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第80話 桜組のアスタロトちゃん

アスタロト

40の軍団を率いる序列29番目の大公爵

竜または竜にまたがる者として現れる。口から耐え難い息を吐く悪魔(悪口かな?)


 好き嫌い。


 いい歳した大人が口にすれば顰蹙ひんしゅくを買うことは避けられないであろう主観による選り好み。アレルギー体質のような如何ともしがたい原因に起因するものでなければ、できることなら幼いうちに克服しておきたいものであろう。


 さて、ここに、みじん切り状態のピーマンを器用に選り分けるという「それ、逆に食べづらくない?」と問いたくなる食べ方をしているアスタロトちゃんがいる。


「……もう。ピーマンさんもアスタロトちゃんに食べてもらえなかったら哀しくて、夜、寝ている間に化けてでちゃうかもしれないよ~」


 下手すると想像力豊かな子どものトラウマにもなりかねない言動を遠藤はサラッとやってのける。決して恐怖を煽るような素振りではなく、あくまでも自ら食すことを促す絶妙なニュアンスである辺りは保母さんの面目躍如といったところであろう。


「ん゛に゛い゛や゛あ゛」


「(……一体どこから声が出ているんだろう)ね? だからしっかり食べないと」


 しかしながら、『食べることを拒否していれば大人は諦めてくれるであろう』という幼いながらも、これまで培ってきたアスタロトちゃんの経験則は、頑なにピーマンに手をつけることを拒み続ける。


 得てして、この段までやってくるとピーマンは瑞々しさを損ない、選り分けられることによって味はピーマン一色に染まり、冷えたピーマンの苦味はますます増すばかりなのであるから、アスタロトちゃんも退くに退けないのだ。


「だったら」 アスタロトちゃんは攻める。


「ん?」


「だったら、えんどうせんせーはたべられるの?」 攻めるといっても、この程度である。


 残念ながら遠藤、ピーマンは大の苦手。

 思わず、先程、自らが促した『夜中にピーマンに襲われる』シチュエーションをイメージしてしまう。

 

……


 深夜一時。

 照明を消した室内は月明かりが頼りなく差し込んでいるだけ。

 中古で購入した二ドア冷蔵庫の内部モーターが駆動する音が室内に低く響く。


 何故か寝つきが悪く、ベッド上で何度も何度も寝ては起きてを繰り返す。


「暑い……」 寝汗がひどい。頭が重い。意識が朦朧とする。


 いつまで経っても時計の針は一時をさしたまま。戻ることはなくても、進むことすらも感じられない。


 その時、ぞくりと首筋に冷たいナニカ感触が……


 蛞蝓なめくじのようにドロリとしたそれは曲線を描く細首にピタリと這うように……


「(ひぇ……)」 


 金縛りであろうか、体を起こすことができない。腕もやたらと重たく持ち上がらない。

 掌をズリズリと這わせながら、徐々に徐々に恐る恐る首筋へと移動させ、冷たく生臭いナニカに触れると、反射的に床へと掃い落とした。


 ピタンッ

 

 ナニカは抵抗する訳でなく、また、襲い掛かってくるでもなく、力尽きたかのようにフローリングに横たわる。


 暗がりの中、遠藤は目を薄めてソレを見やった……


 薄雲から顔を出した月は室内を薄白くナニカを照らし出した。




 ピーマンである。


 細切りにされた緑色のソレは、モゾモゾと身をよじり始め、寝返りを打つかのようにコロリと転がると、焦げ跡をピクピクと痙攣させ、あるはずの無い眼を見開き、ベッド上の人間を見つめ、上がるはずの無い悲鳴にも似た声を洩らした。


「ど……う……し……て……た……べ……て……く……れ……な……か……っ……た……の……」


……


「ね? よるにピーマンがでてくると『いやなかんじ』になるでしょ?」


「……す、すごく嫌だね。ごめんね、先生が浅はかだった」


 アスタロトちゃんは勝利を確信し『では、私はこれで』とばかりにみじん切りピーマンを片付けようと席を立つ。ターンエンドである。


 それでも遠藤は敗北を認めない。


「じ、じゃあ、例えば……アスタロトちゃんの好きな食べ物は?」 遠藤のターンである。


「プリン!」 即答。


「そっかぁ。それでね、プールいっぱいにプリンが有ったら嬉しい?」


 もしもプールいっぱいに好きなものがあったとするならば。

 

 ご褒美であるとか、大人になったらやってみたいことの筆答に挙がるような、いわゆる『プール仮定』である。


 果たして世の大人の内、幼き頃の夢であった『プール仮定』を実現させた人物がどれほど存在するのであろうか? そもそも存在しているのであれば話題になろう。正直に言えば、実現不可能ではないだろう。幾許かの金銭さえあれば、この手の妄想を実現することは可能だ。


 配管が大変なことになりそうだが、そこはさておき。


 無論、その他大勢の子どもと同様にアスタロトちゃんも夢物語のように思い浮かべる。そして頬の緩んだ満面の笑みで答える。


「うれしい! およぐ! およぎながらたべる!」


「ベットベトになるよ?」




 理想と現実のギャップ。

 夢から現実へのパイルドライバー。

 大人気ない大人の子供染みた言い回し。


 パックマンのようにバックバクとプリンを食べながら泳ぐアスタロトちゃんの妄想は、プリンにおける負のイメージ、要は『手に付いたらベトベトして不快』が全身に、かつ、実のところ『そんなに食べられない』という残念な妄想へと格下げされる。


「……ちょっといやだ」


「だよね? 何事にも程々ってことが大事なんだよ。ピーマンは夜中に出てくるものじゃないし、プリンはいつもの量が一番おいしいの。だから、ピーマンはここで食べちゃおう!」


「うん! ……ってだまされるか!」


「……ちっ」


 遠藤とアスタロトちゃんの攻防は続く。


平林「僕も昔、雑誌の広告を見て憧れたことがありますよ。万札風呂。全然楽しくなかったですけど」

遠藤「やったの? このボンボンめ……」

波留「なんて無駄なことを……」

佐藤「なんかお金に汚い人みたいですね……」


平林「結構な言い草ですね。……水着のコンパニオンを呼んだりしてですね」

遠藤「『どうだ明るくなったろう?』みたいな感じですかね」

波留「それだと風呂釜の中、全部燃えませんか?」

佐藤「いいんじゃないですか? 汚いお金でしょ?」


平林「(汚いお金て……)」


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