第67話 菘組のラウムちゃん
ラウム
30の軍団を率いる序列40番の伯爵
カラスの姿で現れ人に化ける。財宝を盗み出したり人の尊厳を貶めたりする悪めの悪魔
そろもんの園児に限った話ではないが、お子様という生き物は分け隔てなく可愛いものだ。目に入れても痛くない程の可愛さというものは、万物の生けるモノが生を受けて初めて手にする一種の武器なのかもしれないと思えるほどに。
ある種の同調圧力によるところが無い訳ではないのであろうが、それも含めての武器なのであろう。
そんな『可愛い存在』がウジャウジャと動き回る幼稚園で働く者は何も子どもたちとキャッキャッウフフすることだけが仕事なのではない。そんなことは大人であればわかりそうなものではあるが、そのような素振りを表立って魅せない辺りがプロの仕事というものだ。
論理的に話の通用する連中ではないのだ。お子様とは。
反面、感情的に振り切っているかと思えば意外とそうでもない辺りがなんとも知的生命体。存外、大人の目の届かない場所でほくそ笑んでいるのではないかと疑心暗鬼に駆られてしまうのは、……まぁ考えすぎというものだ。
「ひらばやしせんせーが、バスのなかでマンガよんでた。しかもゴラク」
サラサラ栗色ヘアーの爽やかそろもん王子こと、ラウムちゃんが唐突に遠藤にチクった内容は一見どうでもいいようなことではあったが、その実、あまりよろしいことではない。なにせ子どもにとっては『大人がやっていたこと』という文句は問答無用の免罪符に等しい効果がある。例えるならば自宅から漫画を持ち込んだ園児を咎めた際に「僕は悪くない。何故ならば良識を持った大人がやっていたのであるから、無知ともいえる存在である僕は大人の行動を真似ただけであるからして……」という具合である。
職員室に正座させられた平林を遠藤は汚物を見るような目で見下しながら呟く。
「……どうしてゴラクなんて」
「そこはどうでもよろしい。ゴラクだろうがモーニングであろうが関係はありません」
「えっ、ヤンマガは許されたんですか?」
「ヤンマガもヤンジャンも駄目です! もう、遠藤先生は少し黙っていてください」
怒り口調の波留は続けて平林へと尋ねる。どうしてこんなことをしたのか。待ち時間とはいえども幼稚園の関係者であれば周辺住民へ与える印象というものにも配慮しなければならない。右を向いても配慮、左を向いても配慮。それは幼稚園で働く以上は常に考えなければならないことなのだ。と。
「……」
「ちょっと、平林先生ちゃんと聞いてます?」
「……そうですね。僕が浅はかでした」
「わかっていただけたのなら安心ですけど」
「これからは週刊ベースボールにします」
「それだ!」
「違う。そうじゃないです。あと遠藤先生イチイチ乗らないでください。面倒くさいです」
「……週プロ?」
「聞くな! 略すな! 確認するな! 雑誌の種類じゃないんですってば」
懲りずに遠藤が横から口を出す。
「平林先生なら養豚の友(日本畜産振興会発行)なんて似合いそうですね。見た目オークっぽいですし」
「だから遠藤先生は余計なことを……サラッと凄い失礼なこと言ってませんか?」
「ああ、「養豚」ですか。この間、表紙買いしちゃいましたよ」
「平林先生! 養豚の友を表紙買いされてるんですか! というか養豚の友を『養豚』って略すものなんです? ……いやいや違う違う、そもそも『養豚の友』ってなんですか。なんで知ってて当たり前みたいな空気なんですかっ!」
いやぁ、ハハハ……と何を照れているのかわからないが平林は頭をポリポリと掻きながら頬を赤らめる。
「そうそう、表紙買いといえば、コミックL〇ってあるj」
「それは駄目です」
「それは駄目です」
「でも、表紙は健全そのものなんですよ?」
「駄目です」
「駄目です」
「そんな全否定せずに! じゃあ今度持ってきま」
「駄目です」
「駄目です」
……
「……もう犬吉猫吉とかいいんじゃないんですか? 子どもたちも喜びそうですし」
「ああ、いいですねぇ! あれなら平和な感じが素敵です。バスの中で読んでいても誰も不快にならない」
「……犬吉猫吉なら」
「「雑誌によるじゃないか!!」」
平林。その場で犬吉猫吉の年間購読を契約。
同時に平林氏にコミックL〇禁止令が発令。
ヒラコー「表紙が素晴らしいんでs」
波留「駄目です」」
遠藤「駄目です」
ヒラコー「コミック……」
波留「……」
遠藤「……」
ヒラコー「……L〇」
波留「駄目です」
遠藤「駄目です」