第93話 九藤教会の布袋ニャル子さん
ニャルラトホテプ
クトゥルフ系の一柱。外なる神々のメッセンジャーの役割をもった長身で浅黒い男。
ちなみに、あっちのニャル子さんは異星人設定である。
蝉の声はまだ聴こえてこないが、爽やかな日差しは初夏を感じさせるのには十分すぎる程に煌いていた。真白い雲が空の水色に映え、見上げれば季節の移り変わりを否が応でも認識させてくれるものだが、まぁ、働いていれば空を見上げるなんてこと、意識的に行うか、何かの拍子でもなければ行わないのが現実というものである。
そんな中にあって波留は、先日のギックリ腰の影響からか滞り始めた遠藤の業務をリカバリするべく、連日連夜に渡る業務で疲労困憊、睡眠不足、気づけば日中にウトウトしてしまうことも……
波留は困惑していた。
インターホン越しでは確かに『宅配便』と名乗っていた。玄関を開けてみれば目の前には全体的に白系統の色調に統一された美女の姿が。胸元フリルの上には、ちょこんと小さな銀のロザリオ、同じ色をした輝く滑らかな髪は気品と自信を惜しげもなく覗かせ、同性ながらに波留の目は奪われていた。
「どうも、九藤教会から参りました。『飛び出せ脳漿! 這いよる混沌!』布袋成子です。本日は我らが偉大なる指導者、九藤神父の代わりに洗脳に馳せ参じました。どうぞよろしく」
「……」
「波留先生? どうかされましたか?」
「……」
「どうも、九藤教会から参りました。『飛び出せ脳漿! 這いよる混沌!』布袋成子です。気軽にニャル子さんとお呼びください。本日は我らが偉大なる指導者、九藤神父の代わりに洗脳に馳せ参じました。どうぞよろしく」
「……」
「……? どうも、九藤教会かr」
「いや、聴こえていますよ? じゃなくて宅配……でもなくて、九藤教会? 布袋さん? えっと、初めましてですよね? というか、どこからツッコんでいいのやら」
「波留先生がお好きな穴にツッコんでいただければ」
「『穴』て!! ちょいちょいエグイな貴女」
……
透き通るような雰囲気の布袋は『手ぶらでお邪魔するのも失礼かと思いまして』と挨拶もそこそこに波留に箱に入ったナニカを手渡す。
「『はんごろし』にしました」
「はぁ? はん……」
「『はんごろし』です。九藤神父もお好きなんですよ? 『はんごろし』、いつも頼まれるのですっかり手慣れたものなんです。「お世話になっている来客があるから『はんごろし』にしてくれないか?」って」
「お世話になっているのに半殺しにするんですか!!」
「ええ。お客様も初めて目にしたとき驚かれるんですが、一度味わってみると『なかなかやるね』なんてお褒めの言葉を頂戴することもあるんですよ?」
「半殺しにされて喜ぶんだ。なんかすごいですね」
「この『はんごろし』も、五時に起きて仕込んだものですので……でも季節柄、冷蔵庫に入れておいてもらった方が日持ちはするかと」
「朝……半殺しにされたんですか……ちなみにどちらの(御方の残骸でしょうか)?」
「えっと、その辺の(スーパーの)ヤツですよ?」
「……ひぇ(素性もわからない御方を半殺しにしたのか)」
手渡されたナニカはズシリと重量感がある。波留はその重さをとても禍々しく感じた。一体、彼が何をヤッたというのであろうか。……というよりも、初めましての相手に対して目の前の銀髪美女は何故、そのような代物を渡すのであろうか? あれか? 「そろそろ幼稚園の敷地を明け渡さないと近いうちに貴女方も、このような目に……」みたいな脅しか?
と思う。
「美味しいですよ?」
「食べられるんですか!!」
「え? そりゃあ勿論。そのための『はんごろし』ですから。母方の家系が代々、娘にだけ『はんごろし』の秘伝を伝えてきたらしくってですね、そこがポイントなんですよ」
「……半殺しの秘伝って、なんかもう色々すごいですね」
「素手でやるんですけど」
「素手で殺るんですか!」
「え?」
「え?」
「『素手で』って何か他の方法があるんですか?」
「いや、知らないですよ! なんださっきから物騒な……」
「物騒ってなんですか、物騒って」
「何がって『はんごろし』の事じゃないですか!」
「え?」
「え?」
肉体的な疲労の影響もあってか、冷や汗のうえ、息も絶え絶えな波留の姿を見た布袋は、彼女が決して本調子ではないと今更ながらに察した。九藤神父からの事前情報によれば『波留先生はいつも冷静でとても落ち着いた大人の女性』と聞かされていただけに。加えて、そんな彼女は幼稚園の敷地を狙う九藤教会の存在を快く思っておらず正攻法では会ってすらもらえないので「宅配便でーす」とでも言って玄関を開けさせなさい。成子の『はんごろし』なら甘党が多い先生たちは話を聞いてくれるから。と聞かされていただけに。
波留を労うように布袋は言った。
「どうにも波留先生には誤解をされてしまったようですので今日の所は帰りたいと思います。でも私も子ども好きですから、そのうち一緒に『はんごろし』する機会でm」
「そんな機会があってたまるかっ! この脳漿炸裂サイコガールさんめっ!」
「えぇ……何そのネーミングセンス……えぇ……」
……
布袋が去った後、波留は玄関先に塩を撒き、ふと空を見上げた。そこには高く広がる青空と、一筋の飛行機雲が描かれているのであった。
「ああ、気づかなかった……もう春も終わりだなぁ」
春の終わりどころか初夏です。
働き過ぎには注意しましょう。
おはぎのことを「はんごろし」と呼び、おもちを「みなごろし」と呼びます。
◆使用例
・お料理教室
【おばあちゃんの『みなごろし』教室】
・スーパー
【『はんごろし』三割引き!!】
・お爺ちゃん
【ワシは三度の飯より『はんごろし』が好きでのう】
・ヤンキー
【おどりゃ! 『みなごろし』じゃい!!】