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第71話 メタトロンと何の脈絡もなく唐突に始まる最初の話

メタトロン

36対の翼と36万の目を持つ凄い天使。72の異名を持つ。

顔は太陽よりも眩しい(フェイスフラッシュ?)


 今より遥か昔。

 当たり前のように存在している物理法則のことわりが確立される前の世界。

 火を起こす行為そのものが、言霊と一定の所作によって実現される世界。


 そんな世にあっても人々の営みは集落あるいは街、都と共に成立していた。権力者は己の地位を誇示するように大きな力を行使するための所作をかくまい、自らの血筋にのみ託すことで『力』の優位を保ち、これをもって他者を支配した。

 

 支配される立場の者達は、王族貴族の成り立ちに対し、当初こそ不満を漏らしていたが、争いの無い平和な世代を重ねることで、次第にそのような想いを抱くことすら無くなっていた。

 その強大なる『力』が、人類に悪意を持った者達への唯一無二の対抗手段であることなど、平地の支配者として君臨し続けていた人々は知る由も無い。


 ……異変はいつも静かに訪れる。


 世界各地に点在している村々、その中にあって特筆すべき点のないありふれた一つ。多くの人が名前すら知らない地方であるのと同時に、少女にとってもその村だけが己の知る世界の全てであった。


 その少女はエイリーンと呼ばれていた。明るく笑顔を絶やさないことだけが取り柄のドジっ子。日課の水汲みに出かけたのに肝心の桶を忘れてみたり、魚を焼けば焦がしたり、魚を野良猫に盗られて裸足で追いかける陽気さと、それを皆に笑われる人望の厚さを兼ね備えたりしていた。


 その日、エイリーンは森の中で太陽から現れた異形の者に目を奪われていた。

綿毛のようなふわふわとした、それでいて威厳を放つ大鷲の翼を持った、自身よりも少しだけ年齢が上の男。

桃色の木の葉が風に乗ってヒラリヒラリと宙を漂う姿にも似た美しさに思わずエイリーンは声を上げた。


「あの、その……言いづらいのですが、年頃の乙女の面前に裸で現れるのはいかがかと思うのですが……最近、規制とか厳しいところもありますし。まぁ隠す物が無いのなら、せめて木の影とかに隠れてもらえませんか?」


「……」 


 天使は仕方がないのでスゥっと地に降り立ち、エイリーンの視線から身体が隠れることのできそうな程度の丁度よい樹木を探し、身を寄せ、頭をひょっこり覗かせて語り始める。


「よいか人の子よ。これよr」


「見えてますっ! 大事なところもひょっこり見えてますっ! 隠し方が甘いんですって! もっと腰を引いて、身を乗り出す形で!」


 天使は諸々の位置を調整した。


「これでよいか人の子よ? これよr」


「自己紹介は?」


「……」


「礼儀でしょう? ヨツンヴァイン(村の幼子)ですらそれくらいのマナーを心得ています。辺境の村の娘だからって馬鹿にしないで!」


 天使はため息の後、しぶしぶ名乗る。


「……メタトロンです。これでよいか人の子よ? これよr」 


「態度っ! それが初対面の人に対する接しかた? 冗談でしょう? メガトロンさん。貴方ってアレでしょう。面接の時にドアノックの回数にこだわらないタイプでしょう? ノック二回はトイレ、場合によってはそれだけで不採用が決まることもあるってモラールさん(村のおばさん)が言ってたわ」


「おまっ……ゲフンゲフン」


 メタトロンは口から洩れかけた実は(野太い地)声をグビリと飲み込んで気を静めた。偉大なる我らが神の啓示を、地上の子に伝えるという歴史に名が残る程の大業をこなすには平常心を保つことが何より必要であると改めて認識した。


 それにしてもエイリーンは自らの態度を顧みない。自分自身もメタトロンと初対面であるのにも関わらず、結構失礼な言い草になっていることに気づかない。……でも『ドジっ子だから』仕方がない。仕方がないのである。

 唇を力いっぱい噛み締めた後、メタトロンは改めて告げる。

 

「……人の子よ。よく聞け……聞いてください。これより数ヶ月後、世界に破滅をもたらさんとする悪魔の群れが地の獄より姿を現すであろ……現れます。あと、私の名前はメガトロンではなくメタトロンで、ノックの件は概ね都市伝説である。そんなマナーの事を考えるくらいなら『自分を物に例えたら?』の質問に対して『潤滑油』以外の回答を考えるようにするがよい」 


 エイリーンは唐突に聞かされたメタトロンの言葉を理解できないでいた。急にそんなことを言われても、だからと言って、そんなことを言われたって、一体どうすれば……それでも初めて会った男の、メタトロンの言葉にはどこか嘘がないような気がしてならない。


「私なんかにそんな大きなことを言われたところで、何ができるっていうの? せいぜい村の皆に伝えることくらいしか……あと『潤滑油』って組織を歯車に見立てた時に都合がいいような気がするのだけれども、コミュニケーションってやっぱり大事なことだと思うし」


 困惑の表情を浮かべるエイリーンに対して無表情を貫くメタトロンは結論だけを突きつける。それが果たして、どれ程の困難を極めることであるか、彼女の人生の全てを費やしても成し得ない可能性すらあることには触れることなく。


「……エイリーンよ。お主が世界を救うのだ。それが神からの啓示の全てである。……組織を歯車と仮定しておるのに、その歯車になろうとすらせず、使い捨ての『潤滑油』であるという考え方自体が最早、前時代的であるといえよう。歯車が上手く噛み合い、回ることで、果たして何が動くというのか、物事の一部を見るのではない。俯瞰して全体を見るのだ。さすれば『歯車』が如何に重要な存在であるかわかろうというものだ」


 森の中を強い風がザァっと吹き抜ける。木々は騒めき草が躍る。エイリーンの……たった今のいままで誰という訳でもない世界の果ての唯一人の人間に過ぎなかった少女の胸がザワめき、強い鼓動をかき鳴らした。


「わ……私が救う。……あと『歯車』がそんなにも重要な位置づけだなんて……世界を、世界は、私の知らないことで満ち溢れているのね! この目で見て、この目で確かめて、私は初めて『本当の私』になれるのかもしれない! メガトロン! 私、やってみる! 自分探し(と世界を救う)旅!」


 メタトロンは思いました。自分を探すために海外を旅する人達がいるけれど、そもそも自分探しの旅ってなんだろう。どうしてインド辺りに『本当の自分』がいると思ったのであろうか……と。






 こうして伝説は始まった。

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