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第65話 親のセブンフラッシュ

親のセブンフラッシュ

七光り的な何か


……

「平林先生、お茶いかがですか?」

「ええ、いただきます。すいません波留先生。下っ端なのに気を遣わせてしまいまして」

……


……

「平林先生、子どもたちからの人気が凄いですね!」

「子どもは好きなので嬉しいですね。これも佐藤先生のご教育の賜物ですよ」

……


「平林先生、牛脂ありますよ。牛脂」

「あ、ありがとうございます? 遠藤先生(なんで牛脂?)」

「いぁ、昨日スーパーで牛脂を見かけまして、平林先生が好きそうだなぁって」

「ええ……というか、どうして僕の市議会議員パパの話をした途端に皆さん態度変わったんです? そりゃあ、有力市議会議員パパが凄いのは認めますけれど、僕は僕ですから、どうぞ今まで通り『スラリン』って気兼ねなく呼んでくださいよ!」


 諸々を経て無認可幼稚園そろもんの送迎バス運転手として採用された平林耕太は、父の威光を嫌っていた。無論、彼も大人である。自らの力で認められたいという願望がある一方で、市議会議員えらいひとといった肩書きを持つ父の影は、どこに行けども離れやしないことも重々承知していた。


 そういう事情もあってか、平林は子どもが好きであった。大人をただ一人の大人として扱う、その視界には父の影は映りこまない。善も悪もない無垢な瞳だけが平林が平林個人を見てくれている。子どもたちの評価は平林にとっては他の誰の誉め言葉よりも、とても胸に響く。……で、ハァハァする。っもうそれは洒落では済まないくらいにハァハァする。ちょっと小太り(パパイヤ体型)と相まって冗談では済まなさそうな雰囲気はご愛敬。


 そんな(どんな?)幼稚園の先生が、その他大勢の大人たちと同じように『やはりアイツは親の七光りだ』と思っていることが許せない。といった様子の平林。両手を広げた大きなアクションによって露わになった豚足みたいな左腕が気になった遠藤は尋ねた。


「ん? 随分と渋めな腕時計されてますね」


「あっ、これは大地主じいじに買ってもらった想い出の時計なんです」


「……大地主じいじ


「ヴァシュロン・コンスタンタンのパトリモニーなんて、僕には似合わないって思ってるんですけどね。愛着が沸いちゃって……へへっ」


 遠藤はこっそり波留に耳打ちした。

「『こんすたんたん』って何だか可愛らしいですね」

「ば、ばばばばば、あばばばばばばば……」

「はい? 口が渇いて喋れないんですか? 牛脂舐めます? 牛脂」

「ばばばばばばば……あの時計だけで年収くらいするんですが」

「あばばばばばばばばばば」


 そんな遠藤と波留を尻目に佐藤は平林を追求する。


「でも、平林先生。平林先生が『一人の大人』として見てもらえない原因は、そんなお父様の庇護下にあること甘んじているご自身にあるのではないでしょうか? だってそうでしょう? 本当にそう思っているのであれば、例えば、この街じゃないどこか遠くの地で生きていくことだってできたはずです」


「……それは」


 佐藤は続ける。遠藤と波留は「あばばばば」言っていた。


「あのですね平林先生。幼稚園というところは、子どもたちが生まれて初めて共同生活を過ごす場所なんです。そりゃあ子どもたちは素直ですから、嘘偽りの無い眼差しを向けてくれるでしょう。ですが、我々……『先生』と呼ばれる人たちは、より多くの物事を目でみせて、体験させて、社会を学ばせる役割があるのだと私は思うんです。その過程は、何も綺麗事ばかりではないんです」


 平林は少しだけキョトンとしていた。これまでの人生において、自分に対して苦言を呈してくれた人がいたであろうか。思い返せば『小太り』な体型をからかわれ、クラスメイトにパシリを命じられたこともあった。何故かその子は翌週には転校してしまったけれど、あの時とは違う。自分と同じ目線で話す佐藤の瞳に釘付けとなった。


「規律を重んじる集団生活にあって、避けようのない理不尽に巻き込まれることもあるでしょう。その理不尽に直面した子どもが現実を受け入れられない場面もあると思います。それでも、それは受け入れなければならない出来事であって、そういった一つひとつを乗り越える度に成長していくんだと私は思うんです。……まぁ、あんまり上手く伝わらないかもしれませんし、そもそも偉そうなこと言えるほど私も経験ないんですけどね」


 饒舌ではない自身の語り口に思わずハニカム佐藤であったが、平林は口を真一文字に結び、決して茶化すようなことはしなかった。これまでの一切挫折することの無かった人生を振り返り、『確かにその通りだ』と、幼稚園の先生になることを決めた時だって、子どもは好きだったけれど、それ以上に『自分の為に』と考えていた己の薄汚い心を恥じた。


「……さ、佐藤先生の仰る通りです。僕は……こんな僕は……そろもんに相応しくはないのでしょうね……」


 『逃げる』ではなく『身を退く』ということも平林にとっては初めての経験。それ程までに佐藤が、教育者としての佐藤がとてもとても神々しく思えた。『相応しくない』という、選んだ訳でもないその言葉には、そんな意味が多分に含まれていた。


 そんな平林の心中とは裏腹に、その言葉を聞いて佐藤はケロッと返した。


「いいんじゃないです? いても。『相応しい』『相応しくない』なんて判断は私ができることではありませんが、平林先生が『子どもの成長の為に頑張りたい』って心から想ってくださるのであれば、少なくとも私からすれば『いてもいい』のだと思いますよ」


 平林は絶句する。

 かつて、これ程までに懐の深い女性がいたであろうか……いや、いない。結んだ唇が綻び、漏れるように心情を吐露した。


「……僕はここにいていいんだ」


「ええ! 勿論!」


 かくして、平林耕太は正真正銘、そろもんの一員となったのであった。


 一方その頃、二人の会話なんて一切耳に入っていない遠藤と波留の目は、豚足の先にハメられた腕時計に注がれていた。

ヒラコー「先週、市議会議員パパの視察旅行でスペインに同行しまして」

遠藤「おっ、癒着かな?」

ヒラコー「視察です『視察』カメラマンとして同行したんですが、サグラダファミリアは難度見ても圧巻でしたね。そうそう、日本人の職人がいらしたんですよ!」

波留「いや、身内をカメラマンとして同行させるのは……」

ヒラコー「まあまあ、作業風景しか撮れませんでしたが、こちらがその写真です」

遠藤・波留・佐藤「ん?」


……


遠藤・波留・佐藤「これ山田先生じゃないですか!!」


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