第6話 (暇を持て余した)神の視察 ハロウィーンの場合
神様
GODとお呼びください。
今日は近隣の老人会を招いての簡単な交流会が催されている。
一日通して行われるような大掛かりなものではない。月に一度だけの二・三の演目だけの至極簡単な会である。目的が地域交流であればそれも納得できるというものであろう。
孫すらも成人してしまって中々会いに来てくれないようになると名前も知らない園児が一生懸命に歓迎してくれているという雰囲気だけで老人達の心は癒されるものだ。
実に和やかな笑顔の輪の中に一人の老紳士が混じっていた。立派で真っ白な顎髭をたくわえた季節を先取りしたサンタクロースにも似た風体の爺。何を隠そう彼こそがこの世界の神である。
無論、お忍びである。世界の理のため、神の存在を聖母として使わせた遠藤に悟られるわけにはいかない。勿論、命を狙っている七十二柱の悪魔たちにもバレることは許されない。
では、何故このような危険を冒してまでこの無認可幼稚園そろもんに訪れたのか。
ひとつは視察。力の根源を失った状態で使わせたかつての勇者が聖母として使命を全うしているのかをその目で確かめるため。
もうひとつは牽制。太古のように地上の全てを破壊し尽くす程の脅威を七十二柱が持ち合わせているようであれば聖母の覚醒を待たずに対処することもやむを得ないと考えていた。
最後のひとつ。これが最大の理由であった。それは、神にとってなによりも最優先すべき事項。わざわざ有給休暇を取得してまで人間界に降り立ち、人間の姿を模してまで、訪れたのは気分転換。
日なが一日何も変わり映えもしない天界で過ごすということは実に刺激的ではない。言い換えれば『つまらない』ぶっちゃけると、ちょっとしたToLOVEるが起きてくれないかなぁとか思ってたりもする。
花を愛でるように可愛らしいオープニングセレモニーが終わり、キチンとした身形の女の先生が司会として現れる。短髪であることを考えればあれが天から使わせた聖母エイリーン=エンデゥー……に違いない。
神の目がギラリと遠藤に注がれる。
「続きまして園児によるピアノ演奏になります。今日のために一生懸命練習してきました。皆様どうぞ最後までお楽しみくださいませ」
ぱちぱちぱちぱち……? ピアノには一人の園児がついている。別の園児がピアノの前、どちらかといえばステージの中央に陣取り一礼をする。歌うのであろうか。
「ほぉ、独唱声楽か」 神は驚嘆する。大人の膝丈ほどしかない園児たちが合唱であるならばいざしらず、独唱とは……と恐れ入る。
ででででででででででででででで…ででででれっでっでんででででででででででで
Wer reitet so spät durch Nacht und Wind? Es ist der Vater mit seinem Kind
Er hat den Knaben wohl in dem Arm Er faßt ihn sicher, er hält ihn warm.
「ま、魔王だこれー!! 悪魔が『魔王』を演奏して歌ってやがるー!!」
神を除く老人たちはホッホッホと笑いながら喝采を浴びせる。何が何だかわからないけれど、とりあえず幼稚園児がこなせることではないと拍手をしながら。
……
演奏が終わると歌い手の園児と演奏の園児は丁寧にお辞儀をしてステージを後にする。司会である遠藤は、厳かですらあった空気を打ち砕くようなテンションで場の空気を一変させた。
「はーい、上手にできましたね。いかがでしたでしょうか? お昼休みにもずっと練習していましたから、先生少しホッとしました」
「(昼間から『魔王』が聴こえてくる幼稚園ってどうなの? 人間界ではアリなの?)」
神は高まる鼓動のあまりハァハァと息を切らせながらもなんとか正気を保つことができていた。
「それでは、次の演目はハロウィーンにちなみまして子供たちによる仮装行列でーす! みんな準備はいいかなー?」
教室の袖で待機していたのであろう園児たちの素直で澄んだ「はーい!」という声に老人たちは色めきだつ。この日のために持ち寄った飴玉やお菓子を鞄から取り出して子供たちが寄ってくるのを今か今かとウズウズしながら待つ。
「それではみんな、お爺ちゃん、お婆ちゃんたちにお披露目だー!」
「わぁーい!」
わぁっと声が上がったのは無理もない。何せ本格的な仮装なのだから。角を生やして牙を伸ばして、尾が伸びて羽根がまたたく。ある者はデュラハンのように首を手に持ちニヤリと微笑み、ある者は特殊メイクなのであろう、リアルな山羊の頭を首から生やし黒山羊と化し老人めがけて呟く「DEAD OR ALIVE」
「それちがーう!!」
今日一番のツッコミができた神は恍惚の表情を浮かべながら天に還っていった。神の側近曰く有給休暇明けの神の顔はとても安らかなものであったという。