表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/119

第88話 金魚草組のフルフルちゃん

フルフル

26の軍団を率いる序列34番目の伯爵

燃える尾、翼を持った鹿。召喚されたらとりあえず嘘をつく悪魔みたいな悪魔


 木箱の上に半畳ほどのベニヤを置いた簡素な作業台。


 冬眠明けで虚ろな目をした熊のように大きく丸みを帯びた背中、そのぽっちゃりとしたクリームパン染みた手の男に不釣り合いな細やかな木ネジや工具の類いが忙しなく並んでいた。

 

 平林は、片眼鏡型の拡大鏡で手元の小さな細工をじっくりと確認する。車軸の外された自動車の玩具は廃車置き場のソレのように寂しさを漂わせていたが、作業台を取り囲む男の子たちのまなこは、免許取り立て、生まれて初めてカーディーラーを訪れた幼い青年のように興味と感心を抱いていた。


 折れた車軸をお手製の車軸に付け替えて、タイヤを取り付ける前にムチンムチンした指先でくるくる回すと、内部の歯車がほのかに軽い重みを感じさせてくれる。その感触を確認した上で、最後にタイヤを取り付ける。


「ん~よしよし……」


 平林が拡大鏡を取り外しながら顔を持ち上げると子どもたちは一斉に「わぁ!」と歓声を挙げた。クリームパンにすっぽりと覆われる程の小さな車の玩具を手渡されたガミジンちゃんは、直視できない程に眩い笑顔を振り向けながら「ありがとうな! ひらばやし!」……礼を述べた。


「おう! でもあんまり無茶な遊び方しちゃ駄目だぞ!」


「わかってんよ! ひらばやし!」 手に取った車は、地面にタイヤを這わせてスムーズに進む。それこそ『いつも通り』であるのにもかかわらず、前輪部の車軸だけが新品で色も違う。そのことが何か特別なモノを手に入れたかのように思えて、何だか嬉しくて、ガミジンちゃんは大いに喜んだ。


 傍観者に徹していた男の子たちも尊敬の眼差しで平林を称える「すっげぇな! ひらばやし!」感嘆の声、そして「こんどはぼくのも! ひらばやし! ……いや、めかにっくまん!」とりあえず平林を持ち上げる。


「ただの『おやのすねかじり』『むのうなぶた』だとおもってた!」


「え、僕ってそんな風に思われてたの?」


 メカニックマン平林、爆誕である。


 ……


 メカニックマン平林の『玩具修理道場』は盛況であった。ほんの少し前までは、玩具が壊れると『確か誰かが直してくれていた』ような気がするけれど、なんだか記憶にモヤがかかっているようにハッキリと思い出せず『それはそうと、今は壊れっぱなしの玩具が山ほどあるじゃないか』と、あれもこれもと依頼が絶えることがない。 

 

 細工仕掛けの玩具から、ロケットを模した玩具のようにカラクリ的ギミックも何もそもそも中身もへったくれもなくて、落として割れてしまったようなもの、縫製が解れて目玉が取れたフランス人形、どこを探しても右足だけがどうしても見つからない着せ替え人形……等々


 流石に紛失してしまったパーツはどうすることもできないので、代替品で補うか、簡易なものであれば平林が削り出しで作ったりもした。それが『自分だけの特別な玩具』に昇華してくれるので、子らが喜んでくれることに平林自身、とても嬉しく思う反面、不思議で仕方がなかった。


 彼のこれまでの人生において、このような場面に出くわした場合、第一に脳裏に浮かぶのは『お金を出して買い替える』であった。いつも綺麗な状態のモノを手にしているので周囲からすれば『物持ちの良い子だ』『物を大切にする子だ』と何故か褒められていたと記憶している。


 買い替えるという行為に罪悪感を抱くことはなく、もっと言えば、汚れて使用感が出てしまったような状態のモノをいつも手にしていることの方が悪いことなのだ。とさえ思っていた。


 どんなに愛着の沸いた代物であったとしても迷うことなく買い替える。同じ物であるはずなのに綺麗な姿になって手元に帰ってくると何故だか途端に熱が冷める。平林は幼心に『そんなものなんだろう』と納得するしかなかった訳である。


