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第61話 蜜柑組のイポスちゃん

イポス

36の軍団を率いる序列22番の君主

ライオンの頭だったりガチョウの頭だったりする。ウサギの尻尾を持った、未来を知る悪魔。


 六百系回転ダイヤル式電話機を数人の園児が取り囲んでいた。あまりにも斬新な形態に何のために生み出された機械なのか、あるいは玩具なのかの判断がつかないでいた。


「くろいね」

「ああ、くろいね」

「くろいくろい」

「たしかにくろい」


 いずれのコメントも外見的な特徴だけに留まっていたのは、触れてよいものなのか、触れたとして、ペンキ塗りたてのベンチな具合に手がベトベトのガッサガサで、かゆかゆになってしまうのではなかろうか、そんな無意識が働いていたからである。


 お子様は意外と慎重なのである。


 ……とはいえ、同じ位に強い好奇心を抑える理性を持ち得ていないのも紛れもない事実である。人類史上初めて動いているナマコを目にした者は、恐らく触れることすら拒絶したことであろう。長い年月を経る内に、生活風景の一部と化したナマコに臆することなく指を突き立てたのは何を隠そう、お子様である(たぶん)


 言語として成立していないような原始的なコミュニケーションでこんなやりとりが繰り広げられたに違いない。


原始人A「あれ? 触れても大丈夫じゃん!」

原始人B「え、じゃあ食べられるんじゃない?」

原始人A「いやいや、流石に気持ち悪くてそれは無理」

原始人B「焼く?」

原始人A「お前、何でも焼けば食えると思ってんなww」


 ……焼いてみた。


原始人A「なんか変な臭いしてるけど」

原始人B「ムニムニしてんな、食ってみろよww」

原始人A「嫌だよ! お前が食えよ!」

原始人B「無理。ポン酢持ってきてポン酢。あと紅葉おろし」

原始人A「……とりあえず食べやすいサイズに切ってみた」

原始人B「う~ん、パス」

原始人C「おっ! AとBじゃん! なにしてんの?」

原始人A「ちょうど良いタイミングに」

原始人B「これ、めっちゃ旨いから騙されたと思って食ってみ」

原始人C「……すっげぇ臭いんだけど」

原始人A「大丈夫大丈夫、俺もBも食ったし」

原始人B「そうそう、みんな食ってんだからさ」

原始人C「えっ、なに、その同調圧力」


 こうして、人類で初めて焼きナマコを食べた原始人Cの功績により『ナマコは、食べても平気。むしろ、お酒がすすむ』という真実が明らかになった。


 的な感じで、勇気ある園児であるイポスちゃんは六百系回転ダイヤル式電話機の正面にハメ込まれた円状のダイヤルの『ゼロ』の部分に指を突き立てる。 


「……びくともしない」

「ボタンじゃないの?」

「じゃあ、なんのためにあなが」

「ひょっとして、ぜんぶのあなをどうじにおすのでは?」

「それだ!」


 まるで、この為にゼロから九までの計十個の穴が並んでいるのではないか、そう思えるほどにすんなりと、ピッタリとフィットするようにイポスちゃんの両手の指は黒電話のダイヤル部に納まった。


「……なにもおきないんだが」

「なんだ、どうじおしじゃないのか」

「うごいたりしないの?」


「あっ、ちょっとまった! うごく! なんだこれ、まわる! まわるけど、ゆびがいたい!」

「イポスくんのゆびがちぎれる!」

「ゆびをぬいて! はやくゆびをぬいて!」


 ダイヤル部はイポスちゃんの十本の指を絡めとるようにグリグリと捩り廻ろうとする。というか、単にダイヤルの穴に引っ掛けていた指に力が入り過ぎていたので、都合、ダイヤル部を内側に鷲掴みにする体勢となっていただけなのだが、焦るあまり、周りはおろか本人すらも気付くことはなかった。


「いたたたたたた! ぬぅぅぅぅぅぅぅ! こなくそぉぉぉぉぉい!」


 キュッポンッ!


 イポスちゃんの指は抜けた……頭上へと投げ出された手の先を離れた黒電話は宙を舞う。彼等は、黒い物体がクルリクルリと旋回しながら、よからぬ方向へと飛んでいくのを止めることすらできずに、ただ眺めた。


 ダイヤル部の上の方にバナナみたいな形をした蓋がしてあったのはわかっていた。なんとなく取れそうな気もしていた。……もちろん取れた。ヌンチャクのように本体から分離したバナナは、黒いカールコードに繋がれ、右に左にワチャワチャと暴れるような不規則な動きをした後、タイミングを計ったかのように教室に入室してきた者の額にぶつかり、エグい音を立てながら、その者もろとも地に落ちた。


「ああああ……」

「あわわわ」

「こりゃいかん……」

「ご、ごごごめんなさい……」


 突然のことに、唐突な痛みに、何かが絡みついているような感覚に、遠藤は数瞬の間だけ気を失ってしまったが、子どもたちを不安にさせてはならないと、クラクラする頭を揺すって顔を上げた。


「……いいんちょうだ!」

「きたのいいんちょうだ!」

「えんどうしょうぐんさまだ!」


 遠藤の頭の上には黒電話の受話器部分がスッポリとハマっていた。 


 それはもう見事に。スッポリと。

……もう、こう、スッポリと。




ね。

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