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第69話 酒と山田と男とガミジンちゃん

 寒風吹きすさぶ中、一人の男がこの街へやってきた。

そろもんに『ある男』の手掛かりを求めてやってきた。

 砂粒すら入り込む隙間もない程の糸目にパーマがかったボサボサ頭。長年愛用しているのであろう茶けたコート、くたびれた背広に青いネクタイ。傍目に定年が近いように思わせるのはクッキリと刻まれた口元の皺と猫のように曲がった背筋のためか。


 侵入者を拒むように閉ざされた園の門前で、雪童の如く駆け回る園児たちを見やって男は笑みを浮かべた。そのただならぬ雰囲気に幾人かの子どもらがチラリ、チラリと視線を送る。


「おじちゃん、へんしつしゃ? それともへんたい? どっち?」


 そろもんの切り込み隊長こと、ガミジンちゃんは臆することなく問いかけた。変質者であれば警察に届け出なければならぬ。あるいは変態であったとすれば……やはり警察に届ける必要があるであろう。どちらにしても、子どもをじぃっと眺めてムフムフにやけ笑うような輩がまともな訳があるまい。


 ガミジンちゃんはそう考えた。

 

 男は少しだけ唸ると目の前のお子様にも分かるような言葉で答える。あまりにも怖がっていないガミジンちゃんの不安を煽るような口振りで。


「そうだねぇ坊や。おじさんは変質者でもあり変態でもあるんだ。わかるかい? 今すぐにでも君のことを食べてしまいたいくらいなんだ。……こんなおじさんを見つけた時はどうすればいいか、賢い君にはわかるよね?」


「あ~……」


 ガミジンちゃんは男の言葉を受け取ると慌てて駆けだした。恐らく自分の身に迫った危険を理解し、大人に助けを求めるため……『あの男』の関係者を呼びに行ったのであろう。男はそう確信して胸ポケットから取り出したパイポを口にあてがった。


 雨であろうが風であろうが、カンカン照りの陽射しであろうが、その男にとっては『外で待ち続ける』という行為が苦になることはなかった。ある種の職業病であろうか。数日間に渡り、一定の場所で待ち続けるということもあった。それでも男の蛇のような眼は狙った対象物が動き出すのをただただひたすらに待ち続けることができた。


 程なくしてガミジンちゃんがトテトテと駆け足で門前に戻ってきた。手には何やら荷物を抱えて。……そして門越しにそれらを差し出す。


「はい、コレ」


「おや、コレ、おじさんにくれるのかい? いやぁ~嬉しいねぇ。……『さきいか』て。また渋いオヤツを持っていたもんだ。坊や、コレは『先生』から貰ってきたのかい?」


「コレも!」


 小さな手が頼りなく握っていたのは何やらガラス瓶。お湯が入っているらしくホカホカと湯気が立ち上っていた。子どもの腕力ではさぞかし不安定で重かったのであろう、ガミジンちゃんの衣服に水滴がチラホラと飛び散ったような跡が残されていた。


 男は選択の余地もなく、今にも放り出されそうなガラス瓶を支えるように手を伸ばして受け取らざるを得なかった。


「あ、ああ大丈夫かい? それにしても……ってカップ酒じゃあないか! なんでこんな物を君が持ってくる必要があるんだ! しかも、わざわざ温めた状態で……」


 男はハッとした。いつも、どんな時でも自分のペースを乱してはいけない。それは至極当たり前のことであって、これまでも幾度となく死線を潜り抜けてきた経験上、取り乱して良い事があった試しはない。と気持ちを落ち着けた。


 状況は芳しくない。というか理解し難い。何をどうすれば、幼稚園の門前でレンチンされたカップ酒とさきいかを受け取るという事態に陥るのであろうか。とはいえ、男にはやるべきことがある。一息おいて、男はガミジンちゃんに優しく礼を述べる。


「ありがとうな坊や。おじさん、山田先生について調べているんだ。この園の先生だったはずなんだがね、そういう訳だ。誰か大人の人を呼んで来てはくれないかい?」


「やまだせんせい?」


「そう、山田先生だ!」


「ちょっと貴方。この園にどのような用件で来られているんですか?」


「だから山田先生のことをだな……」


 男は声のする『後方』を振り返った。そこには制服姿の男性が二人。一人は手が届く程の間近で、もう一人は、さらに後方のパンダ柄乗用車の窓から伸びた無線を手にしている様子である。

「通報のあった、ええ、はい、そうです。サラリーマン風の不審男性を確保―。ただいま幼稚園の門前にて子どもの腕を掴んで何やら……」


「いやっ! ちょっ!」

「うわぁぁぁん! こわかったぁぁぁぁ!」

「おいっ! ちょっと坊や! 何を言って……」

「こらぁ! その子から手を離しなさい!」

「いや、だからちょっと落ち着きなs」

「うわぁぁぁ! おじちゃんが『なにもしないからこっちにおいで』ってぇえ」

「言ってないっ! 言ってないっ!」

「何ぃ! じゃあ貴様が手に持っている物はなんだっ! このぉ酔っ払いが!」

「飲んでないっ! ……じゃない、コレはこの子が持ってきt」

「どこの世界に幼稚園児がカップ酒をぬる燗で持ってくるんだっ! いい加減にしろっ!」

「なっ! 坊や! だよな? 君が持ってきたんだよな?」

「……ひっくひっく、おふくがおさけくさいよぉぉぉ!」

「おっ、おっ、おま、お前~~~~~」

「こんな小さい子に酒を投げつけたのか! そのうえ、捕まえて『お前』だとぉ~? 本性を現したなぁ、この変質者め! 確保ぉ! 確保ぉ!」

「ちょちょちょちょ、おおおおお俺は公安だ! こ・う・あ・ん! この園の山田という男を探してだな」

「何ぃ! 山田ぁ?……」


 男を組み伏せた警官の一人が相棒に照会を促すように目配せをする。ほんの少しだけ無言が続いたのは、長らくチームを組んでいた彼等の間でだけ通用するアイコンタクトのようなものが飛び交っていたためであろう。何度か頷いてみたり首を横に振ってみたりした結果……


「誰だそれは!」

「公安を自称するだけならまだしも、訳のわからないことまで言い出しやがってぇ! こ~のぉ酔っ払いがぁ~! ええい、応援だ、応援をを呼べぃ!!」

「それになんだ『こ・う・あ・ん』って! 少し前の流行りのアニメかぶれか貴様っ!」

「わかった! わかったから! そうだ! 坊や! とりあえず誰でもいいから先生を呼んで来てくれないかい?」


 腕を極められた男は、すがるような目で門越しの園児に懇願s……


「いない! さっきまでいたのに! どうして? なんでこの状況で何も言わずに立ち去れるのぉぉぉぉ!」

「ええい! 騒ぐな喚くな! この酒臭魔人めっ!」

「……酒臭魔人て!!」






 男はそのまま連行された。


 ガミジンちゃんは全ての罪(遠藤先生が職員室に隠していたカップ酒とさきいかを持ち出した罪)を平林先生になすりつけた。


平林先生は全く身に覚えのない罪を問われたが、騒ぎを聞きつけた波留先生の公平なジャッジの結果、遠藤先生がシコタマ怒られた。

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