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第63話 仏桑花組のアガレスちゃん

アガレス

31の軍団を率いる序列2番の大公爵

ワニに乗った老人。超自然的なものの尊厳を破壊する東方の悪魔


 チュンチュンと小鳥が囀る。そろもんの朝は、元気な挨拶から始まるのがお約束。喧嘩していようが、落ち込んでいようが大きく空気を吸い込んで、腹の底から声を押し出せば、ちょっとしたモヤモヤもスカッとするのであるから不思議なものだと子どもたちは思っていた。


 そんなことをやっていれば、ある意味で朝一番がテンション最高潮な日だってある訳で、この日が丁度そんな一日であった。


 恐らくはちょっとした行き違い、単なる勘違い、見解の相違、悲しいすれ違い。口の立たない小さな子ども同士ともなれば自ずと手が出るのは仕方のないことなのであろう。


 十代半ばにもなれば気に入らない者同士が殴り合いの末に、土が踏み固められて芽生える友情なんてものもあるのであろうが、本能剥き出し、獣性丸出し園児にそんなものはない。


 あるのは、ほんの少しだけ成長が早い子が体躯の差で圧倒するという、夢いっぱいの世代にしては、どうにも現実感の強い結末だけである。勝者に与えられるのは、小さな達成感と、喧嘩の反省を促すための優しめの説教くらいなものなので、調子に乗る子は、まぁ調子に乗る。


 それこそ昔堅気のガキ大将なんてものは、得てして、こうやって生まれるのであろう。。


 波留は、そんなガキ大将(仮)なアガレスちゃんに対して問い詰める。理由はどうあれ、手を挙げることは推奨されるべきものではない。そこに大義が存在するのであれば、それは認め、認めた上で、やはり推奨されるべき行為ではないことを教えなければならないと考えている。


「アガレスちゃんは、どうして、お友達が嫌がることをしたのかな?」


「……」


「黙ってちゃ先生わからないよ?」


「きらわれるゆうき?」


「……いや、アドラーが言いたかったのは、こういう意味じゃないと思うよ」


「ちっ、はんせいしてま~す」


「うん。それは、反省してないヤツだね。というかアガレスちゃん、バンクーバー五輪の時まだ生まれてないよね? 誰の入れ知恵? 遠藤先生? そうなの? そうなのね!」


 大人が強気に出ることのできない事情を、なんとなく理解しているお子様ほどに扱いづらい生き物はいないのかもしれない。波留とアガレスちゃんのやりとりを見ていた遠藤が横やりを入れる。


「波留先生、どうしてもアガレスちゃんが反省してくれないのであれば……あと、私は入れ知恵していませんので」


 神妙な面持ちの遠藤に波留は「それはちょっと……」と表情を歪める。アガレスちゃんにとってみれば、そんな反応は今まで体験したことの無い出来事であって、ほんの少しだけ不安な気持ちにもなるが、どうせ手荒な真似はできやしないであろうと天邪鬼な様子をみせていた。


 アガレスちゃんが遠藤に手を引かれて連れてこられたのは暗闇・防音の個室。……決して、お仕置き部屋ということではない。言う事を聞かない悪い子だから閉じ込めるために連れて来られた反省室、という訳でも勿論ない。


 パッと見、特別何か変わった物があるようには見えず(暗闇だけど)、廊下から差し込む明かりでかろうじて確認できたソファにアガレスちゃんを座らせ、遠藤は意を決したように告げた。


「……アガレスちゃん、ちょっとの辛抱だから我慢してね」


「へっ! くらいのなんて、へっちゃらだね!」


 強気の姿勢を崩さないアガレスちゃんに遠藤は小さく「そう……」とだけ残し、部屋を出た。……扉を閉め切られると途端に広がる無音。廊下の明かりすらも無くなった室内は向かいの壁すらも見えない程の暗闇。






 ……てんて……て……て……


 アガレスちゃんには何かが聴こえ始めていた。先ほど見回した限りでは、然程広くはない室内にあって、どこか遠くから聴こえてくる音楽のような何かが。


 ……てんて……ててて……てんて……


 それは次第に近づいてくるが、アガレスちゃんには未だ、何かわからない。暗闇から何かが擦り寄るようにして音は次第に大きくなっていく。


 ……てんて……てててててんててんてててて……じさん……


 アガレスちゃんは視界の端に何かを捉える。薄ぼやけた何か角ばったものがヒラリヒラリと右へ左へ、それが近づいてくるのに併せて音楽も聴きとれるようになってくる。これは……『ハイサイおじさん』だ!


