第72話 卒業の季節とレラジエちゃん
レラジエ
30の軍団を率いる序列14番の侯爵
緑色の服を着た狩人。弓をもってとりあえず矢を放つ。射手座の悪魔
「春ねぇ……」
「はるですねぇ……」
夏は暑いとダラけ、冬は寒いとダラケる遠藤の春はノホホンとダラケる季節である。園の庭を掃除するという名目で、ちらりはらりと舞い散る桜を右に左にと掃いては風に巻かれ、掃いては風に巻かれのイタチごっこを繰り返して仕事をしているフリをする。
余寒を抱く春風の冷たさが適度に心地よく、ウトウトとしながら、掃きながら、さらには鼻提灯を膨らませるという名人芸を如何なく発揮しつつ、遠藤は興味本位で寄ってきたレラジエちゃんと会話する。
お気に入りの白みがかったオレンジ色したカチューシャで前髪をガッツリかき上げているレラジエちゃんは、そのスポーティな見た目程には勝ち気ではなく、どちらかといえば周囲の反応を気にする様な気の小ささであった。
「……(あれ? えんどうせんせい、めがあいてない。ねてるの?)えんどうせんせい?」
「卒業シーズンですねぇ……」
「え、あっ、はい。そぐちょうしーずん? ですねぇ……」
気の小ささ故に先生である遠藤にツッコむことができないでいた。
だったら、さっさとこの場を去ってしまえばいいものの、そこもやはり気の小ささ故に、何か申し訳ないような気がして離れられないでいる。万事休すである。
「卒業といえば……アレですねぇ。あおげば」
「そ、そぐちょう……あ、あおげば?」
「アオゲバトウトシ、我が死の怨ってね……」
「……なんだかおどろおどろしいですねぇ」
どうすればいいのかわからず右往左往するレラジエちゃんを尻目に、教室からは何やらガヤガヤと楽し気な声が聴こえてくる。ふと周囲を見回すと遠藤とレラジエちゃん以外に庭に誰にも出てはいなかった。
レラジエちゃんは心の底から思う。んで思わず口から洩れる。
「……わたしもみんなのところにいきたいんですがぁ」
「そうそう、春といえば」
寝惚けた遠藤の喋りは止まらない。
こんな大人なんて、放っておけばよいもののレラジエちゃんにはそれができない。何故なら気が小さいから。……せめて遠藤の目を覚ますことができれば、いやいやしかし叩いて起こすわけにはいくまい。さて、どうしたものか。
「……私も子どもの頃は「いつまでも寝てるな!」って怒られててね。ハハッ」
「おいおい、わろうとるで……このひと……」
少しだけ距離をとり、レラジエちゃんは遠藤に小石を投げた。勿論、下手投げでコツンと当てるくらいの優しさで。気が小さいから。
……反応がない。
遠藤がロボットのように掃き続ける進路上に蹲ってみる。ちょっと危険な懸けではあるが足を引っかけた拍子に目を覚ますかもしれない。
……直前で避けられた。『センサーでも付いてんのかコイツ』とレラジエちゃんは感心する。というか全くもって掃けてないのは一体どういうことなのか、遠藤のやっていることに何か意味があるのであろうか。幼心に不思議が募る。
盛り上がりを魅せる教室。静まり返るお掃除ロボ遠藤周辺。どうすればいいのかわからずソワソワするレラジエちゃんは頭を抱えた。気の小ささだけではない、このまま一人(遠藤いるけど)で世界から取り残されてしまうのではないかというお子様ならではの、えらく極端な不安や恐怖。孤独感。その諸々が言葉となってポロリと零れた。
「……もうだめだ、おしまいだぁ」
「ハッ! 王子っ!」
遠藤目覚める。
遠藤「なんだ、夢か……zzz」
レラジエちゃん「……だめなおとなだ」
レラジエちゃんのかしこさが1上がった。