第74話 新進気鋭企業そろもん 代表取締役バルバトス(4歳)
バルバトス
30の軍団を率いる序列8番の公爵
4人の王を従えた狩人。動物の言葉が理解できるので大変羨ましい悪魔
就職活動解禁。
企業間で不公平がないように「よ~いドン」の掛け声と共に活況を迎える就活戦線。これから訪問する企業が、今後の生涯を捧げることになる『かもしれない』と考えると、一抹の不安を抱きつつも他者よりも先に好条件の求人を掴み取りたいと考えるのは極々普通の感性であろう。
「私、ここを受けてみるっ!」
そんな周囲の異様な熱に促される形で、遠藤学生も長い冬眠から覚めた熊のようにノソノソと活動を始めていた。こういった場面にあって、馬鹿は本当に行動が早い……もとい、悩まないし怯まない。手の中に理想と夢をギュルリと握りしめながらも、「あっ、これイイかも」と、ショッピング感覚で決めてしまう。
……
史上最年少上場達成。
それまでの最年少記録を易々と、それも大幅に更新した者たちが、現役幼稚園児なのだから驚きである。その名も株式会社そろもん。代表は勿論、経営幹部も主要幹部職のいずれも現役幼稚園児なのだという。
市場関係者が注目するこの企業ではあるが、就職活動最前線で戦う若者達は敬遠していた。やたらと平仮名の並ぶ求人票、不明瞭な事業内容、短い就業時間、ベンチャー企業なので創業年数が五年と浅いのは理解できるが、創業者であるはずのバルバトス氏の年齢が四歳である辺りの矛盾がどうにも理解できない。
有り体に言えば『怪しすぎる』というわけである。
その辺りのことを就職課の担当者が遠藤に、それとなく伝えたところ遠藤は一言。
「私、こう見えても子ども好きですから」
と答えたのであった。その屈託の無い爽やかな笑顔に就職課の担当者は『初めて来たお前のことなんて知らねぇよ! だったら保母さん目指せよっ!』と言い放ちたかったが、思うだけで何も言い返すことはなかった。面倒だし。
CHAPTER1 一次面接
いくら経営層が現役幼稚園児といっても、そこは上場企業の採用担当者。某コンサルファーム出身であることを時折会話に混ぜ込む系、シゴトデキルメガネマンが緊張のあまり、とても姿勢の良い遠藤にプレッシャーを掛けてくる。
「遠藤さんは『幼稚園児』が経営者と聞いて、どう思われますか?」
「はい。正直戸惑う気持ちもありますが、御社の他にも子どもが経営者をやっている事例を知っておりますので問題はございません」
「ほぉ。どのような会社です?」
「無敵ロボトライダーG7ですとか」
「トライダー……」
「あっ、失礼しました。竹尾ゼネラルカンパニーって言った方がわかりやすいですよね。アハハ……」
「竹尾……」
「ええ、それに有名な所であればマイトガイン、じゃなくて旋風寺コンツェルンなんかもそうですよね?」
「マイトガイン……」
……
「それでは遠藤さん。貴女が当社に入社してやってみたいことはなにかありますか?」
「……そうですねぇ。世の中を変えたいと考えています(平和を守る的な意味で)」
それまで遠藤に興味を持っていないような素振りを魅せていたコンサルファームメガネマンの眼鏡がキラリと光る。
「ほう。『世の中を変えたい』……ですか。それは当社の代表が常々口にしている事ではありますが、遠藤さんはそれを御存じで?」
「いえ! 知りませんでした!」
「……(そこはお前、せめてコーポレートサイト見て来いよ!)ああそうですか。それで、それはどのようなことを通じて達成できると考えますか?」
……
その後もなんやかんやあって遠藤は一次面接を合格した。
CHAPTER2 役員面接
役員面接では一次面接とは異なり事業部署の責任者と、より具体的な事業内容あるいは理念に共感できるか、などを計られる。上場企業を上場企業たらしめる度量を持った……
「手ぶらでお邪魔するのも気が引けまして、こちらつまらないものですが……」
「遠藤さんって言ったかね。正直いって困るんだよねぇ。こういう物を持ってこられて、採用されやすいなんて噂が流れるかもしれないじゃあないか」
「動物ビスケットです」
「……採用。頑張ってくれたまへ」
遠藤。就職戦線からの卒業決定。
CHAPTER3 入社
「は、初めましてっ! 遠藤と申しますっ! 右も左もわからない馬鹿者ではございますが、何卒ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたしますっ!」
ガチガチの遠藤を和やかな雰囲気で迎えてくれる先輩社員たち。優しい拍手と仕事人たちのほとばしる熱気の中で先輩社員が声をかける。
「よろしくなっ遠藤!」
「おお? この間まで新人でガッチガチだったヤツがえっらそうに~」
「止めてくださいよ~もう、あの頃の僕じゃあありませんから!」
「よ~し、よく言った! 今日は俺の驕りで飲みにいくぞ~(こどもビール)」
「おお!」