 てんてててんててて、てんてててて「はいさいおーじさん(ハーイッ!)はいさいおーじさん(アッヌガッ!)夕びぬ三合ビン小残とんな……」ハッキリと聞き取れる段になって現れたのは三線さんしんを奏でながら、白い文様のバタフライマスクを着用したチョビ髭の上下ピチピチタイツおじさんであった。


「!!!!!!!」 あまりの情報量の多さ(と気持ち悪さ)にアガレスちゃんは声が出ない。


 ハイサイおじさんの異様に陽気なテーマと共に怪しげな姿を露わにした変態おじさんはアガレスちゃんと同じ視線の高さに調整するように曲げた。……背中を。膝を曲げることなく、腰から首にかけて威嚇する野良猫を髣髴とさせる気持ちの悪い体勢にアガレスちゃんは恐怖した。


「い“や”あ“あ”あ“あ”あ“あ”!! へんたいぃぃぃぃ!!」


「こらこら、人を見た目で判断しちゃ駄目だぞ! おじさんは優しいからね、優しいおじさんは、子どもにも優しいんだ! さて、君は、どんな悪いことしてここに来たんだい?」


 ハイサイおじさんを三線さんしんで弾いている割に別段、沖縄訛りがあるということもない、不思議変態おじさんは、三線さんしんのリズムに合わせてジワリ、ジワリとアガレスちゃんの眼前に、にじり寄る。


「ほおら、ほおら、怖くない。おじさんは怖くないゾ! さあ、さあ、早く、早く、君が何をやったのかを教えなさあい! ハア……ハア……おじさんは君の味方だから」


「い“や”あ“あ”あ“あ”あ“あ”!! よるなあああ!! ハゲぇえええ!!」


「禿げてないっ!! 謝りなさいっ!! どこが禿げているんだっ!! 謝りなさいっ!!」


 不思議変態おじさんが怒号を飛ばすと次第に三線さんしんは荒々しくなり、白かったバタフライマスクが真っ赤に染まり始め、怒りに満ち満ちた様相を魅せる。


「い“や”あ“あ”あ“あ”あ“あ”!! ごめ“ん”な“ざい”!! ごな“い”でぇぇぇぇ!! ばけものぉぉぉぉ!!」


「化け物はひどいなぁ……ええとアガレスちゃんだっけ? 君は、人を見た目で判断する節があるようだ。いいかい? 人は見た目じゃないんだよ。外見だけで判断できることなんて、とても小さなことなんだ。わかるかい? さあ、おじさんを見るんだ! どうだい?」


「ごめ“ん”な“ざい”!! ごめ“ん”な“ざい”!! も“う”じま“ぜん”がら“ゆ”る“じでぐだざい”!! ごっぢに“ごな”い“でぇぇぇ ハゲぇぇえ……」 


「だから禿げてないっ!! おじさんのどこが禿げているっていうんだっ!! 仮に禿げていてなにが悪いんだっ!! 百歩譲って……」


 アガレスちゃんは、薄れゆく視界の中で思った。


 バタフライマスクを着用したチョビ髭だけなら大丈夫だった。

 上下ピチピチタイツだけでもまだ耐えることはできる(ギリギリ)。

 えらく、三線さんしんが上手いのも許せる。

 微妙な裏声混じりのハイサイおじさんを陽気に歌うのも問題はない。

 多少頭が薄くても、そんなもの『じいじ』だってそうだ。


 だが、合わせ技というものは駄目だろう。あまりにも卑怯だ。


 世の中には、理解し難い大人というものが確かに存在する。何も口うるさく説教をすることだけが教育ではない。無論、物理的に手を挙げることなんてもっての外だ。そんな方法に頼らずとも、子どもに言う事をきかせる手段なんてものは社会には、いくらでもあるのだ。ただただ、今まで、その手段を選択されなかったことが幸運なのであって、いざとなれば……いや、これ以上考えるのはやめておこう。今日のこの日に起きた出来事は覚えておく必要はない。


 教訓として、胸に刻んでおけばそれでよい。それでよいのだ。




 やたらと成長した。


バタフライマスクちょび髭、上下ピチピチタイツおじさん

→ 園長先生


ハイサイおじさん

「変なおじさん」の元曲。

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