第86話 祖父とベリアルちゃん
ベリアル
80の軍団を率いる序列68番の王
ルシファーの次に創造された天使でミカエルよりも高い位階にあったと『自称』する悪魔
老若の差はあれど、幼稚園児のような年代の子にとって祖父母の存在は文字通り『グランド』なものである。対して祖父母は、最も身近な他人である『パパ』や『ママ』よりも好意をもってもらおうと、あの手この手を尽くして孫を構う。その姿は偶像を仰ぐ信奉者のようでいて傍目からすると困惑してしまうことも間々あるものだ。
ベリアルちゃんが自他共に認める『お爺ちゃん好き』となったのも、そのような爺工作の賜物なのであった。目に入れても痛くない程に溺愛している可愛い孫と手を繋いで仲睦まじく散歩している時間ともなれば、老い先短いその身が得も言われぬ多幸感に包まれる。
「おじいちゃん! おじいちゃん! あのおはなしきかせて!」
河合太助、御年七十七歳。人生最上の瞬間である。放って置けば熱したチーズのように蕩けてしまいそうな頬をキリリと引き締め、少しでも威厳をみせようと試みる。いつも、孫のベリアルちゃんが楽しそうに話をしてくれる幼稚園のお友達に『ウチの爺はすっげぇぞ!』と自慢してもらえることを期待して。
「ベリアルは本当に、あの話が好きだなぁ」
「うん! だからはよ!」
ではではコホンと咳払いをして、ワクワクしながら待つ孫の目を見据えながらニンマリを決め込み、ややして緩んだ頬を再び持ち上げる。
「姫騎士と獣魔兵団~愛。再び~」
「ちがう。それじゃない」
「とある王国の姫君は白百合のように真っ直ぐで、とても正義感の強い生娘でした。身体が弱く、しかし治世に優れた王たる父の右腕として、あらゆる場面において活躍し、多くの臣下、民たちの味方で有り続けるのでした……」
「それじゃないってば。っていうか『きむすめ』とかいってくれるな!」
太助は悪びれる様子もなくベリアルちゃんに説明を始める。
「お爺ちゃん、ここ最近、姫騎士にハマっててな。気品に溢れて気が強い。そこにはキチンとしたバックボーンがあってだな、アクセントにウチのお婆ちゃんみたいなアホ毛があるわけだ」
「やめて! おじいちゃんのそんなおはなし、ききたくない!」
「もちろん腕も立つ。最低条件だな。いっぱしの騎士よりも騎士らしく、けれどもどこか弱さを兼ね備えている。個人的には露出は少ない方が望ましい。気位の高い者は、やはりそういうものだと思う訳だな。ウチのお婆ちゃんみたいに」
「いちいちおばあちゃんをひきあいにださないで!」
「まぁ、お婆ちゃんは姫騎士じゃないんだけどな」
「……」
「……」
「……」
「……」
「しってるよ!! ふつうのおばあちゃんだよ!! いつも『かっぽうぎ』だよ!!」
「いやいや。今でも月に一回は、お婆ちゃんは『姫騎士』だぞ? くんずほぐれつ。これが意外とお婆ちゃんもノリノリでな。お爺ちゃんも触発されて、お婆ちゃんのアホ毛をだな」
「いやぁぁぁ」
「ほら、ベリアルのお友達のアスモデウスちゃんのお婆ちゃんおるじゃろ? この間の寄りあいでこの話をしたんだが『だったら老人会で騎士団を創ろうじゃないか』なんて話になってな! それはそれはノリノリだった。そうだ! ベリアルの幼稚園に騎士団一行で遊びに行くのも楽しいかもな!」
「やめろぅ!! こっちがはずかしい!」
……
なんだかんだ言いつつも、そんな太助のことが大好きなベリアルちゃんなのでした。
余談ではあるが、数か月後、何の変哲もない老人会が『騎士団』を名乗り出すというセンセーショナルなローカルニュースが報道されることになるが、それはまた別のお話。
老人会特有の口コミネットワークで年配層に中世騎士のコスプレ衣装が流行った結果、道行くお年寄りが鎖帷子を着込んでいるというカオスな状況が訪れることになるのも、それとはまた別のお話。