みたいな内輪の盛り上がりを魅せる営業第二課の面々を前に遠藤は『幼稚園児に呼び捨てにされるのは、ちょっと嫌だなぁ……』と思うのであった。
遠藤。営業部署に配属される。
CHAPTER4 営業同行
遠藤、先輩社員に同行し、生まれて初めての営業回りを行う。
「いいか、遠藤。今日は俺のやることをしっかりと見て勉強をするんだ。慣れてくれば一人でできるようになるからな」
「はいっ!」
遠藤の半分にも満たない身長の先輩がスーツとネクタイをピシっと決めて、外を歩く姿は堂々としたもので、すれ違う人々の視線を一身に集めていた。親子か歳の離れた兄弟にしか見えない二人は都会のビル群を抜け、電車に乗り、バスを乗り継ぎ、辿り着いたのは少し古めな住宅街。
「俺らの商売相手はお年寄りだ。……なあに、不安がることはない。何も騙して金をせしめようとしているのではない。これはwinwinなサービスなのさ」
「はぁ……」
……
「ぼく、おかしたべたい!」
「はいはい、ちょっと待っておいでね。……貴女、遠藤さんって言ったかしら?」
「はい。遠藤と申します」
品の良いお婆さんは、陽の当たる縁側で茶菓子をポリポリ、どこか遠くを見つめながら遠藤に語り出す。
「こうやって先輩社員さんが来てくれるようになってからね、『あ~、ウチの子もこんなに可愛らしい時期があったものね』と昔を懐かしむようになったの。それまでは、こんなに穏やかな気持ちになれることなんてなくて、今日や明日をどうやって暮らしていこうか。日に日に何事もなく過ぎていく時間が怖くってね。そんな時に株式会社そろもんの、先輩社員さんがお見えになってねぇ。こうやって私みたいな独居老人の相手をしてくださるものですから……なんていえばいいのかしら。『ああ、癒されるわぁ~』みたいな感じかしらね」
そんなお婆さんの満足気な表情と、先ほどまでのキリリと引き締まった表情を見事に砕いてフニフニな感じに変貌させた先輩社員のプロ営業っぷりに遠藤は大いに感動し、思う。
「(……え? 私、慣れたらこの営業回り一人でさせられるの?)」
「お婆ちゃん! おかしちょうだい! ……それはそうと、そろそろお時間ですが延長されますか?」
「……」
「……」
「……」
「三十分延長で!」
CHAPTER5 昇進
ひと世代前までは石にしがみついてでも会社に残ることが是とされていた。それは、企業文化としての終身雇用しかり、年功序列しかり。果たしてソレが正しい事なのかどうなのか、という論点はさておき、第二新卒という言葉が定着したことからも身の振り方を考えることができる行為そのもののハードルが下がっていることは間違いなく事実であろう。
早いもので、遠藤が株式会社そろもんに入社して半年が経過しようとしていた。彼女にとっては存外、営業職というものと相性がよかったらしく苦にはならなかった。与えられたノルマをそつなくこなし、右肩上がりの業績の一部を支えているという達成感に働くことの楽しさを噛み締めるまでに成長していた。
「私が第二営業課の課長ですか? 部長、アタマ大丈夫ですか? 入社半年の新卒ですよ?」
「君、上司に「アタマ大丈夫」なんて、よく言えるね……まぁいいや。新卒だけれども、たった半年で中核メンバーに値する活躍をしてくれていることは先輩社員からも報告を受けている。なあに、君ならやれるさ」
「そ、そんなこと急に言われましても……これまで頑張ってこられた皆さんを差し置いて昇進だなんて、不満に思われたりしないか私、不安です」
「そんな輩には動物ビスケットでも配ればいいさ」
「動物ビスケット……」
「そう、みんな大好き動物ビスケットだ!」
「カルシウムたっぷり?」
「動物ビスケット! っていうかね、君、年齢層が違うのよ。どうして幼稚園児に混じって大人が独居老人宅に訪問してお菓子ねだってんの? 普通に考えたらわかるでしょ? 遠藤くんの顧客だけ、お爺ちゃんに偏ってんのよ。ウチってそういう事業じゃないからさ」
「……」
遠藤、入社半年で営業二課長に昇進する。
同時に社会の理不尽さを痛感したのであった。
こうして前代未聞の幼稚園児ベンチャー企業に就職した一人の女性の四十年に渡る社会人生活が幕を開けた。
【言い訳】Q&A【逃げ口上】
Q.この話のオチは?
A.社会の理不尽さは社会に出て初めて知ることができるよ。みたいな
Q.なるほど、で、この話のオチは?
A.どんな会社も入ってみないとわからないものですね。みたいな
Q.オチは?
A.……社会人生活って長いよ。みたいな
Q.ねぇ、オチは?
A.……ないです。
Q.聞こえません。ハッキリと。
A.思いつきませんでした!!
Q.都合が悪くなると逆ギレですか?
A.仕方がないじゃあないですか!
Q.何が仕方ないんですか? オチの無い話が許されるとでも?
A.……
Q.ところどころネタが適当だとは思わなかったのですか?
A.それは思いました。
Q.……
A.……
おしまい