第96話 山田、幼稚園前でニヤける。
「ええ? 佐藤先生のお宅のエルフが?」 遠藤は佐藤の一言に思わず声を上げた。
「そうなんです……叔父が少し荒っぽい性格でして、いつもいつも「やめて!」って、「そんなことしたら壊れちゃう!」って言ってるのに止めないものだから、とうとう……」
「なんか卑猥!! 平林先生、聞きました? 佐藤先生が『「これ以上したら壊れちゃう」って言ってるのに止めてくれない叔父の乱暴な乗り方のせいで、変な癖がついちゃって、もう叔父以外は受けつけられないエルフ』の話をされているんですが」
「……トラックの話ですよね?」
「はい。トラックの話ですが何か? あれ? 平林先生……もしかして違う方のエルフを想像しちゃったんじゃ」
「朝から何を言ってんだコイツ!! すこぶるうざいんですが!?」
「遠藤先生の仰っている意味が私にはわからないのですが……平林先生ってトラックに興奮しちゃう異常性癖者さんなんですか?」
「いや違いますけど。というか佐藤先生、『異常性癖者』って流石に酷くないです? ……そんなことよりもボチボチ子どもたちを迎えに出る時間ですから、佐藤先生行きましょうよ」
「ええ……送迎バスに興奮しちゃう人と仕事するのはちょっと……」
「僕の話、ちゃんと聞いてました? トラックにもバスにも、それどころか乗り物の類いに興奮することはないですし、そもそも『異常性癖者』ではないですから」
「またまたぁ~」
「遠藤先生は黙っててください! もう! どうして波留先生がいない時に限ってこんなに絡んでくるんだ!」
「波留先生がいないからですよ?」
「ああ……」
……
日を追うごとに朝日が昇る時間はドンドン早くなっていく。出勤時間帯にいたっては、ほんの少し前まで夜中とも思える暗さであったものだが、最早、街灯すら必要ない。
大人になってからのなんとも言えない時の流れの早さを遠藤は身をもって体感していた。
とはいえ眠い。明るくても暗くても眠いものは眠い。
遠藤は考える。
(波留先生がいない。佐藤先生も異常性癖者も送迎バスで出払っている。今、園内には私一人だ。セオリー通りであれば掃除をするところではあるが、果たして、そんなに毎日掃除をする必要があるだろうか? 否、不要であろう(即答)。だったら何をすべきか……昨日まで終わっていない業務の続きを優先的にZZZZZ……)
寝た。
そんな平和なそろもん幼稚園の門前に一人の男が立っていた。
筋骨隆々。白い歯がキラリと光る漢、山田。その人である。『ようやく帰ってきたのだ』という思いに図らずも笑みが零れる。
長い、とても長い旅路であった。
食べるものが無いこともあった。何でもいいから腹に入れようとして口にした生水で尻の壁が決壊したこともあった。
寝る場所が無いので公園のベンチで寝ることもあった。深夜、屈強な男に囲まれて尻の壁を破られそうになることもあった。なんとか守り抜いた。
優しく声を掛けてくれたお姉さんに宿を借りることもあった。朝、起きたらお姉さんに薄らヒゲが生えていたこともあった。なんとか守り抜いた。
この旅路で多くの知り合いができた。皆、良い人たちだった。別れ際には必ず「次に会う機会があったら……」と僕の姿が見えなくなるまで尻に熱視線を送ってくれたものだ。
思い出すと恐怖で……じゃなくて感謝で涙が溢れてくる。
二度と行くか!!
山田は押し寄せる様々な想いを噛み締めがら幼稚園の呼び鈴を鳴らすのであった……
続く
後方、約三十メートルの地点。
警邏中のパトカーから送られる熱視線に山田は気づいていない。




