第83話 日雇い戦士300人がガチ目の悪魔5000体を包囲殲滅するだけの話
包囲・殲滅戦法
超ド級の戦上手にしてローマキラーであるハンニバル・バルガによるカンナエの戦いで2倍もの戦力差をひっくり返した戦法。綺麗に決まると気持ちいい。
昔々のお話。
悪魔と呼ばれる存在が跋扈し、人々を蹂躙していた世界にあって勇者エイリーン一行が訪れたその国もまた、間もなく大軍勢を率いた一柱の手に堕ちようとしているのであった。
権力を誇示するような豪奢な城の最上に鎮座する王に対して、胸の薄い賢者が進言する、
「賢明なる王よ、今は一刻も早く民と共にお逃げくだされ。殿は我らにお任せいただければ幾許かの猶予は得られることでしょう」
「……くだらぬ」 王は鼻であしらう。
彼女達は汎人類にとっての最後の切り札にして最大の戦力。
それでも超広域的な侵攻を続ける七十二柱の侵攻を止めることはできないでいた。
賢者カス=パールは、汎人類が悪魔の手から地上を取り戻すために必要なのは『一斉蜂起』であると勇者エイリーンに説いた。それまでの局所的な奮闘によって僅か少数の悪魔を駆逐する脳筋的手段ではストレス解消にこそなれども世界を救うことなど到底できない。
今は堪えるときである。世界の国々を回り、国境によって隔たれていた王達が手を結ぶことによって汎人類の力を結集させる。平地の覇者である人種も、森の民であるエルフ種も、地底の支配者であるドワーフ種も、言葉を持たない耳長種、最も神に近い存在とされる竜種、人の目には映らないエレメント種……それぞれの王へと説く。
それが勇者エイリーンたちの『今の目的』であった。
ここ、ベルスコー王国は人種の国であって、『暴力のベルスコー』が度重なる戦乱の果てに築いた非常に好戦的な国であった。大国への礎を築いたベルスコーは力による圧政を敷いた。その後において『暴君ベルスコー』と呼ばれる所以である。
ベルスコー王は迫りくる悪魔の軍勢に対して逃げの一手を進言する賢者を一蹴した。
「くだらぬよ。我らの精鋭をもってすれば悪魔なぞ恐るるに足らず! 逃げたければお主たちが先陣をきって逃げるがよい! 我らベルスコーの民に『逃』の文字は存在せぬ!」
「なにこの人。斬っていい?」 勇者は血の気が多い。
「駄目です!!」 賢者は気が強い。
賢者は逃げなかった。
敵対者を見つめるような強い視線を向けられてもなお、背を向けようとはしない。
「強情な女め、ならば見るがよい! 我が国が誇る精強なる兵どもを! アイリーンをここへ呼べい!」
「はっ、ここに」
「アイリーンよ! 主に与えた『新世界』より戦士を連れて参れ!」
「はっ!」
『新世界』とはベルスコー王が、子であるアイリーンに与えた特別区の呼び名である。新世界は、建国時の争乱によって鍛えられ、戦いの場にのみ生を感じることができる餓えた者たちの縄張りとなっていた。民たちにとっては恐れて近寄ることすら憚られる地域である。
その中でもアイリーンが特別に力を入れている猛者の中の猛者が集まる場所のことを『アイリーン地区』として、ベルスコー王にすら全貌が掴めない程の闇深さを抱えているのであった。
「『新世界のアイリーン地区』……なんだかとても触れてはいけない言霊を感じる。ねぇ、賢者である貴女もそう思わない?」
エイリーンは暑い訳でもないのに頬を垂れてくる汗に緊張を隠せない様子である。なにか得体の知れない恐怖のような、人が持つ業のような、漠然とした不安めいたものを感じていた。悪魔ではなく、それでも悪魔よりも悪魔染みた人の奈落を思わせるような……
「……」
それなりに場数は踏んできている。経験も積んだ。自分たちが強いという自負もあった。……その者たちを目にするまでは。
「ベルスコー王。お待たせいたしました。『新世界』は『アイリーン地区』より招集してきた猛者共でございます」
連れてきたのは、王の子としての自信と気品に溢れたアイリーンとは対照的な風体をした猛者と呼ばれる者たち。
賢者は顔を引きつらせながら指摘する。王の前にあって、その者達はあまりにも不遜すぎる。忠誠の欠片すらもうかがうことのできぬ輩を国の守護として使うには、あまりにも心許ないと。
「まぁまぁ落ち着きなさい賢者殿。彼らの目的は報酬なのだ。もっとも今となっては目的と手段の順序なんてものを彼らに問うことは無粋なのかもしれない。結局のところ、世の中、利害の一致ほどに信用のできるものはないのだよ」
「しかし、それではあまりにも……」
遮るようにアイリーンは続けた。
「そもそも、このアイリーンは彼らの素性はおろか、名すら知らぬ。アイリーン総合センターで募集を呼び掛けただけに過ぎぬのだからな」
「……アイリーン総合センター」
「だが、条件を付けた。上級ドヤに住みし者。それが彼らさ」
「……上級ドヤ」
「うへへへっ……」 上級ドヤの民たちは自慢げな表情を浮かべながら笑う。
『報酬次第で誰とでも戦ってやる』と言いたげな強者の風格。
『場所はどこでも構わない』と着古されて動きやすい軽装。
血と泥に塗れた刀剣は、ゲリラ戦を得意としているようにも思える。
自慢している訳でもないのに『ドヤドヤ』と聴こえてくる異常な空気感。
まともな王国兵士とは違い、ただただ相対した者を倒すことのみが求められ、また望む者達の姿。戦いの後に富や栄誉を欲するのではなく、名誉や威信を捧げるでもなく、生きる為に戦い、戦うために生きているような戦闘集団。
圧倒される二人を尻目にベルスコー王はアイリーンに問う。「悪魔の軍勢の数」そして、「戦う者の数」「勝つための戦略」あらかじめ準備していたかのようにアイリーンは饒舌に答えを述べ始める。
「当方、三百に対し敵方、約五千……」
「あっ」
「あっ」
「まず、中央にて敵方の侵攻を止めます。止めている間に兵を両翼に展開……」
「あっ」
「あっ」
「そのまま敵中央の真横と背後をつき、包囲網を完成させる。その名も包囲殲め」
「あかんて!!」
「ムリムリ!!」
「大丈夫。やれるやれる宦官も大丈夫って言ってたし」
「いやいやいやいや」
「三百で五千を包囲できる訳ないじゃないの!!」
「え? でも宦官が『方眼紙に書いてみたらイケた』って」
「方眼紙て!!」
「劉禅かお前は!!」
WIN ベルスコー王国軍 300
LOSE 悪魔の軍団 5000
なんか勝てた。