表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/119

第78話 ポーレン・シンプソンズ

 狐の嫁入り。お天道様がカンカンに日照っているのにも関わらずポツポツとどこからともなく雨が降り出す様子は、如何にも『狐に化かされた』かのような驚きをもたらせてくれる。

 

 しかしながら、これが落雷を運んでくるのであるとするならば、幻想的な狐狸の類いはどこへやら、青天の霹靂と、わざわざ災い染みた呼び方をするのであるからなんとも現金な話である。あまりにも強烈な炸裂音に流石の狐も嫁入りを中止する勢いであろう。


 ズビビビビビ……ズババババババ!

 スビビビビ……ズバババババン!


「(ズバババン?)遠藤先生、大丈夫ですか?」 波留は遠藤を心配して声をかける。


「あ゛い゛」


 ズビン……ズビビビビビ……ズバン!


 花粉症である。


 遠藤の鼻は赤く染まり、ウサギ並みに眼も赤い。頭もよく回っていないらしく、先程から受け答えがなんとも頼もしくない。そんな様子では仕事にならないであろうと誰もが思う所ではあるが、遠藤は強がる。


「わ゛、わ゛だじが休むと……仕事が回らないですからね」


「いや、そんなことないですけど」


「波留先生? 本音が漏れてますよ?」


「あれぇ? でもまぁ、どうせ遠藤先生覚えてないと思いますし」


「ええ……」


 ここぞとばかりに口が悪くなる波留である。


 職員室にはもう一人、鼻をズルズルと垂らしている男がいた。とはいっても遠藤のソレとは段違いな様子なので大した話ではないのであるが、鼻セレブを惜しげもなく使い倒すセレブな小太りは不思議そうに問いかける。


「それにしたって遠藤先生の症状は重いといいますか、酷いといますか……毎年こうなるんですか? 水木一郎みたいですね。ズバババババーみたいな」

 

 セレブタの問いかけに波留が答える。


「あ、そうだそうだ。林田先生。倉庫に来週のお遊戯会の衣装を置いていますので、サイズ確認してもらえません? スミマセン、遅くなっちゃって」


「そうそう! お遊戯会ですよお遊戯会! ……って全然僕の質問に答えてくれてないですし、その前に僕、林田じゃないですよ? 平林ですよ?」


 ズビズビズバババッ! ズビズババッア!


 職員室を出て倉庫へと向かった平林の背中が見えなくなるタイミングで、遠藤が波留に話かける。「そんなに平林先生のことを毛嫌いしなくてもよくないですか?」と言いたいのであろうが、朦朧とした意識では明瞭に伝えることができない。


「びら゛ばや゛じのごど、ぎら゛いです……バルぜんぜい」


「人をスペインの酒場みたいな名前で呼ばないでください。っていうか遠藤先生、もう大人しく病院に行った方がいいですよ? 本気で」


「えっ? 行ってないんですか! この状態で!」


「びょ゛う゛い゛ん゛ごわ゛い゛」


 波留曰く、遠藤は昔からそうなのだという。


 日常的にサボりを繰り返す割に、体調を崩せば崩すほどに責任感を振りかざして無理をする。そうすれば周囲から優しい言葉を掛けてもらえる的な打算に起因するものではなく、もっと根深く、言い換えれば『本音』の部分。


 別にそんなもの普段から隠しておく必要もないのだけれど、恐らく幼い頃からの癖なのであろう。根っからの真面目人間だからこそ常にサボることを考える。いざという時には率先して動くことができる遊軍としての位置づけでありたい。そういうことなのであろう。


「でも、どちらかといえば『日常的に真面目に働いて欲しい』と思うのですが……」


 佐藤の至極真っ当な意見に何の躊躇もなく頷き共感する波留であったが、ため息をつきながらもズビズバ鼻を鳴らし続ける遠藤について続けた。


「それだと私とキャラクターが被るから嫌なんだって。まったく……漫画やアニメの世界じゃあるまいし、真面目な人間がいくらいたって構いやしないのにね。馬鹿っていうか、馬鹿に真面目っていうか。損な役回りなのよ。この自称『聖母』様は」


 そんな波留の言い草に佐藤はクスリと笑って答えるのであった。


「相変わらず仲が良いんですね」


「腐れ縁ってヤツですよ」 ハニカミながら波留は言った。


 ズズズズズ……ズビビビビビ!


……


「いや! 病院には行くべきですよ? なんか良い話で場面転換しようとしてますけれど。見てくださいよ! 鼻真っ赤っかじゃないですか! 平林先生の鼻セレブ勝手に使っちゃってま……」


「あ゛ま゛い゛」


「だーーー! 食べ物じゃないですって! 波留先生も遠くを眺めてないで遠藤先生を止めてくださいよ!」


「……そうそう、お遊戯会といえばね。今回、小林先生には雷神様を演じてもらおうと思ってまして『その者、雲を模した冠に深緑の衣を纏い、地を這う獣を身に宿し、楽器を用いて裁きの雷を鳴らす』って、なかなかカッコよくないですか? 我ながら良いセンスしてるなぁとですね……」


「……波留先生? ……あっ!」


 佐藤は気づいた。遠藤の奇行にばかり目を奪われていたものの、よくよく見れば波留の顔色も熱を帯びているかのように紅潮している。そういえば言動もなにやらオカシイ。たまに毒を吐く程度の口の悪さはあるのだけれど、今日の波留は、それを隠すことすらしていなかった。


 本音がダダ洩れ。名前の言い間違え。突然の昔話。変な妄想。


 佐藤は考えた。実のところ、かろうじて意識を残している遠藤よりも自覚症状の乏しい波留の具合の方が不味い状態にあるのかもしれない。救急車を呼ぶか? いや待て、平林がいるではないか! そうだ平林に頼めばいいのだ。二人を病院まで連れて行ってくれと。


 ガラガラガラガラ。


「あっ、ひらばや……」


「佐藤先生どうです? 僕、全身タイツって初めて着用したんですが、なんだか恥ずかしいですよね。ちょっとお腹周りがデップリしちゃってるのも、ちょっとなぁ……あっ、でもこのカツラはいいですねぇ! 緑髪のパーマってどうかなぁって思ったんですが、思いの外お洒落だなぁ。このアコースティックギターと虎柄の腰布もワンポイントでキマッてると思いません? ひょっとしてトータルでみるとなかなかイケてるのでは?」


「……」


「……」


「ドリフッ!!!」






 佐藤は救急車を呼んだ。 

 波留。人生初の花粉症に味わう。


そういえば、ドリフ大爆笑の再放送はいつから無くなったのであろうか。

大人になった今なら、仲本工事・いかりや長介・高木ヴーの雷様コントを面白く感じることができるのであろうか……


火曜版サザエさんのOPが思い出せそうで思い出せないまま、僕達は今日を生きているのだ。



おしまい。



どんな締め方だ……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