 メカニックマン平林は、パカポコの千切れた紐を取り換えながらそんな昔のことを思いながら思わず苦笑いを浮かべてしまった。


 フルフルちゃんが平林の下へ依頼に来たのは、それからしばらくしてのことであった。子どもらしくない、思いつめた表情をしたフルフルちゃんは、懇願するように平林にお願いをする。


 フルフルちゃんの小さな手の中に収まっていたモノを目にして平林はギョッとした。


「……ハムスターかい?」 


 平林は確認するようにフルフルちゃんの目と手を交互に見返しながら優しく聴いた。「うごかなくなっちゃったの……なおせる?」泣き出しそうな表情でフルフルちゃんは聴き返す。


 きっと、そこには善悪なんてものは存在していなくて、有機物だとか無機物だとかそんな話でも勿論なくて、壊れた物を何でも直してくれる不思議な力を持った平林に対するシンプルなお願いなのであろう。


 平林にしてみてもそんなことはわかりきっていることである。


 ハムスターを受け取ると、それなりに長い時間フルフルちゃんの手の中にあったためか、温かい。でもそれは表面だけ。身体自体はすっかり硬直してしまっていて……


「……フルフルちゃん」


「なおせる?」


「……もし、この子を『なおせた』としても、きっと、その子は今までフルフルちゃんと一緒に遊んでくれていた子とは『違う子』になると思う。それでもいいかい?」 


 フルフルちゃんは言葉の意味が理解できなかった。理解できるようなできないような、漠然とした思考の中で、それでも大切な根っこの部分だけは感じ取り、首を左右に振ることで問いかけへの返答とした。目の前にいるこの子を『なおして』もらうのに、違う子になるなんてことがあるものか。そういった想いも浮かんでこそいたが、平林の真剣な眼差しを前にフルフルちゃんは、『避けることのできない受け入れ難い現実』なのだ、と察する。もっとも、幼児の思考が、そんな明確な言葉にできるほど整理されている訳もなく、ある種の絶望感にも似た諦めに近いものであった。


「……だったら、この子に『さよなら』って言ってあげないといけないよね。フルフルちゃんが一人で寂しいなら僕も一緒に『さよなら』って言ってあげるから。ね?」


 子どもが自分の言葉で涙を流してしまうというものは、どういう場面であれ辛いものだ。平林は思う。何の縁か因果か知らないけれど、なんとなく楽しそうな職場だと(ほぼ無給で)働いている『そろもん幼稚園』だけれど、なかなかどうして幼稚園の先生という仕事は大変なのだと。


 フルフルちゃんは、涙を懸命に堪えてクリームパンの上で目を瞑っているハムスターに言葉を掛けてあげる。きっと、フルフルちゃんの中で、別れを認めることができなかっただけなのであろう。諭されるように優しく背を押してもらいたかっただけなのかもしれない。


 その点に置いても、やはり子どもなので深くは考えていないのであろうけれど。


「い、いままでありがとう……ブラウンシュヴァイク・リューネブルク伯爵公……」


「(わぁ名前すっごい……)」


遠藤「メカニックマン。私も直してもらいたい玩具がありまして」

平林「もうメカニックマンで定着なんですね。別にいいですけど」

遠藤「ブリキのバイクなんですよね」

平林「へぇ、これまた年季の入った……あぁ動かなくなってますね」

遠藤「そうなんです。実は曽祖父から初めてもらった玩具で思い入れがありまして」

平林「なるほど」

遠藤「なんとかなりませんかね? なんだか懐かしくなっちゃって」

平林「うーん、部品交換すれば大丈夫そうですよ」

遠藤「こう、できれば中身はそのままにしておきたいんです。軋み一つひとつにも思い入れが……」

平林「だとすると、このままの状態が一番でしょうね。動かなくったって思い出はそのままですから」

遠藤「そこをなんとか」

平林「ええ……何故にそこまで?」

遠藤「完動品なら高いって先日の鑑定団で……」

平林「はぁ……」

遠藤「……」

平林「……え? 思い入れは?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