせますから。そこで提案なのですが、どうでしょう? 僕のアシスタントとして残られるというのは? ……え? 何ですか波留先生。……これ以上人員を増やすほどに余裕はない? なるほど。それは残念ですね。いやいやしかし、貴方が頑張ってくれたからこそ、そろもん幼稚園の皆が笑顔になることができたんです。誇ってください。不本意な結果となり大変恐縮ではございますが、何卒ご了承いただければ幸いです。貴方の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます』……これだな」


「お祈りメールかな?」


 突然忍び寄る怪しい影に気づくことすらなかった漢、山田は、背後から聴こえてきた聞き覚えのある声にビクリと肩を強張らせた。これまで幾度となく漢、山田をそろもん幼稚園から引き離し、あらぬ疑いをかけてくる割に、何度「この幼稚園の先生です」と答えても信じてくれない。そんな決していい思い出のない声だ。


「……(振り返ればヤツがいる)」 漢、山田はゴクリと息をのんだ。


 腰に銃を携えることを許されたお巡りさんは、朝早くからムフムフと気持ち悪い笑みを浮かべながら幼稚園の門をガシガシやっている『百歩譲っても不審者』である漢、山田を前にしても、臆することなく手慣れたように続ける。


「忙しそうなところ悪いんだけど、ちょっとお話聞かせていただけるかな?」


「い、いや、決して怪しいものでは……」


「うん。十分に怪しいね。朝から何やってんの? まだ八時前だよ?」


「以前も申し上げましたとおり、私はこの幼稚園の関係者でして……覚えていませんか?」


「でも呼び鈴鳴らしてましたよね? 身内の方なら、そんなことしないんじゃないかな~って本官は思う訳ですよ」


「久しぶりだったので少し気を遣ってですね」


「ん? 身内なのに『久しぶり』とは、一体どういうことですかな? 本官、気になります」


「……少しの間、海外出張に行ってまして」


「どおりで。その顔、久しぶりに見たような気がしたんですよぉ~」


「覚えてるんじゃないですか!! じゃあ知ってるでしょ? あの時もウチの波留先生が署まで来てくれて説明していたじゃないですか!」


「ハルセ……だと? まさか帝国軍人と繋がりがあるとは……クロユリは? クロユリとは繋がりは無いんですか? あれば是非とも本官に」


「何を言っとるんだアンタは」


……


「それで先ほど『海外出張』と言っていたが」


「ええ、陸路でスウェーデンの方へ」


 お巡りさんは耳に入った言葉の一つひとつを確認しながらメモにとっていく。手元のメモと漢、山田の顔を相互に見やる姿は、目の前の男、漢、山田が可笑しな、もといおかしな動きをみせればすぐにでも取り押さえる体勢に移すことができるよう、警戒の色を孕んでいた。


「ほう、それはいいですな。ええと『スウェーデン』『陸……』……ありえんでしょう。オタク、世界地図を見たことがありますかな? スウェーデンと言うのは日本からみて随分と遠くに」


「知ってます。というか『随分と遠く』って随分雑だなお巡りさんも」


「なにぃ!! 本官を愚弄するつもりか貴様ぁ!! 両手を頭の後ろで組んでそのままゆっくりと座るんだ!! 早くしろっ! 撃つぞこの野郎!」


「沸点が低すぎるっ!!」


 そろもん幼稚園は住宅街の一角にある幼稚園である。通勤時間帯ともなれば、それなりに人通りもあるというもの。早朝から長々と職務質問をされるムチンムチンした筋肉質な漢、山田とピリピリしたお巡りさんの姿に視線が集まるのも無理はない。


 唯一の救いは誰一人として足を止めることがなかったことだ。最も『面倒事には関わりたくない』といった無意識下の共通認識の賜物である訳であるだが、そのうち、一人でも『朝っぱらからゴリラが職務質問ナウww』なんて写真付きでSNSにあげちゃったりすると、それこそ一本の枯木に放った小さな火が、山火事的にあっという間に燃え広がる炎上案件にも昇華されるであろうから、この光景が拡散されなかったことは、そろもん幼稚園にとって奇跡と呼んで差し支えない状態といえよう。


 神の奇跡なんてものは、いつもしょうもないところで発揮される。


 ともあれ、幼稚園の門前でギャースカ騒がれては何かと具合が悪いのも事実である。何せ子どもたちが不安がる。子どもたちから話を聞いた親御さんから不安の声が出る可能性だってある。


それまで無言を貫いてきた玄関がおもむろにガチャリと音を立てて開かれ、中から一人の小男が顔を覗かせて「おはようございます」と他愛も無い挨拶を二人に贈った。


 色白小太り豚貴族男に対してお巡りさんは、それまでのいかめしい顔をクシャッと崩して挨拶を返した。「これはこれは平林のお坊ちゃん。朝から申し訳ございません。この不審な男が、どうしても坊ちゃんの園に入りたいと言ってるものですから……」と。


「不審な男? ……あっ貴方は昨晩の!」


「そ、そういう貴方は昨日の(やたらと色白でムチムチした小太りの)良い人! どうしてここに?」


「そういう(海人みたいな健康的褐色肌で筋肉達磨みたいな)貴方こそどうして? ……まさか」


「(そんなに逞しくない柔肌で)僕の後任? そ、そんな(どう見ても筋肉が足りていないじゃあないか)……」


「(脳味噌まで筋肉みたいな)貴方が僕の前任だったのですか?」


「……(失礼なことを言われている気がする)」


「……(失礼なことを言われている気がする。)」


「……(何だろう、本官が邪魔みたいな感じになっているような。正直もう帰りたいのだが。しかも市議会議員のバカ息子まで出てきやがって。どうせならあの、丸眼鏡でドジっ子属性っぽい佐藤先生みたいな可憐で守りたくなるような女性がオドオドしながら出てきてくれれば本官の……はぁはぁ、佐藤先生……好きだ)」


「……僕を、殴るんですか?」


「は?」


「なにぃ! お坊ちゃまに暴力を振るうのか貴様ぁ!」


「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」


「しかし貴方は『自分の後任の弁など聞く耳持たず、とりあえず殴ってわからせる』と……」


「なにぃ! お坊ちゃまに暴力を振るうのか貴様ぁ!」


「そこまで言ってない! 誇張するな誇張を!」


「人間というものは、お酒が入ると正直になるものです。……きっと、あの時あの時、貴方が抱いた後任者に対する明確な殺意は本気のものだったのでしょう」


「なにぃ! お坊ちゃまに暴力を振るうのか貴様ぁ!」


「そりゃあ貴方、言葉のアヤと言うヤツですよ! いい歳した大人(かつ漢)である僕がそんな野蛮なことをするはずがない。いいですか、幼稚園の先生というものは」


「なにぃ! お坊ちゃまに早く暴力を振るえよ貴様ぁ!」


「……」


「……」


「……ん?」


「え?」


「え?」


「……え? 本官なにかやっちゃいました?」

お巡りさん

→本田 官兵衛

 通称、本官



後書き その2


平林「漢山田おとこやまだ先生って珍しい苗字ですね」

山田「そうじゃない」


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