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第60話 万年青組のロノウェちゃん

ロノウェ

19の軍団を率いる序列27番の大侯爵

怪物の姿で現れる(怪物て……)、言語に関する知識と友情を授ける悪魔


「あー、若さが憎い」


 遠藤が思わず口にしたのは、昨晩始まったばかりの、とある冬アニメの一場面。いわゆるロリババアと呼ばれるような不死の吸血鬼である金髪少女の台詞であった。「お前、見た目子どもやんけ!」という野暮ったいツッコミの一切を視聴者に丸投げした今時の作品である。「……ああ、またこの系統か」とボヤキつつも視聴継続を決めた遠藤であった。


 さて、子どもたちが居る教室内で、自由奔放で活発な児童たちに笑顔を振りまきながら何気なく呟いた遠藤の一言に佐藤は戦慄した。あまりにも自然過ぎて、全くもって、そんな素振りをみせていなかっただけに異常とさえ思えた。


 佐藤は、かのハンガリー王国の貴族、血の伯爵夫人の異名を残す鮮血のエリザベート・バートリーを思い出した。うら若き乙女の鮮血を身に浴びることで永遠の若さを求めた狂人である。


 現代社会において、そんな非人道的行為が許される訳もなく(当時も大概なのだろうけど)、遠藤が普段から魅せる非常識な側面も相まって、佐藤は、なんだかとても不安な気持ちを抱くことになった。


『言葉にして表す』という行動の手前には思考が働く。言うなれば『微塵たりとも考えていないことは口から発せられることは無い』ということだ。これはつまり、無意識下の発言であったとしても深層心理では、そういったことを考えてしまっている。ということである。


 そして、この遠藤。果たして本当に子どもたちに対して危害を与えようと考えるだろうか。


 ……佐藤は熟考する。


「(自称とはいえ自分を『聖母』と言い張るような保母さんが、顕現した天使のような子に手を出すか? というか前提として聖母を自称している時点で随分と頭がおかしい訳で、常識めいた尺度をもって考えること自体がナンセンスなのかもしれない。


 いやいや、流石にそれは言い過ぎではないだろうか。腐っても保母さんだ。頭に問題を抱えていることは間違いないし、問題を起こす度胸も無い。腕力もないし、体力もない。彼氏もいなければ、友達だって少ない。正直言って人間として尊敬できる点が見当たらない。


 母性? 彼女に? ヘソで茶が沸く。こんなポンコツは私の人生の中で他に類をみない程だ。何がソロモン七十二柱だ。何が生まれ変わりだ。お前、いくつだよ! 子どもに変なこと吹き込むなんて許される訳がないだろう)」


 ……どうにもうつむき続ける佐藤の様子を怪訝に思った遠藤は彼女に問いかける。体調が悪いのであろうか。もし、そうであるならば今の時期だ。早めに医療機関での診療を受けてもらわねばならぬ。何よりも免疫系の弱い年代の子どもたちにとっては、ちょっとした病ですら脅威になりかねない。


「佐藤先生? ……大丈夫です?」


「遠藤先生こそ大丈夫ですか?」


「うん? 私は大丈夫だけど」


「血が足りないのであれば病院で輸血してもらうという手もあると思うんです」


「ええっと、貧血? ちょっと職員室で横になっていた方がいいのでは……」


「……どうしてもと言うのであれば、私の血では駄目ですか?」


「はぁ? (貧血起こしてるのに他人に血を上げちゃあ)駄目でしょ」


「(やはり、子どもの血が狙いか……この狂人め!)そうですか」


 佐藤のピリピリとした殺気めいた空気に、遠藤もタジタジになる。何故こんなにも怒られている雰囲気なのかがわからず困惑する。

 そんなに広い訳でもない教室内で、大きな身体の二人の大人が、そんな殺気と困惑を醸し出してしまえば、どんな色にでも染まってしまう園児たちが疑心に駆られてしまうのも仕方がない。


 それまで黒塗りのハサミを器用に使って工作に励んでいたロノウェちゃんは、異様な空気を吸った影響からか誤って手を切ってしまう。「あいったー!」という叫び声に反応した遠藤は教室内の誰よりもロノウェちゃんの小さな手に起きた事故に気づき、駆け寄り、ポケットの中からハンカチを取り出し、すぐさま傷口を圧迫し始めた。


 その迅速過ぎる姿に佐藤は咄嗟に違和感を覚えた。

 これは、遠藤が血を求めている。

 このままでは、ロノウェちゃんの血が吸われてしまう。

 そんなことを私の目の黒い内に許してはならぬ。許してはならぬのだっ!


「阿ッ!!!!」


 ……普段はとても大人しく、どちらかと言えば誰かの陰に隠れているような、ド近眼で、ドギツイ丸眼鏡をかけた佐藤が、何の脈絡もなく発した一音には、彼女がマスターしてきたあらゆる古武術の中で洗練された特有の氣のようなものが内包され、『覚悟』を持たない者たちは、氣に圧される具合にパタリ、パタリと倒れていった。






……というか、佐藤以外、全員倒れた。


 誰もが意識を失い、誰もが言葉を発することの無くなった教室内において、一人佇む佐藤は、一切表情を変えることなく、遠藤が息をしていないことを確認した後、同じように気を失ったロノウェちゃんの傷口を圧迫止血し、起こさないようにそっと抱きかかえて職員室へと連れて行った。


波留「佐藤先生! 凄い音がしましたけど、ってみんな倒れてるし! 一体何が起きたんですか?」

佐藤「? さあ? お昼寝ですかね?」

波留「ちょっと、外の子どもたちの様子を観てきます!」


遠藤「……う、……う、う、佐藤、せんせ、い」

佐藤「阿ッ!!」

遠藤「……」

佐藤「……よし!」


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