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第92話 おごそか幼稚園そろもんの波留先生

 いつも賑やかな幼稚園そろもんが、その日ばかりは厳かな空気に包まれていた。


 決して広いとはいえない敷地ではあるが、七十二名もの園児を受け入れるだけのキャパシティはある。万人がイメージする田舎の原風景にポツンと立つ平均的な御屋敷くらいには広い。近隣住人の興味を惹いたのは、その敷地を囲う塀の端から塀の端までのおおよそ三分の二に達する異様ともいえる長さを誇る黒光りした乗用車が我が物顔で停車していたからであった。とにかく長い。


 車の主人はとっくに降車していたが、車のサイズに見合うだけの人数の従者と、見るからに肉体派な厳つい顔のSPたちが、周囲の好奇な視線になんら臆することなく凛とした佇まいで堂々としている。皆一様に鼻が高い。すごく高い。というか長い。鼻が長い。


 園長の旧友が遊びに来る。なにやら海外の偉い方らしい。

 そんなノーヒントに近い情報しか与えられずに国賓クラスの超絶VIPを前に波留は襟を正して、お茶を出した。「お茶ですが」と盛大に噛み散らかした辺り、それなりに緊張しているのであろう。


 これがまさかの王族。『デブラ』という、何かどこかで聞いたことがあるような無い様な、とても微妙な国名を告げられたが、石油王みたいななりと自信満々な様子を前にそんな失礼な言葉を吐く訳にもいかず波留の緊張は加速する。


 王族といっても、そろもん幼稚園の児童と変わらない位の年齢で、初めて目にするのであろう日本のこじんまりとした空間づくりにキョロキョロと目を輝かせていた。


 無論、王族の子が一人で行動するわけもなく、この場には王族の秘書と思わしき眼鏡会社員風の男が二人、王子から目を離さない距離感で波留に挨拶を始めた。もちろん鼻は高い。長い。


「ありがとうございます。日本の綺麗な御方。私はデブラ王家に遣えるコロスと申します」

「同じくドン・サウザー」


「コロスとドン・サウザー……それはまたダイターンなお名前で」


「はい? ナニカおっしゃいましたかな?」 コロスの眼鏡がキラリと光る。


 やはり王族の側近という肩書は伊達ではないというところであろう。目の前の一般的な女性の言動、一挙手一投足すらも王子に危害を与えてはなるものかと眼光鋭く鼻を尖らせる。ここで波留の緊張はさらに高まる。


「あ、あああああにめ……そうアニメ! 日本に興味をお持ちだと伺いました! その日本のアニメなんて王子様もお好きだったり……」


「アニメ……、一国の王子にアニメですか……流石にそれはありません」


「で、ででですよねぇ! あに、アニメなんて高貴な御方はご覧になられたりしませんよねぇ! ははは……」


 波留の頬に一筋の汗が垂れた。冷や汗である。やたらと眼鏡を光らせているコロスという優男の大物プロデューサーばりの威圧感に加えて、口数の少ないドン・サウザーは懐に突っ込んだ右手をいつまでたっても抜き出さない。恐らくは何か、こう、銃的なものを掴んでいる風に見えて仕方がないのである。そりゃあ冷や汗も出る。


 緊張しっぱなしの波留を見かねてか、ため息混じりに同情する様な素振りで優男の方、コロスは波留に話しを振った。この旅行が実はある目的の下に実施されている視察であり、この幼稚園の園長が、その鍵となる情報を持っているのだとコロスは言う。


 仮に、ここに遠藤が居るのであれば、それなりに目を輝かせながら根ほり葉ほり話を聞いたりもするのであろう、しかし、残念ながら今の園には波留しかいない。佐藤と平林は今頃教室で子どもたちと王子の歓迎会の準備に勤しんでいるのであろう。遠藤はギックリ腰である。まさかの欠勤。ギックリ腰で欠勤。よりにもよって今日という日に限ってお休み。朝、波留宛に届いたメールには『ギックリ濃しだす。たすけてくだしあ』と書かれていた。その誤字っぷりに遠藤が直面している状況のヤバさがヒシヒシと伝わってきたのでケチを付ける訳にもいかなかった。波留の脳内は緊張のあまり徐々に熱がこもりだす。


「……そ、そうなんですか。ところで、そんな重そうな話を突然聞かされましても、私の緊張が解けるはずがないという事実には気づかれないんですか? 頭良さげ眼鏡な癖に配慮が欠けているのでは? それに先程から随分と上から目線が小慣れた様子でなんとも歯がゆい思いをしている私の殊勝な気持ちなんてミジンコ程にも感じられていないんでしょうね? わかります、わかりますとも王族ですもんね、王族。ブダラ? でしたっけ国の名前、あの、あそこでしょ? って知らんわそんな国!」


「……」

「……」


「……」


「はい? イマなんと? 日本語は他の国の言葉よりも難しく、早口を聞き取ることができないこともありまして」

「ウーム、同感である」


「し、失礼いたしました! ええとですね……要約しますと『園長先生が知っている鍵となる情報』ってなにかなぁ? なんて教えていただける訳ないですよねぇ。ハハッ何言ってんだ私ってね」


 一度、溜まった熱を吐き出してしまった波留は、急速に疲労感に包まれ、頭痛・肩こり・目の奥の痛み・全身の倦怠感に襲われ意気消沈してしまうのであったが、眼鏡は「貴女だけになら話しましょう」と、一体、今までのやりとりで絆が芽生える場面があったか? と思える言葉を発し、勝手に続けた。


「実は我々は国王の命に従い、一人の『男』を探しているのです。貴女方の上司であるところの園長先生は、その男に繋がる情報を持っているのだとか……」

「ウーム、コロス喋りすぎでは?」


 波留は思わず質問を投げかけた。その男とは一体どんな男なのかと……


「国王曰く、その『男』は奇妙なことに両手が右手の男だと……」


「やっぱりアニメじゃないか!! ええいエジプト行け! エジプトに!」


「ウーム、喋りすぎだぞコロス」


「さっきからうっさい! 一体なんなんだお前は! もっとちゃんと喋れ!! あと、なんで秘書にコロスとドン・サウザー? そこはギャリソン時田だろっ!」


「……」

「……」


「……」


「……早くて聞き取れませんでした」

「ウーム、同感であr」


「お前はメガノイドかっ!」




 一方その頃、遠藤は朝から微塵たりとも動けずにいた。


王子「初めまして、ニホンの皆さん。ンニ゛ャダヴァ=ヲヅヴィです」

園児「???? んにゃ????? だー……びー……だーびーくん!!」

園児「いや、おーびーくんだろ!!」


王子様、無事に同世代の友達に囲まれて、やいのやいの。


鼻が高い(長い)人たち、王子様が一般人と接触してオロオロ。

波留、とんでもないことをしてしまったとソワソワ。

遠藤、身動きできずプルプル。


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