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第57話 早朝の†アン・コントローラブル・メサイア†

ダガーで変換できることに気づいた中二病御用達なヤツ

アン・コントローラブル・メサイア

特に意味はない

 誰かを愛するということは、ナルシシズムの行き着いた結果なのかもしれない。相手を見ているようでいて、その実、他人の瞳に映る美化された自身を見つめているに過ぎないのであるから。身体を隔てた者の思考を理解することができない以上、嗜癖状態アディクションがもたらす自我の確立に一種の憧れめいたものを意識してしまうのも、また、人間が人間たる事実であり、論駁する足る手段であるのであろう。


 早朝の空気が澄んだ園の庭先で、見回りがてら簡単なストレッチを行うのが山田の日課であった。誰もいない、いつもは誰かしらが何かしらの活動をしている場所に、ただ一人しか、自分自身しかいない。そんな環境にあって清々しい酸素を肺に取り込むと思考がスゥと明確に明瞭になるのを感じ取ることができた。


 普段、抑圧された欲望という程ではないまでも、念望あるいは所願、結局のところ、どんな言い回しをしたところで他人からしてみれば、どれもこれも『貴方の独りよがりな欲求』に過ぎないのであるのだから、これもそれもどれも、自分自身を納得されるための免罪符か……話が逸れた。山田はスウェットに手をかけながら思う。


 つまりは、今日、この日、この場で、もし僕が全裸にn


「山田先生! おはようございます!」


「わああああああああああ!」


「はい?」


……


「は、早いですね遠藤先生。いつもは就業時間ギリギリなのに、どうされたんですか?」


 山田の心臓は張り裂けんばかりの鼓動をかき鳴らしていた。さっきまでの自分が、哲学めいたような、それこそ遠藤先生が普段恥ずかしげもなく口にしているような、聞く人によっては中二ズム溢れる思考が口から漏れ出していなかったか、思い出そうとするが、思い出すことはできない。


 遠藤は山田のそんな気持ちに気づいているのか気づいていないのか、大きな伸びをしながら誰の体も通していない新鮮な空気を肺胞の限りまで吸い込んで風神の如く吐き出し、天を仰いで爽やかに振り返った。


「たまには早起きをしてみるものですね。こんなにも空気が美味しいだなんて、今まで、人生を損していた気持ちになりますよ。なんだか似非哲学者にもなって、愛を語り始めたくなるのもわかる気がします」


「……どこまで聴こえていたんです?」


「ええと、『誰かを愛するということは、ナルシ……」


「うわあああああああい! やめろぅ!」


 全部だった。


……


 どんなに晴れやかな天気であろうとも、視る者の心境によってはプラスにもマイナスにも作用してくれるものである。 先ほどまで脳にまで行きわたっていた透明感のある空気は、針を突き立てたような冷たい物質へと変貌し、脳はおろか、肺すらもまともに入ることがなくなった。


「……遠藤先生、何が望みですか?」


「山田先生、なんでこんな寒い日に服を脱ごうとしていたんです? 寒風摩擦ですか?」


「……」


「……」


「遠藤先生っ! 僕に何かできることはありますか?」


「何をされても私の記憶に刻まれた悍ましい光景を忘れることはできないかと思いますが」


「若干言い過ぎでは?」


 この世の絶望を一身に背負ってしまったかのように山田は膝を着き、掌を地に着け、頭を垂らし、丁度『OTL』みたいな体勢で影を落としている周りを、自らの懐を傷めずに購入が約束された嗜好品をじろじろと嘗め回すかのように品定めする遠藤。


 もう一人、もう一人だけ誰かしら登園してくれさえすれば、この緊迫した緊縛空間から解放されるのであろうが、悲しきかな、まだ七時。


「あんな大きなバスを簡単に運転するんだから、山田先生って、やっぱり器用ですよねー」


「……あんなの慣れですよ、慣れ」


 遠藤の視線の先には山田が毎日のようにメンテナンスをしている幼稚園バス。広い視界と、扱いやすい操作系。最適なドライビングポジションが得られるシート。快適な運転を約束された機能性。幼稚園バスとしてアラウンドビューモニターが搭載されていることはなかなかに嬉しい仕様といえよう。


 約六メートルのロングボティを操る五速の可倒式ショートフロアシフトを左手で握れば止むに止まれぬ多幸感に包まれる。右足に感じる負荷を楽しみながら刻むビートは陽気で人気なインストゥル・メンタルでインダストリアルなメタルロックなヒップホップ(?)


「山田先生? トリップしないでください」


「失礼しました。……で、マイカーがどうかしましたか」


「何故に幼稚園所有のバスをマイカー呼ばわりしているかはさておき、アレ、私に運転させてもらえませんか?」


「駄目でしょ。だって遠藤先生、『資格』ないでしょ?」


「『死角』? ありませんよ」


「……言い間違えました。大型免許です」


「バレなきゃよくな」

「駄目に決まっているでしょうよ! 何を言っとるんですか!」


「ええ、そんなこと言っちゃっていいのかなぁ……山田先生の恥ずかしい話、皆に言っちゃおうかなぁ……」


 遠藤の悪い笑顔が地に伏した山田の頭部に降り注ぐ。それでも、そんな誰が考えても許されるはずの無い悪行を認めてしまうことはできやしない。我が身可愛さでそんなことを許してしまった暁には、どんな顔をして子どもたちに会えばいいのかわからなくなってしまう。……山田はギリリと唇を強く噛んだ。


「暗黒の彼方から発せられる禁忌のトランスヒューマニズムに傾倒するが如く、人智を超越せし炎熱を宿した人間強化を経て、人のペルソナを敢えてアンコントローラブルな状態n」


「そんなこと一言もいってないですよ?」


 こうして余計なことを思い付いた遠藤の野望は誰に悟られるでもなく、誰に迷惑をかけるでもなく、音も無く静かに潰えた。



AM:9:00

波留「おはよ……う、って遠藤先生! 体調でも悪いんですか!」

遠藤「いや、ちょっと眠くってですね」

波留「もう、また夜通しアニメ視ていたんですか……」

遠藤「ち、ちがっ」


日頃の行いの悪さ。


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