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第73話 九藤教会の褐色シスター那古さん

九藤くとう教会はクトゥルフ神話とは一切関係ない。

クトゥルフ神話とは関係ない!! いいね!!


 ほんのり光沢をもった褐色の肌が思わずカフェオレを連想させたのは、教会内が仄かに甘い香りに包まれていたためであろう。身廊に横たわるシスターが持つ銀髪は、銀というよりも透き通るような白色の絹をイメージさせる。


 ステンドグラスを通した陽の光は、彼女が倒れた拍子に舞い上がった小さな埃の粒子に乱反射し、入口扉に立つ平林の瞳に七色の光を魅せる。


 どんなに幻想的な光景であろうが、どんなに神秘的な空間であろうが、平林の目がソレに釘付けになったのは言うまでもない。


「……か、褐色肌に純白ガーターベルトですか……なるほど」


 平林氏、ここ数年で一番のキリリとした表情であった。


……


 その日、平林は波留より業務パシリを任されていた。「昨日(アポ無しで)やってきた九藤神父が(わざとらしく)忘れていったロザリオを返してくるように」というもの。急ぎという訳ではないが、恐らく「ロザリオを忘れたので」なんていう口実で、またやってくるに違いない。なので、こちらから叩き返してやれ。なのだそうだ。


 一日の大半を休憩時間に費やす(というかやることがない)平林に白羽の矢が立つのは当然と言えば当然であろう。なにせ人手が足りない。人手が足りないのに勝手にやってきては園児たちと勝手に遊んだ対価を要求してくる。波留が嫌うのも頷けるというものだ。


 ここぞとばかりに愚痴を吐く波留のいつもとは違う心痛に満ちた表情と理不尽への嘆きを面と向かって聴いた平林は心に誓った。「ここは男の俺がガツンと一言いってやろう」と。


 そんなこんなで鼻息を荒くした(若干豚面オークの)男は九藤教会に着くや否やノックをするでもなく勢いよく礼拝堂の扉を開け放ったわけである


……


「大丈夫ですか? お嬢さん」


 紳士な平林はしたたかに顔面を打ちつけたシスターにそそくさと近づき声をかけた。どうやら受け身すらとる余裕のなかったのであろう、シスターは鼻血をポタリポタリと垂らしながら涙目でモゴモゴと答えた。


「あたた……ごめんなさい。何せ、いつもは誰も近寄りもしない教会なのに急に扉が開いたものだから、私、驚いちゃって」


 ジェントルマン平林は胸ポケットに忍ばせたハンケチーフを取り出してシスターの鼻下にそっと差し出して憤慨する。


「そんな野蛮なヤツがいるんですかっ! 許せないヤツだっ! さぁ、お嬢さん。このハンケチをどうぞ」


「あっ、ありがとうございまフガフガ……」


「それにしても、この街にこんな素敵な場所があっただなんて……僕ぁ知らなかったなぁ……ちなみに僕の父は市長ですけど……ねっ!」


 シスターは受け取ったハンケチを鼻に宛がい天井を見るように首を逸らしながら平林の相手をする。


「はぁ。お偉い方なのですね。そして、そのご子息様もお優しい方でいらっしゃるようで」

「優しいだなんて!! そんなそんな!! ちなみにそのハンケチはイヴサンローランですけど……ねっ!」


 平林は謙遜するように物凄い勢いで首を振った。

 褐色のシスターは目に涙を溜めながら嬉しそうな声をあげる。天井を見上げたまま。


「まぁ! そんな高価そうな物を私なぞの為に……ああ、これも神の思し召しなのですね。この寂れた教会にこのような信徒を御導きくださるとは……もし可能でしたら是非ともご献金をお願いできませんでしょうか?」


「あい?」


「……ですから、あちらの盆に『少々の』ご寄付をお願いします」


 そう言い終えたシスターは、視線を平林に落とすと、うるんだ黄色の瞳から一筋の涙をするりと零した。ハンケチは血まみれである。


「いや、そう言われても……」


 渋る平林はシスターのすがるような視線から目を逸らす様に足下をみやった。


 少しの間、沈黙が続いた。

 

 平林の脳内には最早、当初の目的などありはしない。波留? 誰だぁそいつぁ! 状態である。


 ただただ『少しえっちな褐色ガーターベルトの銀髪シスターさんと二人っきり、しかも物欲しげな瞳には涙が浮かんでいるというR指定にジャンル変更可能ならはよして』という状況にあって、平常心を保つことだけで精一杯なのであった。


 そんな無音の空間にあって平林は視界の端に何かがゴソゴソと動くのを捉えた。


 先ほどまで修道服の下に隠れていた真白なストッキングが徐々に露わになっていくではないか! 

 平林は集中した。

 あの頃のように集中した。

 まともに視線を向けてしまえば流石に気づかれるであろう。目を動かさずに視線の端の方だけを見るようにするのだ! 首は決して動かさず、瞳が動くことを悟られることなく……


 するり、するりと万物の法則を無視するかのようにシスターの布地はめくり上がっていく。哀れな男が顔を紅潮させ、鼻息をブフゥブフゥ洩らし、甘い香りの中に薄らと血の匂いのする非日常に魅せられながらあり得ない妄想と現実に起きている現象の狭間にあって身体をガッチガチに硬直させているのを確認して……


 シスターは耳元でボソッと呟いた。


「き・ふ・し・て」

   

 

 


 

 このあと滅茶苦茶寄付した。


平林「もう……(お金が)出ません」

那古「あざっした!!」


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