第87話 『幼稚園の庭にダンジョンがぁ』的な話
非日常が持て囃されるのは、それが日常になるまでのほんの僅かな期間に過ぎない。人は非日常を日常と化すことで進歩という名の進化を絶えず繰り返している。スマートフォン然り、インターネット然り、電気も、活版印刷も、車輪だってそうだ。
そして、ダンジョンも……
世界同時多発的に現れた『地下ダンジョンへの入口』を人々は訝し気に思い、時の名だたる学者を筆頭に最新科学技術を惜しみなく費やした調査が行われたが、終ぞその正体を突き止めるには至らなかった。
原因は地下空間の異質な特性にある。
『地下へ潜る度に変わる構造』
『遭遇時生存率0%の非常に好戦的な未確認生物の存在』
人類が十年もの期間を経て、かつ大きな代償を払ったうえで得た情報は、ただのこれだけ。……ただのこれだけである。一方で、どうやらダンジョンにさえ潜らなければ、それまでの日常を過ごすことができるようなので、人々はそのことに安堵し、非日常は大きな日常という暗幕に覆われるように姿を消すことになった。
……その日が来るまでは。
日本に現れたダンジョンの上には、かつて小さな幼稚園が在ったのだという。ダンジョンの名と同じ名前を冠する幼稚園『ソロモン』……だが、そんなことは誰も覚えてはいない。人類で初めてダンジョンへと足を踏み入れ、消息を絶った彼らのことは、決して報じられず、騒がれず、しかし確かに存在していたはずの子どもたちと数人の大人。
五人の子どもと一人の大人。『ソロモン』から帰還した彼らは非公式に匿われ、それまで人類が得ることのできなかった多くの情報をもたらした。そのいずれもが隠蔽されたはずであったが、噂が噂を呼ぶ。
・どうやらダンジョン表層部は蟻の巣状になっているようだ。
・未確認生物の大多数は、巨大な『蟻』の姿をしている。
・『蟻』の身体は重火器の類をもってしても決して貫くことはできない。
・『蟻の巣』を越えた先には、さらに広い空間がある。
・その空間の空気に触れると『人智を超越した能力』が与えられる。
・それは腕力であったり、あるいは脚力、千里眼、柔軟性、超記憶、生還した子どもらにも特有の能力が備わっていたのだそうだ。
・地下ダンジョンの入口は丁度、巨大なピラミッドの天辺に相当し、潜れば潜る程に能力は高位に達する。
・ダンジョンに潜っている間は、著しく老化が鈍化する。そのため、彼らは数十年の時を経てもなお、子どもの姿をしている。
所詮『噂に過ぎない』と多くの人々は嘲笑したが、それでも一人、また一人と『ソロモン』への興味を持つ者が現れ始めたのも、また、事実であった。
それから数年の後、実際に『能力』を手に入れた者たちが地上への生還を次々と果たしていき、人類は次なるステージへと足を踏み入れることになる。
――――
――
「みたいな」
「……『みたいな』って、遠藤先生、よくそこまで妄想できますね、たかだか道路工事で。というか私と佐藤先生はどうなってるんですかソレ」
「……」
「おい遠藤?」
「でぇじょうぶだ! 龍の玉的なアレで生きけぇる!」
こうして波留の貴重な昼休みは、園の前で行われている道路工事の話から始まった遠藤の与太話に付き合うことで、今日も虚しく消化されたのであった。
平林「……あのぅ僕は?」
後書き その2
作業員A「なーんか地下に大穴あるっぽいんですけど、どうします?」
作業員B「あー、図面に載ってませんねぇ、なんだろ? 地下水?」
責任者S「そがな穴のこと聞いちょらん聞いちょらん。はよ埋めれ埋めれ!」
謎の地下空間。しばらく封印。