第7話 紅葉組のガミジンちゃん
ガミジン
30の軍団を率いる序列4番目の大侯爵
小さな馬の姿をしている。知識がありネクロマンシー能力を持つ悪魔
遠藤は疲れた顔をしている。退屈そうな……と表現した方が正しいのかもしれない。何せ仕事をしていない。職員室に戻ってきたかと思いきやドサリと腰を下ろして「聞いてくださいよ~」と言いたげにため息をついている。
「あのですね遠藤先生。ため息をつきたいのは私の方なんですが、わかってます?」
ため息が伝染して波留の一言を引き出すが、残念ながら遠藤の耳には届かない。それどころか自分に対して何か反応を示してくれているといった実に手前勝手な解釈のうえで波留の話を遮る。
「あ、波留先生。ちょうどよかった。聞いてくれます? 実はですね……」
「うーわ、人の話を聞かないどころか承諾してないのに自分の話を始めるなんて、常識無いわーこの娘」
波留が遠藤の言葉に『わざと』被せるようにして嫌味たらしく告げたのにも関わらず聞かない。というよりは効かない。遠藤には精神攻撃は効かないのだ(聖母だから)
「小さい子ってどうにも死生観が乏しいじゃないですかー?」
「死生観って、まーたそんな小難しい言い回しをする。どうにかならないんですか? 幼稚園の先生にとってかなりマイナスだと思いますけど」
「で、さっきですね……」
(あぁ、遠藤の耳には本当に私の声が届いていないんだなぁ。ちょっと悲しい)波留の心は少し傷つく。悪気がないことは明々白々であったとしても、へたすると私じゃなくて熊のぬいぐるみでも置いておけばいいんじゃなかろうか、そう思うと波留の目頭が途端に熱くなる。
「虫で遊んでいたんですよ。子供たちが。まあ虫っていっても蟻なんですけどね」
「へえー、アリなんじゃない? 蟻だけに」
「何をいっているんですか波留先生! 真面目に聞いてくださいよ!」
(こ、こいつ……どんな耳の構造してやがる)波留は遠藤の都合の良さに思わず呆れる。
「足で踏み潰していたんですよ。面白がって。あーいうのってやっぱり教育上よくはないじゃないですか?」
「まぁ良くはないでしょう。……確認するまでもないですけど遠藤先生、ちゃんと叱ったんですよね?」
その一言に遠藤はデスクをバン! と両手で叩き憤慨する。「当たり前じゃないですか! 馬鹿にしないでくださいよっ! 私だって教育者の端くれなんですからっ。まったく波留先生はわかってないなあ」
「はぁ、だったらまぁいいんですけど」(えぇ……なにこの娘。沸点低過ぎじゃない? 蟻を踏み潰すよりもこっちの方が心配だわぁ)
「そうしたらその子ったら『実験をやるんだから邪魔をしないでくれ』って言い返してきたんです。私、不思議に思いまして、聞いてみたんですよ。『実験って何をやるの?』って。返ってきた言葉にびっくりしちゃいましたよ」
遠藤の言葉を聞く一方の波留は仕事をしながら耳を傾けてあげていた。流石に相槌を打つくらいのことはしてあげないと可哀相だろうと。
「へぇ」
「はい」
「はっ?」
「はい?」
波留の作業の手が止まる。いくら興味がないとはいえ話をオチの前でやめられては流石に少しくらいは気になるというものであろう。
「いや、「はい?」じゃなくてですよ遠藤先生。その言葉に私はびっくりですよ! その子なんて言ったんですか? 気になるじゃないですか。そこまで言ったのなら最後まで教えてくださいよ」
そう返す波留が遠藤の顔に視線を移すと風船か何かの具合にぷっくりと頬を膨らませる遠藤の姿があった。実に幼稚なその仕草に『これぞ『幼稚』園の先生』なんて馬鹿話をするつもりもなく至って常識的な波留のコメントに遠藤が返す。
「いや、だって波留先生あんまり興味なさそうだったから、もういいやって思いまして……そうだそうだ、昨日の夜やってた居酒屋さん。この辺りだったじゃないですか? あの茶豆。美味しそうでしたよねぇ。今度行きませんか?」
……
……
……
「そうですね」(どうでもいい!!)
「じゃあ山田先生と佐藤先生の予定を確認しておかなきゃですね。善は急げって言いますし、早速聞いてきちゃいましょう! それではちょっと外しますね!」
先ほどまでのノッタリとした粘液の中で蠢く生き物のように重たい足取りであった遠藤はシャッと立ち上がり、ズバッと職員室を後にした。
「いや、あのう……実験って何?」